一話 獰猛な顔に白い体毛、腰にはカットラス ②
一章 続きです。
二分割目です。
よろしくお願いします。
モンスターだ。
あれは裂けたんじゃなく口だ。体半分ほどに開かれた口だ。鮫のように鋭利な牙が上下に連なって苔の光りを反射して浮かび上がって見える。
それに、口の上に仄かに揺らめくような赤い光りが二点。おそらくあれが目だろう。
気味が悪い。
率直な感想だった。
「キシシシッ、もっと怖がれ、怖がれ、キシシシッ」
不気味な容姿に俺の顔がひきつっていたのだろう。黒いもじゃもじゃが満足気に笑い声をあげている。
「この……野郎……」
馬鹿にされたその笑い声にイラッとする。比較的小さな容姿の所為か恐怖心は苛立ちに塗り潰されていた。
翻訳スキルは便利ではあるがモンスターは人間を見下しているため罵詈雑言ばかりで、聞きたくないことも聞こえてくる。
「キシシシッ、泣け泣け泣け、キシシシッ」
おそらく、俺の眉間には皺が寄っていることだろう。
どうにかして痛い目に合わしてやりたいが、暴力に訴えるのは論外だ。ファンタジー物では最弱と言われるスライム、ゴブリン的なモンスターにも太刀打ちできない俺が例えこんなちんちくりんで無害そうなモンスターでも無理に違いない。苛立ちはあるが冷静さは失ってはいけない。こんな世界無謀は命とりだ。
「謀れるかな」
決心するように呟き、一度大きく息を吸った。
「お前の名前は?」
「えっ? あ? ナマ、ナマ、エ? どうし? キシッ?」
言葉が通じることに戸惑っているが無視だ。
「趣味は?」
「すき? スキ、ご主人」
「好きな食べ物は?」
「肉、四つ目の肉」
「苦手なものは?」
「ご、ご、ご主人……」
「挨拶はあるか?」
「あいさつ? あいさつ……キシャ! キシャ! キシャ!」
ご主人か……テイマーなのか? そんなスキルがあっても不思議ではないけど。
「主人に言いたいことはあるか?」
「ある! ある、ある、キシシシッ! 負けないで!」
「それ俺なら、伝えられるんたが? どうする?」
「ギシャ!? 本当キャ!?」
「でもな、驚かされたからなー、びっくりして心臓飛び出るかと思ったからなー、怖かったなー」
俺はわざとらしく、不快感を示す。
「キシシシッ、怖いか、怖いか、キシシシッ」
遠回しな言い方は伝わらないらしく、喜ぶだけだった。
「俺に悪さする奴の言葉は伝えたくない、嫌だって言ってるんだよ」
「ギシャ!? 何でだ!? 何でだ!?」
「何でって……害意のある奴の喜ぶことなんてしたくないだろ?」
そう論理的に言ってやると黒もじゃは歯軋りする。
「ギギギギ……どうすればいい?」
その言葉につい優位に立てたとほくそ笑んでしまう。
「そうか、だった──」
ギィギィィィ。
っと、擦れる音に俺の声は遮られる。
音がした方へ振り向くとドアが建て付けの悪さにより不快感音を響かせて開かれていた。
白い毛に覆われた脚。
ドアの陰から現れ目にしたのは、大きな脚に爪を生やした獣の脚。
「うっ、あっ、あっ、あっ」
恐る恐る仰ぐと白い体毛に覆われた腕、その上には狼の顔があった。
その姿は、俺の知るファンタジー物のモンスター、二足歩行の犬系統の顔、コボルドと酷似していた。
そして、裸ではなく、皮鎧まで装着している。屈強で獰猛にしか見えない。
驚きすぎて、悲鳴も出ず腰まで抜かしていた。
コボルドが部屋を見渡す。俺は動けないまま、そして、俺の目とコボルドの目が合う。
恐怖で体が震える。
「目が覚めたか」
姿のわりに鈴の音のような涼やかな声音をしていた。
「キシシシッ! ご主人! キシシシッ!」
喜びの声が聞こえたかと思えば、黒い影がコボルドに飛び込んでいて、それを平然と片手で掴むコボルドの姿を呆然としたまま眺めていた。
「どうして、こんなところにいるのか? まあいい」
気にも止めずに黒もじゃは投げ捨てられる。
「に、逃げないとっ……」
愕然としていた俺はここに来てやっと思考が動き出す。
少しでもコボルドから離れようと立ち上がれないままに部屋の隅まで体を引きずっていた。
「具合はどう、ん? ……そうか」
コボルドは何やら納得するように頷くと腰に手を回していた。そこには抜き身の剣。剣身が湾曲しているあれはカットラスか。佩いてるのを今気付いた。
コボルドはカットラスを腰から抜くと俺とは反対側に行き床に置き、
「貴様を傷付ける気も食べるつもりもない」
と、柔らかな声音を吐き、ゆっくり近づいてくる。
そして、後二歩ほどで俺に触れられ所まで来て立ち止まった。
「私の意思は伝わっているな」
「え、あ、え……はい、はい、はい」
俺は、肯定の意思を示すために何度も頷く。機嫌を損なわないように必死だ。
「怪我はどうだ?」
コボルドは膝を折り胡座をかく。
「えっと……大丈夫です。痛みはありません」
「本当に……言葉が通じるのだな。腹が減っているだろう?」
「……空きました、あの」
「キシシシッ、ご主人いい匂い」
いつの間にすり寄っていたのか、黒もじゃがコボルドの膝の上に乗っていた。
「あの、本当に襲いませんか?」
「治療したのは私だ。殺したい奴をわざわざ生かしたりしない」
理知的だ。
驚いた。モンスターはもっと敵愾心や殺意しかないかと思っていた。それが今、論理的な会話をしている。そういえば黒もじゃとも会話が成立していた。
「なら、目的は?」
「その話はあとだ、別の場所に食事を用意しているついてきてくれ」
俺は、戸惑いつつも優しさに絆され白いコボルドについていくことにした。
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