序話2(語りかけ)
二つめの序章。
この時の俺は、まだスキルを得られることを知らず、絶望の淵に立っていた。
そうだな、空が血に染まるように赤かったことと、厳格で重々しい低音の声は覚えている。
「このまま朽ち果てるか、隷属するか選べ」
赤いな、空か。空か……俺は寝てるのか。どうしたんだっけか、モンスターに追われてたはずだよな。
体が重い、動かせない。
なんだか、瞼も重い。ああ……これ、死ぬのか。
「答えよ」
「がああああ!?」
痛い!?
痛い、痛い、痛い。
肩が、肩が。
なんだ!?
首が回らない。どうにか視線だけ向ける。刀が生えてる。
刺さって──
「があはあ!?」
刀が捻られる。
怒りにまかせ視線で刀をたどり、誰かと確かめるつもりが、目が霞んで輪郭すら危うい。
「答えよ」
「ああ、うあ」
答える? 何を? と口にしようとしたが、喉が乾いて貼り付いて巧く声が出せない。
「あうあ、はあ」
必死に言葉にならない声を出しても、返ってくるのは沈黙。
肩が痛い。思い出したように腕も足も腹部も、全身が痛みに悲鳴をあげる。
もうなんなんだ。嫌だ。止めてくれ。助けてくれよ。どうしろって言うんだ。
不意に幻聴が聞こえる。
『お兄ちゃん』
妹の幻影が目の前にちらつく。
『帰りたいよ。お家に帰りたいよ、お兄ちゃん』
その姿は、可愛らしい青いチェックのワンピースを着て蹲り泣きじゃくる七歳の妹。
『大丈夫、帰れるよ。お兄ちゃんが必ず連れて帰るから』
もう一人、少年の幻影。寄り添い慰めているのは、まだ、声変わりもしてない十三歳の頃の俺か。
『本当に?』
『うん、約束だ。お兄ちゃんに任せろ』
ああ、笑える。何が約束だ。声を出して笑えないのが残念だ。
裏腹に冷たい水が目からこぼれ落ちて苦々しい。
情けない。
一度、瞼を閉じ再び開けると幻影は消え、映るのは赤い空と佇むぼやけた輪郭の人間。
死ぬのか……じゃない。
死ねるか。俺はまだ死ねない。
答えろとか良くわからないし、誰だか知らないがどうでもいい。身勝手だろうがなんだろうが、俺を生かせ、生き延びさせろ。
そう、言葉にしたかったが全くいうこと利かず口からでるのは、「あ」だとか、「い」だとか、「う」だとか、意味の無い母音の羅列だけだった。
ただ、焦点が合ってないような目で可能な限りぼやけた姿を睨み付けてはいた。
ただ、それが限界だった。瞼が重く視界が闇に覆われて、微睡みに沈んでいく。
「生き足掻く姿、無様なり弱き者よ」
掠れる意識の中、重々しい声の嘲笑と犬の遠吠えが聞こえた気がした。
この次から本格スタートです。
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