4話
十年ほどが経過したころ、アレクシアの側に『自分よりも小さい母親との関係性』になにか思うことができたようで、唐突に呼び出されて、テーブルを挟んで話をすることになってしまった。
月光はといえば飄々としてなにごともまじめには応対せず、受け流すような、適当に話を合わせるような、そういった話題運びを好む。
責任の発生を徹底して避けるのが彼女の個性であったから、こういった『改まった話』というのがたいそう苦手で、苦手すぎて、ついつい、相手がまじめなほど、からかうような物言いをしてしまう悪癖があった。
「お母さん、私、同年代の人間を見たい」
娘のうったえはかなり切実であった。たぶん、彼女の十三年という人生を思えば、短くない時間、我慢を続けてから切り出したことであろう。
月光はといえば嘲弄するようにあごを上げ、見下すような目つきをしながら、不敵な笑みを顔に貼り付けて応対する。
「見たいと言われてものう。見たければ、勝手にせい、としか」
「今度、行商人さんが来たら、ついていこうと思うの」
「ふむ。まあ、よかろう。あれから十数年……そろそろ独り立ちには良いころじゃろう」
「……いいの?」
「好きにせい」
それで、話は終わった。
終わったあと、月光はシーツをかぶって一人でもだえた。
「しまった……勢いでこう……十三……十三歳は早くないか? 建国の父でさえ旅に出たのは十五じゃろ? なればこう、もちっと引き延ばすとか……」
それはまったく根拠のない不安とか焦りからくるモヤモヤの発露でしかなかった。
勝手にしろ、という自分の言葉は考えれば考えるほどその通りで、なんの因果かそのへんの樹の根本に落ちていた子供が、大きくなって自ら手を離れたいというのだから、それはもう、勝手にしたらいい、という以外にはないはずであった。
ところが現実として娘が離れていくとなるとすさまじい不安やら後悔やらが胸中に襲い来る。
しかし月光には千個ぐらいのどうしようもない弱点があって、そのうち上位をしめるものの中に『前言の撤回』があった。
一度自分の口から出た言葉をひっこめるのが大の苦手なのだった。自分の言葉を嘘にするのが大嫌いで、引っ込めなかったり、さらに嘘を重ねて『嘘なんかついてませんよ』みたいな態度をとったりしてしまう。
それは誠実というよりは子供っぽい特徴だった。正直なのではない。勢い任せなだけなのだった。
このせいで死ぬこともある悪癖なのだけれど、月光は死んでも次の死体に憑依して蘇る。
ペナルティと言えばしっぽが一本増えるぐらいのもので、月光はそのことをあまり弱点視しておらず、むしろ、『より人外的な魅力が増す』とポジティブに捉えていた。
そのせいで死んでも反省しない。
「……ぐ、ぬ、ぬ」
月光はけっきょく、娘の独り立ちを黙って送り出さざるを得なかった。
信頼できる行商人に娘を預けた。もちろん当然のような顔をして見送る。
「帰ってこないでもよいからのう」なんていう言葉も添えた。嘘です。行かないで、などとはポリシーのせいで言えないし、なにより引き止める理が全然ないのだった。
かくして月光は娘を見送り――
「……わらわが火刑に処されてから、十数年か。……まあ、そろそろ、よかろう」
――そのあとを追って、人里へと向かうこととなった。




