1話
森で一番大きな樹の根本で、赤ん坊が泣いている。
「…………どうしたもんかのう、コレ」
もちろん困った。困り果てた。
けれど彼女が困った理由は『捨て子を発見してしまったから』という状況で普通の人が普通に抱く困惑とはちょっとだけ色合いが違った。
まず、子育てをしたことがない。
それは発見者である彼女が見た目通りの幼い少女だからということではなかった。
どう見ても少女にしか見えないのは間違いない。
銀色のふわふわした髪の毛。頭の上でピンと立った三角耳。何本もあるしっぽはすべてがふさふさで太く、その毛艶はどことなく光沢よりもふわふわ感の強い、幼い獣人のものだった。
青みがかった銀色の目はくりっとしていて、ほっぺたはもちもちで柔らかそう。布を多めに使った白い、不思議なデザインの衣服からでもわかるほどボディラインはとことん平坦で(それは、肩とか鎖骨あたりが露出するデザインの衣服だから余計にそう見えるのかもしれない)、どこからどう見ても『子供の獣人』だった。
しかし事情があってずいぶん長いこと生きている。
子供を産んだ経験もある。
けれど彼女は、子育てというものをたいてい人に丸投げしてきたのだった。
主な収入源が愛妾業ということもあった。
愛妾を業務にしようと思うと、やっぱり狙う相手はそれなりの金持ちになる。貴族制度ができてもう百年以上は経つものだから、金持ちといえばだいたい貴族になる。
そうなると連中は子育てを専門家に任せるのが普通なのだった。生まれたばかりの子は取り上げられて、どこかの乳母のもとで育てられるのだった。
なにより彼女はといえば『異常』な獣人だ。
しっぽが多い。
幼い容姿のくせに古臭いしゃべりかたが骨身にまで沁みている。
まして貴族は人間族が名乗る称号だ。そもそも『愛妾に獣人を迎える』というのが普通ではない。
結果として彼女の産んだ子は隠されるように育てられる。もしくは殺される。
なので彼女は子育てを経験しないのが普通なのだった。
そういった時に任せるような相手も、今はいない。
つい先日、ちょっと火刑に処された。
これは彼女が人生で何度か行ってきた『関係リセット』の一環だ。
『寿命が長い獣人』というパーソナリティを持つ彼女は、エルフやらドライアドやらの数百年生きる種族がいるこの世界でもちょっと特殊な生物なのだった。
それが『死んでも蘇る』という特性までおびれば、普通の人からはたいそう不気味に映るだろう。――なにせこの世界には剣も魔法もあるけれど、死人が蘇ることだけは決してないと思われているのだから。
そんな彼女は先日、愛妾業で次のパトロンにしようと思った男性との行為の最中、男性の趣味のせいで殺されてしまい、近場に次の憑依先の死体があったためうっかり『死んでも蘇る』特性をさらしてしまった。
そこで魔女扱いで火刑に処されたわけである――まあ、長らく『危ない趣味』で領民の子供を屋敷に招いては二度と親元に返さなかったその貴族の家も、民の手によって火刑に処されたので、生命の一対一交換は済んだからヨシという感じなのだが。
そういった事情もあって、今はしばらく身を潜めねばならない。
もちろん知り合いはいる。努力と力仕事が何より嫌いな彼女は農耕などするはずもなく、生きていれば腹が減るし、いろいろ入用なので、商人にはいくらかの知り合いがいた。
しかし連中は商人だし、そこまで深い付き合いもないので、拾った子供をあずけられるほどの迷惑はかけられない。
見捨てるか、と理性が結論づけた。
赤ん坊は真っ黒い目を見開いて、彼女をじっとながめている。
彼女も赤ん坊をじっとながめている。
「……ま、ヒマ潰しにはちょうどよかろう」
そもそも子供の確保は自分のライフワークであることを思い出す。
だから彼女は、拾った子供に『アレクサンダー』という名前をつけた。
それは彼女に『月光』という名をつけた、名付け親というのか、そういう感じの男の名で――
『同じ名前の人物により殺される』と予言された、不死の化物の名前でもあった。




