第9話 大蜘蛛と小蜘蛛
「ふう。今日も気持ちのいい汗をかいたな」
午前中は魔物狩り、午後は槍の訓練。
そんな村での生活が一週間経ち、槍を置いたトオルは手ぬぐいで汗をふく。
格好はすでにネルシャツ&ジーパンとは異なっている。
村長から余っていた現地の服を譲ってもらい、黒髪黒眼以外は村にも完全に馴染んでいた。
「ギルドにいっていないだけで、ほとんど冒険者みたいな生活だな」
「冒険者でありますか。私はあまり興味がないのであります」
一日の活動を終えたトオルは、マルコの家にお邪魔している。
子供の頃に両親を失っているマルコ。
独身で家族もおらず、ここ最近は一緒に夕食を食べていた。
「にしても、いよいよ明日か。まさか許可してもらえるとは驚きだったぞ」
「まあ、勝算はあるのでありますからね。これも全部、トオル殿の働きによるものであります」
カンナ村での食事は基本、肉と蒸かしイモだ。
パンの代わりに畑で採れたイモが主食で、家庭によっては豆スープもついたりする。
飲み水や生活用水に関しては、すべて村近くに流れる川から。
また南にある町からは行商がちょくちょく来るので、そこまで不便ではない。
魔物狩りで得た余分な肉や魔石はそこで売却。なのでトオルにも一応、収入はあった。
「じゃあまた明日。お休みー」
「ではでは、であります」
夕食を済ませてマルコの家を出るトオル。
村の北端にある、空き家だった自分の家に戻ろうとしたところ、
「飲もうぜ、パパラッチ!」と、ほかの魔物狩りの男衆から酒の誘いがくるも……明日が本番なので断っておく。
――そうして、早めに寝てしっかりと体を休めて迎えた朝。
トオルが村に来て十日目。ついにその作戦を実行に移す日がやってきた。
◆
「準備はいいな、お前ら? 気合い入れていくぜ」
「「おう!」」
「はい!」
「了解であります!」
朝早くから村の入口に集まったのは、皮鎧を装備した五人。
今回、リーダーを務めるブルーノをはじめ、トオルとマルコ、そして魔物狩りをしている顔みしりの二人だ。
いつもの狩りでは多くても三人一組。
さらにマルコを除けば単独でオークを討伐できる、カンナ村の上位四人が揃っていた。
職業は戦士と剣士、槍士は二人で、そしてパパラッチ。
レベルについてはブルーノの18を筆頭に、槍士二人が16でマルコが14、最低のトオルは11となっている。
一言で言えば過剰戦力だ。
そんな五人が揃って目指すのは、カンナ村がある北の森の北側である。
「じゃ、出発するぜ」
リーダーのブルーノを先頭にトオルたちは進む。
体力温存で魔物との戦闘を極力控えて、段々と深くなっていく森のさらに北を目指す。
――――…………。
そうして、森の途中にある小屋で休憩を挟みつつ、村を出発して四時間ほど。
ブルーノの合図を受けた後ろのトオルたちは、歩みを止めて近くの茂みに身を潜める。
(……あれか。名前の通りずいぶんとデカイぞ)
トオルたちの視線の先。
木々を隔てた約三十メートル向こうに――お目当ての存在の姿があった。
ジャイアントスパイダーだ。
黒と赤のまだら模様の大きな球体の体と、それを支える槍みたいな八本の長い脚。
北の森においてオークの次に強いとされる、トオルにとっては初見となる虫系の魔物だ。
そのジャイアントスパイダーの周囲には小さい(といっても野犬サイズ)の蜘蛛が。
事前にブルーノから聞いていた情報通り、邪魔な子蜘蛛も何体かいるようだ。
「(んじゃ、やるぜ。無理だったらすぐに中断してトンズラだ)」
「「「「了解」」」であります」
同時に小声で答えて、トオル以外の四人がそれぞれ散らばっていく。
残されたトオルは一人、正面から徐々に前進。
パパラッチのスキルで撮影可能となる十メートルの距離まで、緊張で額に汗をかきながら接近を試みる。
――と、静寂の時が流れていた次の瞬間。
ドサァ! という何かが地面に落ちる音が。
それは複数あり、ジャイアントスパイダーと子蜘蛛たちのすぐ近くで生まれていた。
(頼む! 喰いつけの極みッ!)
左右から回り込んだブルーノたちから投げ込まれたそれ。
何ともグロいオークの生首四つだが……それに対して一斉に蜘蛛たちが群がった。
(かかった! さすがはブルーノさんだ!)
今回の作戦の対象であるジャイアントスパイダー。
普段は狙わないこの危険な大型の魔物を相手に、リーダーのブルーノの策は大当たりだ。
ジャイアントスパイダーは格下のオークが好物の一つ。
ベストは全身が揃っている状態だが、さすがに運ぶのに苦労するので、部位ごとでは最も喰いつきがいい頭部を持ってきていた。
(んで、また頼む! 撮れてくれ!)
バキバキと頭蓋骨を砕く咀嚼音が響く中、トオルは一人進む。
近づいて改めて分かった、体長・体高ともに約三メートルの巨大さ。
食事に夢中でその巨体の向きを変えたジャイアントスパイダーの真横から近づき、その距離がついに十メートル圏内になる。
《発見した魔物を撮影しますか?》
(きたァ! 頼む!)
天の声から望んでいたセリフを聞いて、グッと槍を握る手に力が入るトオル。
続けて、パシャパシャパシャ! とシャッター音が響く。
オークの一つ格上の撮影対象であり、単純な戦力以外でも恩恵が大きい、この魔物のステータスはというと――。
【名前】 ジャイアントスパイダー
【種族】 スパイダー族
【HP】 290/290
【MP】 105/105
【攻撃力】 282
【防御力】 280
【知力】 108
【敏捷】 220
【スキル】
『粘着糸』
『鉄糸』
全ステータスがオークよりも上。
パパラッチ単体のステースも上乗せされている、今のオーク級のトオルよりもまだ上だ。
固有スキルも初めて一体で複数ある。こちらも事前に聞いていた情報通りだ。
《撮影した魔物を上書き保存しますか?》
(もちろんだ。……さあ派手にやろうか、ジャイアントスパイダー!)
周囲の子蜘蛛は無視して、トオルは全身に漲る力のままに一気に飛び出す。
――つまりは成功の合図。トンズラではなく戦闘に入れ。
ステータスのいくつかが300を超えたトオルは、槍を構えて強敵へと襲いかかった。