第7話 カンナ村
「おおっ、ここか! 外じゃなくて森の中にあったのか!」
図らずもトオルがマルコを驚かせまくったあと。
案内されてたどり着いたトオルは、目の前の光景を見て自然と笑顔になった。
森の中にポツンとあった村。
世界樹ほどではないにしろ、高くて立派な一本の大樹を中心に、木の柵に囲われた村が存在していたのだ。
「カンナ村であります。小さい村でありますよ」
「す、スゴイな。ファンタジー村の極み……といってもいいでしょう!」
マルコは謙遜し、トオルは興奮する。
元インスタグラマー(無名)としての悲しい性か。
気持ちが疼いてしまい、ジーパンのポケットを無意識に触って、今はもうないスマホを取り出そうとしたほどだ。
「では、こっちであります、トオル殿。まずは村長のところに挨拶にいくであります」
「お、おう」
とにもかくにも、まずは村長のもとへ。
その途中、優しそうな村人たちや元気な子供たちから声をかけられて、トオルは一安心しつつ、
村の中心の大樹の前に位置する、一際大きい木造の家へと入ろうとした。
――のだが、
「こんの飲んだくれジジイ! さっさと仕事しな!」
「ぐぬぉおおお……!」
「えっ!?」
マルコに連れられたトオルが村長の家に入る寸前。
なぜかその家の中から、一人の白髪の老人が転がって出てきた。
……どういう状況だこれ?
ひたすら困惑してしまうトオルと、その横で額に手を当ててため息をつくマルコ。
そんな家の前で立ち止まっていた若者二人に向けて。
「おやマルコ、客人かのう? ……ワシはアントニオ、ここカンナ村の村長じゃ!」
頭を地面にお尻を空に、村長のアントニオは力強く自己紹介をしたのだった。
◆
「ほっほっほ! いきなり見苦しいところをお見せしたのう!」
「まったく、何を笑っているんだい! 反省の色が見えないよ!」
「あ痛ッ!」
「本当にどうしようもない亭主だね……あ、どうぞトオルさん。村の近くで取れた茶葉を使ったお茶です」
なんやかんやあったあと、無事に村長の家に上がった。
きちんと名乗って挨拶をしてから、トオルは出されたお茶をずずい、と飲む。
村長のアントニオと妻のレベッカ。
そのレベッカいわく、ついさっき叩き出されたアントニオが村を束ねているとのことだ。
北の森の南側にあるカンナ村。
村人は七十人ほどいて、全員が農作業か魔物狩りのどちらかの仕事をしている。
……ちなみにトップの村長はというと、基本的に飲んだくれ。
農業の知識は村一番で、仕事もできるが……あくまでそれは仕事をすれば、の話だ。
「――というわけです。もちろん働かせてもらいますので、しばらく村に置いてもらえないでしょうか?」
「村長、私からもお願いするのであります。それにトオル殿は一人でオークを倒す実力の持ち主でありますよ」
一方、トオルも自分のことを話した。
記憶喪失キャラを押し通した上で、村にいさせてくれと村長に願い出る。
……正直、村の者から見ればトオルはどこの誰かも分からない者だ。
しかも身元不明。格好も見たことがないネルシャツ&ジーパン姿。
黒髪黒眼もこの世界には誰もいないので……普通に考えれば許可は下りづらいだろう。
「かまわんのう。記憶が戻るまでいくらでもいるとよいぞ」
「ほ、本当ですか!?」
「うむ。この村は常に魔物の脅威があるからのう。強いのならむしろこっちからお願いするくらいじゃ」
村長の言葉に、妻のレベッカは今度は頭を叩かずに黙ってうなずく。
そもそもカンナ村は生活に困って流れてきた者が多い。
だから見ず知らずのトオルも大歓迎で、追い返す気はサラサラなかった。
「家は村の端にあるものを使うとよい。たしか空き家じゃったな? マルコよ」
「はい。今は物置き代わりなので、少し掃除は必要でありますが」
「うむ、ではそこにトオルを案内してやってくれのう」
「了解であります」
「ありがとうございます。これからお世話になります!」
――こうして、話はサクサクと進んでトオルの寝床が決定。
村長の家を出たトオルは早速、マルコの案内で村の北端にある家へ。
外観は少しボロい木造家屋だ。ただ中に入るとそこまで痛んではいなかった。
農作業用の道具を除くと、ベッドとテーブルとイスが一つづつ。
親切なマルコも手伝ってくれた結果、十分とかからずに住める状態までになる。
(最初は心配したけど……。思ったよりは悪くはない異世界転移かな?)
木窓から元気な村人たちと大樹を見ながら、トオルはホッと胸をなで下ろすのだった。
◆
「じゃあ、いきますか」
「今日はもう軽くやるであります」
家でしばしの休息を取ったあと。
村の入口でマルコと再合流したトオルは、また村の外へと足を踏み出した。
時刻はもうすぐ夕暮れ時。
ただ村長宅での歓迎会を兼ねた夕食まで時間はあるので、トオル発で少し仕事をしようとなっていた。
だから魔物狩りというよりは巡回だ。
あまり村からは離れずに、周囲に魔物がいないか見回っていく。
「そういえばマルコ。この北の森ってオークが魔物の頂点なのか?」
「村がある森の南側はそうであります。北の方にいくにつれて、もっと手強い魔物が増える感じでありますね」
「なるほど。まだ上はいたか」
巡回中にさらなる情報収集も忘れない。
トオルの職業はパパラッチ、スキルは『モンスターパパラッチ』だ。
オークが最強ならそれでいい。だが違うのなら当然、次の撮影対象となる。
より強い魔物を撮影・保存して、ステータスを上げれば生存率は必然的に上がるからだ。
「んじゃ、オークの次に強い魔物って何になるんだ?」
「次でありますか? となるとジャイアントスパイダーであります」
「……ほほう。つまりデカイ蜘蛛か」
マルコの答えにアゴを触って考えるトオル。
下手に格上すぎると撮影しても保存できない。
すなわちコピーしてステータスに上乗せできないので、遭遇したら最後、殺られる可能性が高い。
だから慎重かつ確実に、一つだけ格上の魔物を。
現地人の知識を借りて、トオルは次の撮影対象をジャイアントスパイダーに決めた。
「けど、魔物狩りでは狙わないのであります。吐き出す糸は上質で高価でも、危険すぎる相手でありますから」
魔物狩りをする村の男衆の中で、単独でジャイアントスパイダーを倒せる者はいない。
力のある者たちでもオークまで。
チームを組んで挑めば勝てるとはいえ、わざわざその危険は冒さないとマルコは言う。
「ありがとう。また何かあったら聞いてもいいか?」
「もちろんであります。特に魔物関係は命に直結しますので、いつでも聞いてほしいのでありますよ」
やはり親切でいい人なマルコ。
そんな茶髪そばかすなマルコと一緒に、トオルは棍棒を握りしめて北の森の巡回を続ける。
異世界転移をしたパパラッチ(オーク級)と、村の若い剣士。
結局、この日は遭遇したコボルド一体だけを持ち帰り、魔物狩りの男たちが得たほかの魔物と合わせて、
日付を跨ぐまで、肉だらけのトオルの歓迎会が行われたのだった。