第2話 ゴブリンを撮影する
「え、何? 撮影するって言ったのか今??」
急に流れた謎の声、とゴブリンのステータス。
それに困惑するトオルに、また同じ声が繰り返し聞こえてくる。
《発見した魔物を撮影しますか?》
「(あ、はい。じゃあお願いします)」
対して、今度は条件反射で小声で答えるトオル。
どうやら自分以外には聞こえていないらしいが、それは結構な音量の優しい女の声だ。
――パシャパシャパシャ!
『グギャギャ!?』
(おっつ! ギリギリセーフ……!)
撮影を許可した直後に鳴り響いたシャッター音。
こっちは普通にゴブリンにも聞こえたらしい。盲点だった高台の上にゴブリンの鋭い視線が向けられる。
その時すでにトオルは隠れていた。
ギリギリのタイミングでやり過ごして、トオルがホッと一息ついていたら、
《撮影した魔物を保存しますか?》
(……え?)
今度は保存するかと聞いてくる謎の声。
よく分からないが、これが職業パパラッチか。
カメラがないのにどうやって? とは思うまい。剣と魔法の異世界において、与えられた職業にある特殊な能力だろう。
(たしか『モンスターパパラッチ』だっけか? 何か一つだけ意味深なスキルがあったしな)
そう強引に納得して、トオルは「(頼む)」と呟く。
すると自分の体が一瞬、微かに光ったと思ったら――妙な力が全身に湧いてくる。
「な、何だ? 急にどうした?」
高台の下にいるゴブリンも忘れて、普通に声に出して驚くトオル。
そして、誰に言われずとも見た。
何となく本能的なものから、また「ステータスオープン」と口にして、改めて確認してみたところ、
【名前】 篠山トオル
【種族】 人間
【年齢】 二十五歳
【職業】 パパラッチ
【レベル】 1
【HP】 40/70
【MP】 25/35
【攻撃力】 30
【防御力】 28
【知力】 15
【敏捷】 28
【スキル】
『モンスターパパラッチ』
……まだ戦ってすらいない。だからレベルも上がっていない。
にもかかわらず、ステータスが変化。
ただ隠れて、撮影して、保存したら……なぜか能力値が上がっていた。
◆
「いやどういう……。こちとらまた混乱の極みだぞ?」
突然のステータスの変化に、目を丸くしてトオルは驚く。
ちなみに見間違いではない。
自分のことなので最初のステータスはハッキリと覚えていた。
もし忘れていたとしても、HPとMPの上限と現在値の差を見れば明白だ。
問題はなぜ上がったのか。
……まあその点については、思い当たる節は一つしかないのだが。
「撮影して保存ってそういうことか? どう考えてもスキルの効果だよな……」
言いながら、トオルは頭の中で計算し始める。
重要なのは現在のステータスと最初のステータス、そしてさっき見えたゴブリンのステータスだ。
この三つを照らし合わせてみると――あら不思議、すべての能力値がゴブリンの分だけ丸々、上がっていた。
「なるほど、俺のステータスに上乗せされたのか。だからレベルが上がっていないのに強くなったってわけだ」
また一人で納得するトオル。
言ってみればコピー能力みたいなものか。
甚だ予想外なことではあったが、とにかくこれで自分+ゴブリンの二人分の戦闘力となったのだ。
――たかが一体、されど一体。
体の中に加わったステータス分の漲る力を感じて、トオルは立ち上がって振り返る。
『グギャギャ!』
「そりゃまあ、バレるよな。あれだけペラペラと喋っていれば」
ぐるっと回って高台に登ってきたゴブリン。
体格は自分より小さいと言っても、棍棒と殺意を持った正真正銘の魔物だ。
「初めての戦闘はずいぶんと早いな。転移からまだ五分も経っていないぞ」
トオルは一歩、前に出る。
素手で戦うのはどう考えても不利だ。
また着ているのは鎧ではなく普通の私服(赤いネルシャツ&ジーパン)なのに、不思議と恐れはほとんどない。
なぜなら、ステータスが目の前のゴブリン分だけ上がってくれたから。
肝心の攻撃力と防御力については、互いに同じ値だったのでちょうど倍だ。
「たとえフォロワー0人の無名インスタグラマーでも! ナメるなよ、ゴブリンめ!」
『グギャギャ!』
そして、真っ向勝負の真正面からぶつかり合うトオルとゴブリン。
棍棒のリーチでトオルが先に打撃を喰らうも、ステータスの差から普通に腕のガードで耐える。
……痛いは痛い。それでも骨にヒビが入るほどではない。
その一撃を受け止めたトオルは、即座に木の棍棒を掴む。
「それよこせ! 強奪の極みッ!」
『グギャギャ!?』
攻撃力、というより腕力の差で棍棒を奪い取る。
そうやって相手を丸腰にしてすぐ、棍棒を手にしたトオルは猛攻撃を開始。
ガンガガン! とひたすらに打ち込み、この生存競争に勝つべく必死に戦う。
「うおりゃあああ!」
ステータスに勝るトオルが全力で棍棒を振り下ろす。
散々、殴打しまくった末に、完璧な形で脳天に叩きつけると――ついにゴブリンは息絶えた。
「……ふぅ。思ったよりも一方的だったな……」
名前も分からぬ森の高台でのゴブリン戦。
職業パパラッチのトオルは初勝利を掴み取ると、気が抜けたようにその場にへたり込むのだった。