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極光アポカリプス  作者: 南乃 展示
1章 消費社会
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コンクリートビルの狐狩り1

 

 汝、隣人を害せよ。



「クッソ、ぶっ殺してやる!」

「んだよ、あいつら! 『集合体コミュニティ』かよ!?」

「それ以外ねーだろ! クルマ動かせるヤツらなんて他にいねーよ!!」

「いいから黙って探せ!」


 ざざっ、と何人かの靴音が聞こえる。

 音は硬く、頑丈で長持ちするブーツを履いているようだ。


 階下から響く音を聞き逃さないように気をつけながら、ぼくはもう少ししっかりと身体を隠すことにした。


 手元には逃げる時に拾っておいたナイフが1本きりで、他には何もない。

 これで4人を相手にするには実に頼りないが、さて、『略奪者レイダー』たちはどう来るだろうか。


「あのクソ、どこに逃げやがった畜生!」

「2手に分かれて探す! シモダは俺と来い!」


 ガァン! と、ずっと下のフロアでドアが乱暴に開けられる。

 それに負けないくらい、乱暴ながなり声で『略奪者』が悪態をつく。

 相談する際の声も無遠慮ながなり声なため、こちらにもよく聞こえるのは助かるが。


「いや、ナイフ持ってんだろ? もうちょい気ぃつけたほうが……」

「おまえ、ビビってんのかよ!? 仲間捨てて1人で逃げ出してんだぞソイツ! どうせ部屋の隅で震えてんだろ!」

「ガキども、いいから黙って動け! ごちゃごちゃぬかしてんじゃねぇぞ!」


 話し合いの結果、2人ずつで行動することになったようだ。

 実に都合がいい。


 やがて、2人ぶんの足音がそう時間をかけずにこちらに近づいてきて、ぼくのいる当たりのフロアを抜かして6階に向かう。


「ふざけんなよ……! シンジが死んだなんて、マキちゃんにどう言えばいいんだよ!?」

「落ち着けよ、今は隠れてるの探すのが先だ」

「大声でビビらせてんですよ、スガさん!」

「それはうるせぇだけだ。黙って探せ」


 このビルは屋上のある6階建て。

 彼らからしたら、1階と6階から挟み込むように探す腹づもりなのだろう。

 ぼくがいるのは5階だ。


 やることもないので、手元のナイフを持っていた埃まみれの布で磨く。磨くというよりも、せいぜいが背側に付いたサビを拭うくらいにしかならないが。

 本当にこのナイフ、手入れがされていない。モノ自体はそれなりに頑丈な作りなだけに、なおのこと惜しい。


 やがて、2人の足音が降りてきた。

 階段近くの部屋から1つずつ確認しているようで、バタン、という音に続けてどやどやとした足音が静かなビルに響く。


 そしてこの階層の最も奥にある、なんたら弁護士事務所と書かれた看板のある部屋の前に着く。

 そこで足音が止まった。

 2人はお互いヘルメット越しに若干くぐもった小声で相談しだした。

 どうやら気付いたらしい。


「おい、止まれ」

「どうしたんすか」

「埃がついてるドアノブに手の跡が残ってら。

 内側から机かなんかで塞いでるっぽいし、ここに立てこもってるな、あのヤロウ」

「ぶへへ! マジ逃げじゃないですか! 俺行きますよ、スガさんはアイツ出てきたら撃っちゃってくださいよ!」


 なるほど、話し方の落ち着いてる1人がボウガン持ちの『略奪者』のようだ。

 会話からしてある程度の序列があり、飛び道具持ちはより上の人間が持つというルールでもあるのだろうと思われる。先ほどリーダー格と相談していたのもボウガンを装備している人間だった。


「じゃ、俺が3、2、1で押し開けるんで。ちょっと映画とかドラマっぽくないすか、これ!」


 話し方が若い1人が、階下にいる残りの2人を待つこともなく始めようとしている。


 それから一瞬だけ間があって。


 バン、というよりはガッ、といった鈍い音がしてドアが開く。


「……おらッ! あ、クソ、なんだコレ!?」


 勢いよく開いたドアは、それを塞いでいた長テーブルに突っかかった。

 そして、テーブルとドアの上の出っぱりに載せられていたトレイをひっくり返した。


 以前はその朱塗りのトレイは、事務所のOLが汲んだお茶を配るためにでも置いていたのかもしれない。

 しかし今となっては、お茶なんてかなり貴重な物資だ。

 そこで、代わりのものを載せておいた。

 拾ったガラス片を山のように盛っておいた。


「なんだ!?」


 開けた1人が呻く。

 上から降り注いだガラスは彼のヘルメットによって防がれたが、少なくとも動きを止める役目くらいは果たしただろう。


 だからぼくは彼らの注意が逸れている間に、廊下の階段と床の隙間から普通に出て、部屋の方を向いて驚いている彼らの後ろに立つ。


 おおよそ想像していた通りの光景がそこにはあった。


 1人は扉から少し奥でぼくがかき集めておいたガラス片を浴び、たたらを踏んでいる。

 もう1人はそのすぐ後ろでボウガンを構えたまま硬直していた。


 良いタイミングだ。

 ぼくは近くにいたボウガン持ちのヘルメットを軽く持ち上げ、浮いたところの隙間を左手のナイフで突き込む。

 ぐずりとした弾力のあるものを裂く感触がして、押さえていたヘルメットの頭がビクリと震えた。


 こういう場合、ヒトはアドレナリンの興奮作用やらなにやらで、身体が硬直状態になりやすい。ボウガンに指をかけていたこいつも例外ではなく、指をすぐに引き剥がすのは無理がある可能性が高い。


 だから、こちらに倒れかかってきた肉のかたまりを後ろから支えて、代わりにぼくが腕先のボウガンの照準を合わせた。

 そのまま撃つ。


 前にいた若い方の男は、こちらを振り向こうとしていたのかもしれない。

 撃ったボルトは彼の首横に突き立った。


「かっ……!」


 そいつのヘルメットの奥から息が漏れる。


 せっかく首に当てたんだ、それ以上話したり叫ばれたりしても困る。

 死体を捨てて近付く。


 ボルトが刺さったショックでガラスの破片まみれの床に崩れ落ちたそいつに、彼自身が取り落としたナタを拾って片手で振りかぶった。

 無防備に横倒しになっている彼のヘルメットを持ち上げ、首にナタを叩きつける。


 あまり音はしない。

 湿ったような音がして、途中でナタが引っかかった。

 頚椎の横突起の隙間には入ったようだが、これでは動脈を切れたかどうか判らない。

 首後ろに向かってぐるりと回すように、ナタを両手で押し込む。

 ガクガクガク、と『略奪者』の身体が震え、数瞬後にはだらりと力が抜けた。

 もう大丈夫だろう。


 広い刃で傷口を一気に開けたから、あまり返り血も浴びていない。

 これが先程のようなナイフの刺突だったら、のしかかったぼくは正面から噴水を浴びることになっただろう。実際ボウガンの方は倒れるまでの間に、建物の壁におびただしい量の赤色を撒き散らしていた。


「おい、上の方から変な音しなかったか!?」

「ガシャガシャっつー音がしたな。落ち着けよ、どーせあっちの2人がイラついて花ビンとか叩き割っただけだろ?」

「そうか?」


 ガラス片の音に気付かれたか。

 下の2人は声の位置からして、もう3階くらいには来ているようだ。

 ここは5階、あまり余裕はない。


 異臭のする血溜まりからナイフとボウガンを拾い上げ、死体のこれ見よがしなベルトポシェットからボルトを回収する。ナタは使いづらいのでやめておこう。

 ただ、ボウガンの1人は予備の武器のつもりか、長い刃渡りのナイフを持っていた。これは丁度いい。


 ナイフを先程まで隠れていた場所に置いていた埃まみれのカーテンで拭く。

 ついでにボウガンも拭けるところは拭きながら、血溜まりを見下ろしつつ考える。


 ここからはそろそろ離れないといけない。


 そうなると、さて。


 この2つのどちらの体重が軽いだろうか。


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