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極光アポカリプス  作者: 南乃 展示
1章 消費社会
3/42

状況は悪く 1


 増えると困るのは虫だけではない。



 トラックの荷台で状況を確認する。

 そこまで時間はかけられない。

 早く済ませてしまおう。

 本当は何もかも諦めて、ぼけっと空のオーロラでも眺めていたい気分ではあったが。


 まず、今ぼくたちは攻撃を受けている。


 煙を立てて警告する歩哨が居たこと、車の走るタイミングに合わせて火の手が上がったこと、また時間を経ずに隊長は殺されたことから、相手はそれなりの人数だと考えられる。

 この区域で組織だった行動が可能なまとまった人数の集まりとなると、考えられる相手は一つ。

 相手は、ぼくらが任務で制圧を命じられていた『略奪者レイダー』だ。


 任務。そう、任務だ。


 ぼくらの任務は、周辺敵性勢力の排除。


 最初に隊長から与えられた情報では、ここから数十キロは北にある高速道路付近で発見報告があったとされる、近接武器で武装した数人の略奪者の拠点を、相手人員の生死を問わず無力化するというものだった。

 こうしてみれば『フォース』の偵察もいい加減な仕事をしたものだ。何もかも情報が間違っている。


 相手は歩哨を立てるような余裕がある人員数だし、既に彼らの生活地点は発見報告からかなり移動していた。それに、隊長の頭にたこ焼きのつまようじのように突き立ったあれはボウガンから発射されたであろうボルトだ。


 事前情報がさすがに雑すぎるのではないだろうか。いや、もしもっとマシな情報だったとしても、この部隊がそれを活かせたかどうかは微妙だが。


 そして、その結果がこれだ。


 支給された貴重なトラックは火に煽られストップ。

 急ブレーキで一人は荷台から投げ出され。

 率いる『軍』の隊長は真っ先に即死。


 敵の人数は不明。

 ただしこちらへの殺意を持っているのは明白。

 少なくとも貴重なガソリンを撒き、ボウガンで武装できる程度の戦闘能力は有している。


 手早くまとめてはみたが、状況は悪い。

 ひとまず、不利な現状の立て直しから始めたいと思う。


「あ、あっ、たっ、隊長」


 荷台にいた一人、たしかタチダだったか、がうつ伏せのままうわ言のように喋っているのが見えた。

 半分ほど身体が折り重なっているその相手を、なんの意味があるのか判らないが揺すっているのが見える。

 なぜ、その位置からすぐに離れないのか。


 そう思った丁度のタイミングで、タチダの背中に鉄の杭が刺さった。


「ぎぃ! あぁぎいぃ!!」


 大の男が芋虫のようにのたうちまわる光景は、見ていて面白いものではない。

 だが、ボルトが刺さったのはあの位置からしてかなりの確率で脊椎か内臓を深く貫通している。

 彼はもうダメだろう。

 少なくとも、戦うにせよ、逃げるにせよ必要となる運動能力は著しく落ちてしまった。


 今すぐに動けそうなのは、荷台にいるもう一人のボディアーマーを着用した男。

 その彼に呼びかける。


「動けますか? トラックの左手側から降りて逃げましょう」


 彼はこちらを向いた。

 初老ほどの年齢の顔は、恐怖で酷く歪んでいる。

 肉体労働から遠そうな印象を受ける痩せぎすの身体に、あまりにもぶかぶかなアーマーが不釣り合いに映った。


「ひッ、ひだり、て」

「はい」


 不運な男二人に刺さったボルトの位置からして、そちらに逃げれば射線に入りづらいはずだ。


「ここは早く逃げましょう」

「そ、それでどうなる!? その後は!?」


 なんだこいつ、と思った。


 今する話だろうか、それは。


 もう見捨てようかという考えが脳裏をよぎるが、まだ死人よりは生きている人間の方が役に立つだろうと思い直す。


「撤退して立て直します。早く」

「そんなできるか! 撃たれる、撃たれる! どうして、私は何もしてないのに! 私は『軍』じゃない、ただの『図書館ライブラリ』の調査員だぞ! こんな所で死にたくない、投降だ! 君も早く、投降するんだ!」


 ぼくは諦めて荷台に転がっていたナイフを掴み、トラックのへりから上体を乗り出した。

 倒れた姿勢のままずり落ちて、地面に全身でぶつかる。

 この方が身体の一箇所でぶつかるよりは痛みがないし、無闇に立ちあがって射撃の的になることもない。


 トラックから降りると、眼前には炎が広がっていた。

 その中で黒いボディアーマーが炙られているのが見える。


 炎自体は撒かれたガソリンの範囲に留まり、アスファルトの舗装道路を焼き焦がしているのみであり、延焼することはなさそうだ。

 これが木造の室内やフローリングだったらこうはいかなかっただろう。木はオイルがあればすぐに燃え広がる。


 目にしみる不快な刺激臭を避けるようにしゃがみ立ち、炎とトラックの間を抜ける。


「き、きき、聞いてくれ!! 私は投降する! ほ、ほら、持っていた武器も捨てっ……ぇ!」


 ぼくがペンキの剥げたガードレールを乗り越えて近くのビルに入ろうとした時、トラックの荷台の方から上ずった声の叫びが聞こえ、そして途切れた。

 続けて、どさりという音。


 十中八九、武器を手に持ったのを遠くの相手に勘違いされ、撃たれたのだろう。

 ヘタに武器を持っていたから、あるいはアーマーを着込んでいたからそうなる。

 武装せず、『図書館』なら『図書館』らしい装いをしていれば相手にも非戦闘員だと判りやすいし、まだ捕まって両脚の腱を切られて捕虜にされるぐらいで済んだかもしれない。

 今となっては何もかも遅いが。


 しかし確かに、生きている人間の方が利用価値があった。

 なにせ、自ら死ぬ間際まで進んで囮になってくれたのだから。


 そのおかげで、ぼくは建物に退避できた。


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