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極光アポカリプス  作者: 南乃 展示
1章 消費社会
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スタンフォード監獄実験 1


 『集合体コミュニティ』にも三大義務はある。

 納税、勤労、そして『フォース』の認めた教育がそれだ。


 もちろん義務があるのだから権利もある。

 『集合体』の中で呼吸できる権利だ。


 『集合体』に侵入した時と同じ手順で外に一旦出るため、サガイ夫妻の拠点に戻る。


 そのサガイは拠点である雑居ビルの3階に昇り、窓の整備をしていた。

 なぜそれを拠点に来たぼくがすぐに判ったかと言うと、サガイはビルの外壁に直に張り付いていたからだ。

 自前の鉤爪を壁に引っ掛けて、安全綱もなしにビルの外壁を歩いている。


 少し悩んだが、気にせず建物に入ってしまうことにした。ぼくが話しかけたせいで気が散って、落下でもされたら目も当てられない。

 タニヤに連絡を入れておくだけでも不都合はないだろう。

 そのタニヤは1階で掃除をしていた。


「ありゃサトミ! もう戻ってきたの?」

「ソラをススキに預けた。行ってくる」


 枝はねの酷いホウキと、もうずっとワックスとは無縁のタイル張りの床から目を離し、こちらを見てくる。

 ホウキもそうだが、ワックスなんて最近は市場でも見かけない。


「あんたが持ってきた物は2階のいつもの場所に置いてあるからね」

「助かる。ソラの服だが、やはり何か対価は支払った方がいいと思った。できれば今回の鹵獲品の中から選んで欲しい」

「いいや、要らないよ」


 提案が断られてしまった。

 タニヤは普段なら、夫であるサガイが無許可で酒を飲むだけでも烈火のごとく怒る吝嗇家りんしょくかなのだが。

 ぶっちゃけ少し不気味だった。


「理由を聞かせてくれないか」

「理由? サトミは難しいこと聞くねえ。あの子が可愛かったから……じゃ、ダメかい?」

「それだけではあまり納得ができない」

「ならアンタ風に言うと、先行投資か必要経費ってヤツかね」

「どういうことだ?」

「あの子、アンタが拾ったってことは『廃品回収スカベンジャー』に育てるんだろう? それならこっちの印象を良くしたいって打算的になるのもおかしくはないと思わないかい?」


 ソラが、ぼく達と同じように?


 『廃品回収』は、外のゴミという名の再利用できる資源を漁って拾い集め、『集合体』内でも主に『軍』あたりから疎まれ、周辺の『略奪者レイダー』と遭遇すれば血生臭いやり取りを行うような仕事だ。


 正直に言うと、その可能性についてはほとんど考えていなかった。

 むしろ、完全に考慮の外にあった。


「いや、ソラは『廃品回収』にはならない。いずれ何かしらの仕事に就くにしても、もっと生きやすい労働はいくつもある」

「それは本人の言葉かい?」

「ぼくの言葉だが」


 タニヤは掃除の手を止め、ホウキの頭にあごを載せた。


「生きやすい仕事なんて言っても、結局何になるかは本人の心次第だと思うよ、サトミ。決して放任しろって言ってるつもりじゃあないけどね? ただ、あの子はなんとなく『廃品回収』になる気がしたんだ」


 いわゆるカンなのだろうか、それは。


 『軍』ならまだしも、『廃品回収』になりたいという女性は非常に少ない。当たり前だ。

 男よりも女は体力が低い傾向にあるから長時間の探索には向いていないし、戦闘になった時に不利になりやすい。

 なにより、『略奪者』に殺されたならそこで終われるが、もし捕縛されたらどうなるかは想像に難くない。男ですら捕まって奴隷扱いをされる危険性があるのだから。


 他にも理由はいくつも思いつくが、とにかくそのどれもがあの子を『廃品回収』にするという考えからぼくを遠ざけるものだった。


「こんな仕事、進んでなるもんじゃあないけどねえ。ま、他の所に行ったら行ったで、その所とのパイプができたと前向きに考えるさ」

「判った。そうしてくれ」


 ビル2階の資材置き場に立ち寄り、価値のない品を適当に見繕って持ち出す。

 『軍』に報告する際の偽の収穫品、証拠物だ。

 そこに、一番の戦闘の証拠となる拳銃ハンドガンも混ぜておく。

 こちらで差し押さえてしまうことも考えたが、話の信憑性を上げるためにはこれが最も適しているため、私物化は断念する。


 ぼくはタニヤに言われたことを考えながら、店の裏手から『集合体』の外に出た。



 ♢♢♢



 北に向けて大きく開かれたこの『集合体コミュニティ』のゲートは、この時間帯にもなればかなりの往来がある。


 その理由の一つには、ここに関しては周辺の安全が『フォース』によって保証されていることも挙げられるだろう。


 局地的な気象災害が周辺地域と比較して軽微で、東は海に面する湾である『集合体』にとって、最も警戒すべきは北、西、南の3方向から流れて来る外部からの武装集団、つまり『略奪者レイダー』の散発的な襲撃だった。

 そして、『軍』は住民の不安を取り除くため、3方向に警備部隊を配置した。さらに年月をかけて防衛部隊が周辺勢力の排除と掃討を行ってきている。

 それに関しては色々と問題はあったし、今も様々な摩擦だらけではあるのだが。


 しかし、そうしたお陰で人々は『集合体』から多少でも外に出ることができ、それは西・南・北に建てられたゲート間での物資の運搬や、外部への廃棄物の処理などの用途で使われている。


 そのゲートの検問所の前にできた複数の列の一つに、ぼくも並んでいた。

 自然に列をなして並ぶことができるのがこの国の人の利点、とはまだメディアが生きていた時代に聞いた覚えがあるが、その性質は今も残っているようだ。


「おい、コレ見てみろよ。オレこっそり外で地図拾って来たんだ。こういうのジョーホウ資源つって価値が高いんだ、すっげえ運が良いだろ? 『軍』が高値で買い取ってくれるんだぜ」


 そう言って1つの冊子を見せてきたのは、ぼくの前に並んでいた若い男だった。

 手のひらにはいくつも硬化したマメやタコができているため、恐らく『農家アグリ』の中でも基本となる農作業系に従事している人間だろう。


 列待ちの間の世間話というか、本人にとってなかば自慢話であろう話題を聞かされる。


「懐かしいなー、この国ってこんなヘンな形の島国だったんだよなー」


 もう世界地図なんて見ることもなくなった今では、確かにそれは久しぶりに見るものだし、見ていて面白いかもしれない。

 その紙面が薄れてボロボロになった世界地図は、暇つぶしに眺められるという意味では価値があると言えるだろう。


 しかし、それだけだ。

 迷ったがぼくは、その男に言うことにした。


「ありがとう、面白いものを見せてもらった。ただ、それには情報資源としての価値はないと思う」

「は? どういうことだ?」


 彼に説明する。


 『軍』が必要としているのはこの『集合体』の周辺における詳細な地形図であり、世界地図といったほどの広範な範囲の地図は求めていないということ。


 また、紙面の保存状態が著しく悪く、『軍』や『図書館ライブラリ』に保存されているものと比べると、予備にするにしても数段劣ってしまうということ。


 話し下手なぼくなりに上手く説明できたと思ったが、しかし彼は納得していないようだった。

 そしてそれに対する憤りは、当たり前だがこちらに向けられた。


「んだよ! おまえ、ワケわかんねえこと言いやがって! まさか、適当言ってこれをパクろうって気じゃねえだろうな!?」

「いや、別に必要ない。ただ、買い取りの話をどこから聞いたのかは知らないが、『集合体』の外の物品を『軍』以外が回収するのは基本的には違反行為だったはずだ」


 それが最後の理由だった。

 もし価値があるにしても、彼はこの『集合体』の中で作られたルールに違反している。

 恐らく彼の言った、適当な理屈を付けてそれを奪い取る、という処理をぼくではなく『軍』がして終わるだけだ。


 外の資源は高く買い取ってくれるなんて噂がどこから出るのかは知らないが、彼はそれを鵜呑みにして、愚直にも直接『軍』に売ろうとしているのだろう。


 せめて、持ち寄るなら『図書館』の方がまだ気まぐれではあるが良心的だ。

 そう言おうとしたが、時間切れのようだった。


「次! 並んでるやつ、来い!」

「はっ、はい!」


 ゲートに控えた何人もの警備部隊の、その中の2人程がぼくと彼の方を見ていた。

 順番待ちの列はもう目の前にはなく、いつの間にかぼくらが先頭の位置に来ていたようだ。


 彼がぼくを一瞥してからゲートに歩いていき、警備部隊の人員と話を始める。

 そして、話し合いはすぐにこじれた。


「おかしいですよ! 話と違いませんか!?」

「話とはなんだ?」

「だって、買い取ってくれるって!」

「そのような事実はない。これは没収し、お前には話を聞かせてもらう」

「はぁ!? ま、待ってくださいよ!! お前、クソっ、もっと早く言えよぉっ!!」


 警備部隊の1人に連れられていく彼のこちらに向けた最後の叫びに、複数人の警備部隊がこちらに顔を向けた。

 厄介なことになった。


「そこの君も来い。どうせ順番だったんだ、持ち物を改めさせてもらう」

「判りました」


 『軍』の警備員がこちらを見て、そんな言葉を告げる。

 完全に疑われてしまっていた。


 地図の彼の騒ぎに後ろに並んでいる人達からも視線が集まる中、廃品を寄せ集めて作られたゲートに歩み寄る。


「まず、どのような理由で外出していた? 次に、その背負った袋に入っているものを見せろ。最後に身体検査を行う」


 ゲートの下で、他の人々と同じような形式ばった説明を受ける。

 ただし他の人と違う点としては、ぼくの両側には既に武装した警備部隊が控えていることだろうか。


 心象が出だしから悪く、迂闊に身動みじろぎするだけでも危険だ。

 もっとも、特に逆らう理由はないが。


「外での仕事をしていました」

「仕事だと?」

「昨日の朝、北方面に出立した防衛任務です。これ以上は『軍』の防衛部、かつ三尉以上のみにしか報告することはできません」


 そういう決まりになっている。

 本当はこれを言う役割は正規の『軍』の部隊長、あるいは部隊員のはずだったが、彼らはもういない。


 しかし返ってきたのは、怪訝というか、疑いの表情だった。


「なっ……? どうして……?」

「三尉以上の人員を呼んできて頂けませんか」

「ま、待て、待て! ちょっと待て!」


 厳しい話し口調が崩れていた。


 外周の警備にあたる人間は大多数が曹長以下の階級となっている。

 通常の警備にそれ以上の階級、幹部階級が割り当てられることは少ないからだ。

 確かに、身なりの怪しい、『軍』の関係者にはおよそ見えない人間に、突然いきなり上の人間を呼べと言われても困るかもしれない。


 正面でぼくの応対をしていた彼は、周りの隊員に二、三言を話してから、ゲートの傍に建てられた警備部隊の詰め所に走っていった。


 程なくして、人数を1人増やして戻ってくる。


「コイツか?」

「はい」

「お前、所属と階級を言ってみろ」


 特殊警棒を持ったそいつは、このゲートでも上の階級なのだろうと推測する。


「所属と階級はありません」

「はあぁ!?」

「『軍』には所属していません」

「なんだコイツ、狂ってんのか?」


 とりあえず規則に従って、警棒のやつの階級を尋ねようとした時、横で悲鳴が上がった。


 ぼくの持ってきた袋が開けられ、中身が出されている。


「う、うわっ、コイツ、銃器を持っています!」

「なんだと!?」


 そこからは話は一直線だった。


 説得の甲斐なく、ぼくは全く話を聞かれないまま『軍』に捕縛された。


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