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勇者様と怪しい人影

 ペトラと一緒に……いや、首根っこを掴まれてぶんぶん振り回されながら、街を高速で移動し課長の部屋の前まで来た。ずだ袋だってもっと丁寧に扱われてるぞ……。


 ペトラを連れてこいと言われてからデーモンと戦ったり、アンジェのところで昼をごちそうになったりとかなりの時間が経ってしまったので足を踏み入れるのをちょっと躊躇してしまう。お使いもできないお前は首だ! とか言われたらどうしよう。


 意を決して部屋に入ろうと一歩を踏み出す。隣から音がしないのでどうしたのかとペトラを見た。


 あれ、いない。どこ行ったアイツ。キョロキョロと辺りを見渡すと、いた。柱の陰に隠れてこちらの様子をうかがっている。


「なにしてるんだ?」


「補佐官さん、しーっです、しーっ」


 口の前で指を立て、慌てた様子でてそう言った。


「どうした」


「よく考えたら、ローラに呼ばれてからこんなに時間が経ってしまったんですよ。また怒られてしまいます」


「すっぽかしたらもっと怒られるぞ」


「そこでです!」


 ビシッと俺を指さした。


「まずは補佐官さんが入ります。ローラは気遣いの人ですから、知り合って数日の人にそこまで怒ることはできないでしょう。そこですかさず何が起こったか説明し、ローラも納得したところでワタシが部屋に入ります。いいですね」


「いいから行くぞ」


 ペトラの手を掴んで引っ張る。が、ビクともしない。岩でも引っ張ってるみたいだ。


「い~や~で~す~」


 足を踏ん張り、柱をがっしりと掴んで拒否するペトラ。だだっ子か。


「変なこと考えてないでさっさと行けって。事情を話せば分かってくれるだろ」


「補佐官さんはローラとのつきあいが短いから言えるんです! 怒ったときのローラは本当に怖いんですからね!」


「君たち」


「お前立派なレディなんじゃなかったっけ? レディはこんなことしないぞ」


「それとこれとは別です~」


「ちょっと君たち」


「お前いい加減に――ん?」


 今、第三者の声がしたような。


 振り返ると部屋の扉が開いていて、課長が貼り付けたような笑顔を浮かべていた。




「――で、呼び出されたのを忘れてのんきに昼食をごちそうになっていたおかげでこんなに遅くなったわけか」


 課長の声が一段低い。怖い。


「はい、面目次第もございません」


 そう言って頭を下げる。


「いや、いいんだ、いいんだよ。その件は私も報告されていてね。なんでも足が両方とも反対側に折れ曲がっていたそうじゃないか」


 え……? チラリとペトラを見ると、スッと目をそらされた。やっぱり酷いことになってたんじゃねーか。


「いくら回復魔法で治療したといってもすぐに元通りとは行かないだろう。しばらく休んでたっていいくらいだ。今日は休んでおくかい? それとも一週くらい?」


 それを額面通りに受け取らないくらいの分別はある。スッすぼけて休んでやろうという気持ちがないわけではないが。


「いえ、ペトラの回復魔法のおかげか体はすっかり治りましたので。今回の任務の内容をお聞きしても?」


「回復魔法?」


 チラリとペトラを見る課長。全く表情を崩さないペトラ。課長は何が引っかかったんだろうか。


「まあいい。それで任務なんだが――」課長は手にしていた書類を机の上に投げ捨てた。「君たちが現場に居合わせたと聞いた上の連中が『なら彼女にやらせればいいではないか。勇者だったらすぐに解決できるだろう』なんて言ってくれてね」


 課長は“上の連中”の姿が浮かんでくるような、堂に入った様子で真似をした。


「では街中にモンスターが出た理由を探れと?」


「はぁ……その通りだよ」


 頬杖を突き、ふてくされたように課長が言った。軽いため息を添えて、だ。


「あの、お言葉ですが退治しろ、というならまだしも調査となると難しいのでは」


「そんなことは分かってるさ……分かっているんだよ……」


 机の上で組んだ手を頭にあて、わなわなと震えだす課長。


「あの、課長」


「大体、あのクソ親父め。すれ違いざまに『元気が足らんぞ! ガハハハ』なんて言って私の尻を叩いて、『おっと、ローラ殿は女性でしたな。後ろ姿が男のようでつい』だと……」


 ドンッと机を力強く叩いた。


「その上いきなり思いつきで任務を変更して後は任せる? ふざけるのもいいかげんに……」


 ……何も言えないな。ペトラを見るとさっきから完全に無表情で、カエルみたいな表情を浮かべている。


「ああ、ともかく。街中にデーモンが出た理由を探ってくれ。元の任務は他の者に任せる。なに、君たち二人でやれってわけじゃない。後から追加で人員も送る」


「りょ……了解しました」


 そう言って俺たちは早足で部屋を出た。




 早足で官舎の廊下を歩く。貴族が複数働いている建物の割に安い建物なのか廊下を歩くと床板がスレてキイキイと不快な音が響いた。


「よお、二人ともこれから仕事か」


 誰から声をかけられたのか、振り返らずとも分かる。アルフレッドだ。


「もう知ってるかもしれませんが、街中でデーモンが出たんですよ。しかもそこに居合わせてしまいまして」


 ペトラが答えた。


「ああ、さっき騒いでたのはそれか。で、君らに白羽の矢が立てられた訳か」


「どうせデーモンの件がなくても仕事は言いつけられていたのでいいんですけどねー」


 全く良いことはない、という表情でペトラが言った。


「何か目星は付いてるのか?」


「あんなのが街中まで騒ぎにならずにこれるとも思えないので何者かが召喚したんだろうな、とは思っています」


「ほぉ……しかしデーモンを倒すとは流石だ。期待しているよ」


 そう言って俺の肩を叩くと、悠然と去って行った。


「デーモン倒したのワタシなのにー」


 ペトラは不満げだ。


「そうだな、助かったよ」


 言いながら頭をなでようとすると、ぺしっと手を払われた。


「子ども扱いしないでください。さっさと行きますよ」


「はいはい」


 俺たちは事件の現場に向かって歩き出した。




 事件があった住宅街は官舎から少し離れていたが、ペトラとあれこれ課長やその上の人たちについて話しているとすぐだった。


 朝に事件があったばかりだから当然なのだが、未だにあたりは穴だらけで周囲の建物にもチラホラ崩れている部分がある。それを遠巻きに眺めている野次馬がいて、ああだこうだと噂話をしていた。……あのひび割れのうちペトラが投げた岩でついたのはどれくらいあるんだろうか。ペトラの方をチラリと見やる。


「どうしましたですか?」


 小首をかしげてそう言った。


「いや、何でもない。とにかく情報を集めよう」


「では補佐官さん。あなたはこの辺りで聞き込みでもしてください。ワタシは露天商のフリをして情報を集めます」


 なんて言いながら敷物を広げて手際よく品物を並べ始めた。


「お前、ただ商売したいだけじゃあ……」


「イイエ、ソンナコトアリマセン。ケッシテ」


「片言じゃねぇか」


 実際やれることは少ないし、調査の心得があるわけではない。できることをやるしかないか。……仕事の任せ方が適当すぎやしないか、お役人の方々。


「とりあえず俺は辺りの人に聞き込みしてくる。お前も情報を集めといてくれよ」


「サボったりしないでくださいよー」


「お前だよ……」


 ともかくやるしかない。そう決めて歩き出した。




 さて、結論から言おう。たいしたことは分からなかった。


 この辺りの奥様方に聞いたのだが、デーモンを街中で目撃したという話はなくやはり何者かの手によって召喚されたようだ。


 しかし困ったことに誰も怪しい人物を目撃していない。これはお手上げだ。


 調査を切り上げてペトラの元へ向かう頃にはもう日が沈み初めていた。人々は帰途につき、ペトラ以外の露天商も店仕舞いをしている。


「どうだった?」


「大漁です」


 パッと明るい笑顔を咲かせるペトラ。


「品物がもうこれだけしか残っていません」


 自慢するように両手を腰に当て、胸を張った。


「お前……」


 絶句する俺を見たペトラは少し俯き、何かを考え、気づいた。


「ああ違います違いますよ! ちゃんと、ちゃんと情報も調べてますから!」


 手を目の前で振り回して弁解した。ホントかよ……。


「ほ、補佐官さんの方はどうなんですか?」


「んーそう言われるとなぁ。最近夜に怪しい人影を見るってくらいだな」


「あ、それワタシも聞きました。それで孤児院の院長さんとかが夜警してるそうですよ」


「なら怪しい人影を探して夜まで待ってみるか」


「えー、ビヨウに悪いので夜は寝たいんですが」


「お子様に夜は辛いよな――いだっ」


 鋭いけりが俺の太ももを襲う。


「蹴るな!」


「マ、ワタシとしてはさっさとこの件を片付けたいですからね。仕方が無いですが張り込みしてみましょう」


 無視ですかそうですか。


「ほら、早く張り込みの用意ですよ。何か考えはないんですか?」


「お前は?」


「ワタシにはありまセン! そういうのは補佐官さんの仕事でしょう」


 俺もそういう知識は無いんだがなぁ。そうやって途方に暮れていると、ふと声をかけられた。


「おや、どうされました?」


 振り向くと、先ほどお世話になった院長の顔。そしてアンジェがその真隣りにいて肩を院長の腕に寄せていた。


「お、調度いいところに」


 そうだ、忘れていた。一番話を聞かなくてはいけない人がここに居たじゃないか。


「実は先ほどの事件の調査を依頼されまして」


「それは大変な仕事を受けられましたね。――ハインツ殿の他にはどなたが調査を?」


「……おそらく私ひとりかと」


「あんちゃんだけ!?」


 アンジェが驚き、院長の目が一瞬曇る。まあそりゃあそうだろう。


「――何か手がかりはありましたか?」


 院長がすぐに表情を戻してそう言った。


「それがほとんどなくて。それでデーモンが現れたときに間近にいたアンジェに話を聞きたかったところなんです」


「私か! いいぞ!」


 ピョンとアンジェが一歩前に出てきた。


「デーモンが出たときのことを聞かせてほしいんだ。どこから出てきたかわかるか?」


「うーんと、私が院長のところに行く途中、何か魔力を使う気配がしたんだ。で、振り返ったらもうデーモンがいたかな。あ、そういえば頭からフードかぶった見るからに怪しいヤツがいたぞ!」


 そう、それそれ。そう言うのがほしかったんだ。というかアンジェ、魔力感じ取れるんだな。若いのにたいしたもんだ。


「その人のこと、もっと詳しく分かるか?」


「ムムム……ちらっと見ただけだからなぁ」


「そうか……」


 がっくし。仕方が無い、地道に探すか。しかしなぜデーモンはアンジェの前に現れたのだろう。彼女を狙ってか、それとも偶然なのか。


「怪しい人影というと、最近この辺りでそんな噂がありますね。それを目撃した浮浪者が何人かいなくなったとも言われています」


 院長が答えた。そんなことが起きていたのか。あのデーモンを召喚することを前々から計画してたヤツらがいるのか?


「……ハインツ殿、あなたも見回りに参加されますか?」


 渡りに船だ。住人も味方につけられれば解決だって早いだろう。二つ返事で俺はその案を承諾したのだった。

次回は4月28日の更新予定です。

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