表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/20

勇者様と初仕事?

 いつもと変わらぬ、活気あふれる市街を歩く。勇者様の補佐官となった俺は、彼女の元へと向かっていた。ヴァイエ氏――現在は俺の上司であり、『課長』と呼ぶことになった――の命により、初任務を言い渡されたからだ。


 あの勇者の補佐官なんだからもっとこう、もう少し何か物々しい儀式みたいなのをやるのかと思っていたが、ぬるっと「あ、じゃあ明日から頼むよ」という感じで決まってしまった。


 冒険者だってもっと手続きを踏むだろう。そこは身請け人が勇者様ということの強みだな。まあ、俺もめんどくさいのは好きじゃあないんでよかったっちゃあよかったんだが。


 それにしても、ガストンとの戦いで感じたのが腕力の足りなさだ。目覚めてからというもの、鏡に映る自分の姿を見ても違和感しかなかったのも、きっと筋肉やら脂肪やらが落ちてしまったせいだろう。屋台で飯を買うと、「細っこいヤツだな。もっと食え食え!」と、買った以上の量をもらうこともあった。


 そんなわけで、途中にあった屋台で買い食いしながら街を歩く。腹が減っているわけではないが、強く、強くなるためには食べなくては。


「えーと……ここらへんか」


 串から最後に残っていた肉を胃に落としながらそう言った。課長から教えられた場所だ。今日はここでペトラが店を開いているらしい。……仲いいな、二人。


 ちなみに最初は上下関係などを重んじて「勇者パトリシア」とか、「パトリシア殿」とか呼んだのだが、「さぶイボが立つのでやめてください。ほんとに」と、つくづく嫌そうに言われたので普通にペトラと呼んでいる。自分より若い女の子に言われると結構傷つく。


 ああいや、それはもういいんだ。とにかくさっさと見つけてしまわないと。


「そこのあんちゃん!」


 快活で、可愛らしい声が耳に届いた。


「ん?」


 振り向くと、ペトラより頭半分くらい上背がある女の子が俺に向かって声をかけてきていた。彼女は自身の存在をアピールしようとしきりに飛び跳ねている。


「あんちゃんこっちこっち」


 頭にかぶった頭巾と白い服。神官が喜捨を求めているのだ。……どうしよう。俺、金ないんだけどな。


 内心罪悪感を感じながらもなんとかやり過ごそうと、そっと視線を反らして歩き出す。すまない、すべて金がないのが悪いんだ。


「ちょちょちょ、今絶対見ただろ、無視はよくないぞ!」


 しかし回り込まれてしまった。ふたたびピョンピョンとその場で跳んで自分の存在をアピールする。君の存在に気づいてないわけじゃない。気づかなかったことにしたいだけんだ。


「お兄さんはあんまりお金がなくてな」かがんで視線を合わせ、「気持ちだけ、受け取ってくれ」


 諭すように言った。どこまでも優しい声で。


「そんなこと言わずに~。世の恵まれない人のために!」


 彼女が手に持った箱をぐいっとこちらに突き出すと、ジャラっと、それなりに硬貨が入っている音がした。その上には笑みでいっぱいの少女の顔。


「わかったよ。少しだけ、な?」


「ありがとさん!」


 なんか神官っぽくないな、この子。


「あ、神官っぽくないって思ったな」


 鋭い。


「いや、まあその。元気いっぱいだなって」


「元気なのは私のトレードマークだからな!」


 わっはっは、と快活に笑う。


「そうか、それはよかった」


 何の感情も無い声でそう言ってその場を去ろうとする。


「って流されないぞ!」


 ふたたび回り込まれてしまった。手強い。


 まあもうしょうがない、少しくらいはいいだろう。勇者様の補佐をやるんだ。これからは稼ぎだってそこそこ入ってくるはずだ。


 俺は懐から、栄養がずいぶんと不足してやせ細った財布くんを取り出した。


「ほら、銅貨一枚。これで勘弁してくれ」


 箱に放り込んだ銅貨がチャリンと音を立てた。


「あんちゃんの気持ちは伝わったぞ」


 そうか、さっさとこの場からさりたいという気持ちは伝わったのか。しかし――


「君一人か? 少ないとはいえ金持ってるんだから気をつけろよ」


 女の子が一人で金を持って道ばたにいるなんて、悪い輩にとってはいい獲物だ。というかなんで一人なんだろう。


「大丈夫大丈夫」


「他に連れは?」


「いない!」


 そこは胸を張るところじゃない。と、その時、聞き覚えのある声がすこし離れたところから聞こえてきた。


「いらっしゃいいらっしゃーい! ワタシのお店の品揃えは王都一ですよー!」


 ……ペトラがいた。しかもこっちをにらみながら客引きをしている。


「はいはいそこのお兄さんもこっちの店見てってくださーい」


 言葉では客寄せの体を装いながらも、俺への招集令状だ。なぜだかペトラさん、ずいぶんお怒りである。


 仕方が無いので目の前の少女に挨拶をするとペトラの元へ向かう。彼女の前に行くとぷりぷりと怒りを見せてきた。


「はい、ここに座ってください」


 パシパシと地面を叩く。


「ここ土……」


「いいから座る!」


 有無を言わせぬ口調でペトラが言った。


「はいはい……」


 一応は勇者様だ。座りはしないがしゃがんでやろう。


「マッたく、なんでアイツと楽しそうに話してるんですか。仮にもワタシの補佐官なのに信じられません!」


 なんだなんだ、俺が取られるのが嫌なのか? 可愛いところがあるじゃないか。と思ってちょっとニヤッとすると、


「なにニヤついてるんですか気持ち悪い!」


 うーん、ちょっと違うのかなー。


「それになんですかその格好。補佐官感が全然ないじゃないですか」


 なんだ補佐官感って。


「これはあれだ。勇者様の補佐ですって格好してたらお前が勇者ってバレるからな。周りにばれたくないんだろ?」


「むむむ……」


 腕を組み眉間にシワをよせる。


「とにかく! もうちょっと自覚をもってくださいね! 新人だからってワタシは手加減しませんからね!」


 フンッとそっぽを向いた。鬼教官かお前は。


「あれ、ペトラ。あんちゃんと知り合いなのか?」


 その声に振り向くと、先ほどの神官少女だ。知り合いみたいだし、話しかけもするか。


「……アンジェには関係ないです」


 アンジェって名前なのか。天使に由来した、まさに神官という名前だな。


「あんちゃん、ペトラとはどういう仲?」


「えーと、その、ただの知り合いだよ。」


 一応一般人相手に、勇者だなんだと言うわけにもいくまい。


「ほんとにー?」


 目を細め、にやにやと笑いながらこちらの様子をうかがうアンジェ。心底楽しいことを見つけたかのようだ。


「本当にただの知り合いですから。ほら、行きますよお兄さん」


 いつの間にか品物を片付けたペトラが俺の袖をグイグイと引っ張る。


 アンジェの方を見ると、「ほー」とか「ふーん」とか「うんうん」とか言って、俺を見定めるように見つめてくる。と、彼女は一歩踏み出してペトラの肩を叩いた。


「がんばれ、応援するぞ」


 彼女としてはひそひそ声なんだろうが、元がの声が大きいのでよく聞こえる。一方のペトラはわなわなと震えだした。


「はぁー! 何言ってるんですかあなた。そんなわけ無いでしょうが!」


 拳を握りしめ、身を乗り出して抗議するペトラ。


「いいっていいって。隠さなくても大丈夫」


 私には全部お見通しだぞ、と言いたげにアンジェが笑った。多分何一つ見通せていない。


「いや本当に違うんですけど」


「大丈夫、お姉さんに任せなさい」


「二つしか違わないでしょうが!」


 お前の年頃で二つ違ったら大分違うだろうよ。


「あーもういいです。ほら、行きますよ。マッたく、勘違いも甚だしいです」


 ペトラに腕を引っ張られてその場を離れる。まだまだ怒りは収まらないのか、ものすごい力だ。


「おいおいどこまで行くんだ?」


「二度とあの女と会わないところまでです」


「いい子じゃないか。少々思い込みは激しいけど」


「だからですよ!」


 テコでも動かぬ強い意志。


「まあいいや。今日は課長から呼び出されてるんだ。さっさと行こう」


「ええー」


 パッと手を離すと眉間に皺をよせ、一歩後ずさるペトラ。すげぇ嫌そう。と、そのとき。


 グルウウアアアアァァ!


 街中に、すさまじい咆哮が轟いた。


「うわっなんだ!?」


「……デーモンっぽい鳴き声ですね」


「なんでそんなのが街で。どっちだ!?」


「んー、さっきアンジェがいた辺りでしょうね」


 なんかテンション低いな。


「行くぞ!」


「えぇ……」


 心底嫌そうな声を上げつつも俺に着いてくるペトラ。


 すぐに元の場所へ戻ると、先ほどの咆哮の主がいた。3階建ての家ほどの背丈を誇るデーモン――二足歩行で二本の角を生やした獣の姿をしている――が今まさに一人の人間に襲いかかろうとしていた。両手を広げて身を守ろうとしているが、それは何の役にも立たずに命を奪われてしまうだろう。全力で距離を詰めつつ魔法を発動。


「土塊よ!」


 デーモンからの攻撃は土の盾で防ぎ、襲われていた人を確保。


「お、あんちゃんかぁ、びっくりしたあ~」


 気の抜ける明るい声。アンジェだ。


「俺が引きつけてるから逃げろ!」


「……?」


 なんで首かしげるかねこの子は!


「あ、そういうことかぁ。兄ちゃん頑張って! いいとこみせられるよ」


 ちげーわ!


 なんて間抜けなやりとりをしつつも魔法の第二弾は準備完了、この前も活躍した電撃だ。


「くらえ!」


 耳をつんざく轟音、目も開けて居られないほどの光の明滅。


「ガアアアアアアアアア!」


 電撃を受けて体を痙攣させるデーモン。それだけで倒せるとは思っていないのでアンジェを逃がしつつ攻撃に備える。と、デーモンはその大きな腕を振るってきた。


「ぐあっ」


 丸太でぶん殴られたような衝撃だ。ガードしてなかったらやばかった。頭がクラクラする。


 体勢を立て直して相手を見ると、俺にとどめを刺そうと拳を振りかぶっている。


「そんなみえみえの大振りが――」


 拳が放たれる瞬間、思いっきり踏み込んで懐に入り込む。


「当たるかよ!」


 土を槍の形にして、みぞおちに叩きこむ。だめ押しで火球を放つ。


「ピギイイイイィィィィ!」


 ぞわぞわと、胸の奥が直接揺さぶられるような悲鳴だ。全身を燃え上がらせたデーモンは狂ったように暴れ出し、木も建物もお構いなしにぶっ壊している。その様子はさながら地獄。後一押しだな。


「追撃を……あれ、何やってんだアイツ」


 視界の端に映ったペトラの姿。隣にあった大岩をガシっと掴むと自慢の怪力で持ち上げた。


「ワタシの商売の邪魔を――」


 大きく岩を振りかぶり、


「するなです!」


 こっちにぶん投げた。信じられない勢いで飛んできた岩はデーモンに直撃し肉体がはじけ飛んだ。あ、跳ね返ってこっちき――――

次回は3月24日までの更新を目指していたのですが、無理でした……。

ということで3月31日更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ