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勇者様の補佐官さん

 うち捨てられた建物の窓から、こっそりと顔を出した。


「お兄さん、どうです? どうなってます!?」


 その声に、すぐに顔を引っ込めた。


「声を出すな」


 前に出てこようとするペトラを手で制し、


「下がってろ」


 シッシッと手を振った。


「えー、一人で大丈夫ですかぁ?」


 何で俺がお前に心配されてんだよ……ん?


「ちょ、お前なんでここに!?」


 振り返るとペトラの姿。


「なんでって、お兄さんが心配だからじゃないですか」


「俺はお前の方が心配だよ……」


 コイツ、実は結構いいところのお嬢さんで、自分に危害が加えられるなんてことをが頭にないのかもしれないな……。


「どうしましたお兄さん、黙っちゃって」


「いいかペトラ」


 彼女をじっと見つめる。


「絶対俺から離れるなよ」


「心配性ですねぇ」


「いいから! さっさと助けるからじっとしてろよ」


 ペトラは眉間に皺を寄せて不満そうだが、無視して移動を始める。


 流石に正々堂々、正面から打ち倒す、というのは考えていない。不意打ちで倒して衛兵に引き渡してしまおう。


 再び物陰から広場の様子をうかがった。広場の中心に、天をつくような大男が立っていた。その前に、ぷるぷると震える少年が座っている。


「ジャック、アレがガストンか?」


「そうだよ。ああくそトニー、今助けるからな」


 と、辺りに大声が響いた。


「いいか! お前の兄貴はお前のことを見捨てた。俺はお前のことを哀れに思う。しかし情けをかけたりはしない。何でか分かるか?」


 トニーは力なく首を横に振った。


「あの戦争の時、俺は必死に戦った。国の仲間を守るために。だってのに、帰ってきたらどうだ。勇者、勇者、勇者。命がけで戦った俺たちのことなんてまるで覚えちゃいねぇ」


 まあ確かに。


「結局のところ、強くなければいけねぇ。弱ければ舐められ、ボロクズにされる。今の俺とお前みたいにな」


 ガストンの手下達はガストンの後ろでご立派な演説を聞くことに集中している。おかげで俺は動きやすい。


 たいした苦労もなくガストンを狙える位置に移動することができた。


 さて、この演説を静かに聴いている訳にもいかない。俺は電撃魔法を唱え始めた。一発で動けなくするために、最大の威力でだ。


「いいか、お前達は金を持ってこれなかった。こんな模造刀には何の意味もねぇ。お前達がしなければいけなかったのは、これを金に換えて俺たちのところまで持ってくることだ。分かるだろ? 最後までやり終えて、ようやく意味があるんだ。中途半端はいけねぇ。そして俺は中途半端なことはしねぇ!」


 ガストンが殺気を込めて拳を大きく振りかぶった。まだ詠唱は完成していない。


「ああクソッ」


 俺は詠唱途中の魔法を放つ。雷光が走り、ガストンを襲う。


「がああああっ」


 魔法を食らったガストンは、体をビクンと振るわせ大声をあげ、動かなくなった。


「トニー! 今助けるぞ」


 ジャックが走った。


「まだだめですよ!」


「待て!」


 俺とペトラが声を上げた。ジャックの首根っこを掴んで止める。


「よく見ろ」


 ガストンの太い指がピクッと動いた。


「あああああしゃらくせええええ!」


 ガストンの咆哮が辺りに響いた。ガストンの手下達も恐れおののいている。


「お前ら逃げるぞ!」


 二人脇に抱えると、大急ぎで建物の二階から飛び降りる。と同時にガストンが建物を突き破って現れた。


「さっきのはお前かぁ!」


 ガストンが腕を大きく振りかぶった。


「口閉じてろよ!」


 手に掴んだ二人を投げ飛ばし、俺は両手を交差してガード。強い衝撃が俺を襲い、近くの民家に叩きつけられた。


「どこのどいつだ、てめぇ。衛兵じゃあ、ねぇみたいだな」


 ニタニタと、弱者をいたぶるように笑うガストン。


「俺にもわっかんねぇんだなぁ! 大地よ!」


 横っ飛びで逃げながら、おなじみの土魔法を発動させて拘束しようとする。


「しゃらくせぇってんだよ!」


 ガストンが身震いすると激しい風が吹き荒れ、土の拘束を吹き飛ばした。


「でかいだけかと思ったら魔法も使えるのかよ!」


 あの巨体だけでも脅威だってのに。


「もう終わりかぁ?」


 ジリジリとにじり寄ってくるガストン。併せて後退する俺。ドンッと背中がぶつかった。壁だ。


「あーあの、ほら、最近ヘイワシュギとか言うのが流行ってるだろ? 話し合いで解決しようぜ」


「フンッ!」


 ガストンが拳を突き出すと、当たってもいないのに顔のすぐ横の壁に穴が開いた。


「おっさん!」


 ジャックが言いながら魔法をガストンめがけて放った。ガストンはそれを振り返りもせずに腕を振るってかき消し、ジャックは吹き飛ばされた。


「ジャック!」


「おいおい、人の心配をしてる場合かぁ?」


 ガストンが距離を詰めてくる。


「わ、わかった。俺って今、仕事を探してるんだよ。あんたの手下になるからさ、な?」


 なんて言いつつ辺りを探ると、視界にペトラの姿が映った。


「お兄さん! これを使ってください!」


 ペトラが布袋を俺に向かって投げた。


「させねぇ!」


 ガストンが布袋をたたき落とすと、


「な、なんだ!?」


 辺りに白い煙が立ちこめる。


「ありがたい!」


 俺はガストンの懐に飛び込んだ。


「天上におわす我らの神よ! 天よりその怒りを示し給え!」


 先ほどの電撃魔法を完成させ、ガストン向かって放った。


 雷光が明滅し、耳をつんざく轟音と供に衝撃が俺を襲う。真っ白になった視界が元にもどり、ゆっくりと体を起こし、目を開けた。


「クソッだめか」


 ガストンからはプスプスと煙が上がっているが、微動だにしていない。


 雷魔法第二弾を唱えようとして――やめた。


「ぐむぅ……」


 ガストンはうめき声を上げ、ゆっくりと後ろへ倒れていった。


「はぁ……なんとかなったか」


 ふらふらしながらなんとか立ち上がり、ガストンを見下ろす。白目をむいて気絶している。


 俺は汗をぬぐう。嫌な汗をびっしょりかいていた。


「お兄さん、やりましたね!」


 いつの間にか隣にペトラがいた。


「な、なんとかな」


 本当になんとか勝てたという感じだ。


「いやいやお見事でした。ささ、これで汗を拭いてください」


 ふわふわした、いかにも高そうな布きれを差し出してきた。手を伸ばして、はたと動きを止めた。


「どうしました?」


「……これ使って汚したら買い取れとか、そういうことじゃないよな……」


「チッ」


 舌打ち、オイ舌打ち!


 コイツの相手はもういい。肝心のドロボウ兄弟は…………いた。


 二人に近寄ると、トニーをかばうようにその兄が前に立ちはだかった。


「俺は衛兵じゃない。突き出したりしねぇよ」


 そう言ってジャックに治癒魔法をかけてやる。


「これは……?」


「治癒魔法だ。全部すぐに元通りってわけじゃないからしばらくはおとなしくしとけよ」


 そう言ってジャックの背中を叩いた。さあ次だ。今度はトニーを見る。


「お、おれはなんともないぞ!」


 見る限り何もなさそうだ。


「よし、あとはガストンを衛兵につきだして終わりだ」


 俺も体中が痛い。さっさとずらかろう。


「キャー! タスケテー!」


 その悲鳴に振り返る。ペトラが土塊でできた人型――ゴーレムにとらえられていた。少し離れたところでガストンが地面に倒れながらも魔法を行使していた。息も絶え絶えだ。


 ちゃんと拘束しておくんだった。そう思っても後の祭りだが。




 * * *




「油断したな。コイツを――」


「タスケテーコワイデスー」


「返してほしくば――」


「ヤメテーランボウシナイデー」


「杖を置くんだな――」


「イヤー! ナンカコノゴーレムクサイデス!」


「…………ちょっと黙ってろ!」


 大体何を言いたいのかはわかるが……うるせぇな、ペトラ。ガストンの声が全然聞こえない。


「助けてください! きっと美しいワタシに酷いことをするつもりですよ! 魔大陸みたいに! 魔大陸みたいに!」


 大変な状況なんだが、いまいちペトラから緊張感を感じない。と思いつつも助けるためにコッソリ魔法を唱える。背後で植物を操りツタを伸ばしていく。


「通じねぇよ!」


 ゴーレムがツタを思いっきり踏みつぶした。ああ見えてなかなかの魔法の使い手だ。流石にばれるか。


 どうやって彼女を助けるか。こうして考えている間にもペトラは恐怖に震えている。


「あーもう本当に臭いですねこのゴーレム! 猫のウンコとか巻き込んで作ってないですか? それともあなたの魔力? あ、魔力が臭いんですねそうですね。寄らないでください! 服に臭いが移ってしまうでしょう。うわくさっ! オボェェェェェ」


 怖がってるんだよな? 煽ってるんじゃないよな?


「うるせぇ黙ってろ、チンチクリンの――」


「は、はああああ!? 誰がチンチクリンですか!!」


 喰い気味に大声を上げた。実際チンチクリンだろ。


「トニーの奴が『美人の露天商がいる』なんて言ってたからちぃとばかり期待したが……俺がバカだったよ」


「美人でしょうが! この通り!」


 ゴーレム腕に抱えられたまま胸を張った。どこからその自信が出てくるんだお前。


「ハッ」


 ガストンがヤレヤレ、と心底バカにしたように首を振った。


「トニー、ああいう子はやめとけよ。将来苦労するぞ」


 ジャックが諭すように弟――トニーに言った。


「兄ちゃん……その、うん……」


 トニーが気まずそうな表情を見せた。お前はせめて味方してやれよ……。口をポカンと開けたま固まるペトラ。


 なんかさすがに可哀想になってきたな……


「ぐぐぐ……さっきから好き勝手に可憐な乙女に向かって……」


 青筋を立て顔をゆがませるペトラ。さっさと助けてやろう。ペトラの方に向き直り、魔法を発動させようとすることが――できなかった。


 ゴーレムの腕――正確にはペトラがまばゆく光り出した。


 ペトラを捕らえるゴーレムの手のひらがゆっくりと開いた。いや、ペトラが両手で押し広げている。軽い身のこなしで地面に着地。パンパンと服を叩いてホコリを落とす。いつの間にか甲冑らしきものを身につけている


「な、何してる! 捕まえろ!」


 ガストンが声を荒らげる。


 ゴーレムはペトラを捕らえようと手をのばす。ペトラはそれを虫でも払うかのように片手ではじき飛ばした。


「なんだと!」


 ペトラは懐に入り込むと、ゴーレムの体を掴んだ。それはもう指が思いっきりゴーレムの体に食い込むぐらいがっしりと。両足に力を入れて踏ん張り……ゴーレムが、全身が岩でできているゴーレムが浮いた。


「だああああああああああぁぁぁぁぁぁれええええぇぇぇがあああああぁぁぁぁぁぁ!」


 ペトラがゴーレムを大きく振りかぶる。


「チンチクリンのおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 左足を大きく踏み込む。石畳がその重みに耐えきれずに割れ、足がめり込んだ。


「ブスですかああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ……ブスとは言ってない。


 宙を舞うゴーレムが頭上を通り、ガストンの前に落下。衝撃でゴーレムは四散しガストンが吹き飛ばされた。


 無言のペトラが頭を押さえているガストンの元へズンズンと歩いて行く


 ペトラを見て唖然とした顔を浮かべたガストンだが、


「こ、このガキ!」


 ガストン渾身の拳。だったのだが、ペトラは何でも無いことのように片手でいなした。


「バ……バカな!」


「バカはそっちです!」


 ペトラは大きく右手を振りかぶり……ビンタ!


「ぐべぶぉ!」


 首が吹っ飛んだんじゃないかと思うほどの勢いでガストンの首が回り、その場にストンと座り込んだ。


 ペトラは腕を組み、ガストンを見下ろ……そうとしてるが、いかんせんガストンがでかくて座っていても頭はペトラと同じ位置だ。と思ったら体をのけぞらせて強引に見下ろした。


「いいですか、そもそも人の物を盗むなど言語道断。さらにそれを自らの手を汚さずに子分にやらせようとするなんて、なんたる卑劣!」


 ペトラは大きな声で話し出した。ガストン、気絶してるんじゃ……。


「だいたい、そんなに魔法が使えるのならお仕事だって見つけられるのでは? それが弱い物イジメとは恥を知りなさい!」


 うーん、なんとも正論ではあるが……。


「いいですか、そもそも人の物を盗むなど言語道断。さらにそれを自らの手を汚さずに子分、それも子供にやらせようとするなんて、なんたる卑劣!」


 あたりに響き渡る大声。


 ちなみにさっきから周りを警戒しているのだが、ガストンの子分達は姿を見せない。恐怖だけでしばられていた関係は脆い、ということか。


「その上ワタシのような妖艶な。よ、う、え、ん、な、女性に対してブスだのチンチクリンだのと…………なんたる口の利き方。少しは女性について勉強するべきです」


 チンチクリンがよういうな。


 しかし、さすがに貧民街のど真ん中で大演説会をずっと開いている訳にもいかない。このまま放っておく、というのもここまで大事になっていると難しい。……とりあえず衛兵を呼んで来るか。来てくれるかは分からないが。


「やぁやぁ君たち。ずいぶん面白いことになっているじゃないか」


 突如、この場にはどうにも似つかわしくない、親しげで、穏やかな声がかけられた。


 振り向くと、先ほど裏路地で出くわした男装の麗人が、穏やかな表情を浮かべて立っていた。なお、ペトラは気づくこともなくお説教中である。


「先ほどの……」


 そう言うと、後ろからさらにもう一人。


「ハインツ、腕が落ちたな」


 俺よりも頭半分背が高く、力強さを感じさせる体躯。そして街ゆく女性が振り返るであろう精悍な顔つきの男がいた。……俺の後見人である、勇者アルフレッドである。


「……やっぱりいたのですね、アルフレッド殿」


「その殿ってのはよしてくれよ。お前に言われると胸の奥がぞわぞわする」


 見ていて気持ちのいい笑顔でアルフレッドは言った。しかし、やっぱり居たか。さっきガキども相手にしたときに、気配を感じたんだよな。まあだからこそ俺もガストンと戦えたわけだ。


「ええと、それでどうしてここに?」


「それは私から説明しよう」


 隣に立っていた謎の男装美人が口を開いた。


「まずは自己紹介を。私はローラ・ミレーヌ・ド・ヴァイエ。彼女、ペトラの上司、ということになるな。今日は君とペトラを引き合わせる予定だったんだ」


「俺とあの子を?」


「そう、アルフレッド殿の推薦でね」


 チラリとアルフレッドを見る男装の麗人改めヴァイエ氏。つられて俺も視線をやる。


「仕事を探していたろ? お前にぴったりだと思ってな」


 俺、いいことしてるだろ? といった風だ。


「な、なんで俺が勇者の相棒に?」


「得意じゃないか、こういうの」


 だから覚えて無いっての。


「ま、それは今はどうでもいいでしょう、アルフレッド殿。それより今は――」


 ツカツカとペトラのところまで近づき、絶賛お説教中のペトラの肩を後ろから掴んで、こちらに向ける。


「ペトラのことを話し合わないと」


 ペトラは突然肩を掴まれたことに目を白黒させていた。右見て左見て上を見て、


「ローラ!? どうしてここに!? アルフレッドもいるじゃないですか!」


 それまでの怒りは何処へ行ったのやら、目をまん丸にして驚いている。


「いやいや、二人のことが気になってね」


 ヴァイエ氏が手を離すと、勇者ペトラは素早い動きで三歩ほど距離を取った。何故だか警戒しているように見える。


「ローラが来てくれたら安心ですね。それではワタシは用事があるのでこれで失礼します」


 やけに急いで荷物をまとめ始めた。


「ペトラ、最近はあまり話す機会もなかったんだ。ゆっくり話そうじゃないか。事務所でゆっくり紅茶でも飲もう。そうだ、スコーンもだそう。好きだろう?」


「お誘いはうれしいですが、ローラはもう立場ある人ですからワタシになんて構ってないでお仕事を頑張ってください。それではこれで」


「そう、私も立場ある人間だ。いろいろと気を回さないといけないことも多くなった。特に……


 語気を突如強めるヴァイエ氏。


「陛下から与えられた聖剣を盗まれるような勇者に対してはね」


 口調は穏やかだが、一段と低くなった声からすさまじい迫力を感じる。怒っている。端正な顔の美人が怒っている。怖い。


「あ、あの……ローラ……」


「ペトラ、ダメじゃないか。大切なモノはしっかりと身につけておかないと」


「は、はいです」


 ヴァイエ氏がそう言うと、ペトラはピシッと『気をつけ』の姿勢をとる。額からタラリと汗が垂れたのが見えた。


「いいかいペトラ。その聖剣はあくまで国王陛下から貸し与えられた物だというのは何度も言っただろう。そして私はペトラの後見人。ただでさえ毎回毎回ペトラが騒動を起こすたびに上司から小言を言われるのは私なんだ……わかっているね」


「はいです」


「分かってる。そう言ったか? じゃあ今回聖剣を盗られてしまったのはどういう分けなのかな?」


「あの、それは、その……それは」


「フフッ、それじゃあ行こうかペトラ。おっと、ハインツ殿。すまないが今日のところはコレで終わりだ。明日、役所の方まで来てもらえるかな。受付で私の名前を出してくれればいい。それじゃあこれで」


 ペトラを小脇に抱えたヴァイエ氏がきびすを返す。


「ロ、ローラ……尻たたきは、尻たたきだけは何卒……」


 ペトラが声を震わせ、手を組み祈るように言った。ヴァイエ氏は微笑みを浮かべ、何も答えない。


 俺はただ、顔を青くしぷるぷると震えながら運ばれる勇者ペトラを見送るしかできなかった。




* * *




 翌日、俺はヴァイエ氏の執務室を訪れていた。取り次ぎ係に呼び出しもらうとしばらく待たされてから許可がでて、緊張しつつ部屋に入った。


 扉を開けると、頬杖をつき、物憂げに書類を読んでいるヴァイエ氏の姿。少しして顔を上げ、俺に向かって作ったように微笑んだ。


 隣にはペトラがお行儀良く座っていた。俺が入ってきたことに気づくと、ゆっくりと立ち上がった。そして尻を自分の尻を軽くなでた。……叩かれたのか、尻。


「よく来ましたね、お兄さん。いや、補佐官さん」


 両手を腰に手を当てて言った。


「ん? 補佐官だって?」


 ヴァイエ氏を見る。


「ペトラ、こういう辞令は私から出さないと格好がつかないじゃないか。……ゴホン、ハインツ殿、キミには勇者ペトラの補佐官をしてもらう」


「お……私がですか」


「ああ、アルフレッド殿からの強い推薦でね。ちょうどペトラの補佐官を探していたところだったんだ」


 目を細めて俺を見つめるヴァイエ氏。蛇に見つめられたネズミの気分だな、何故か。


「ま、そういうことです。よろしくお願いしますね、補佐官さん」


 ニカッと笑顔を浮かべるペトラ。俺に拒否権など当然無いのだろう。


「あ、それと」


 そう言ってペトラがポケットからゴソゴソと一枚の紙を取り出して渡してきた。


「これ、お願いしますね」


「何々……下記商品の代金を請求します……なんだこれ!?」


「なんだって、昨日使ったじゃないですか」


「お前からは何も買ってないだろ」


「えー、使ったじゃないですか。ほら、追い詰められた補佐官さんを助けるために投げた小麦粉」


「あ……」


 たしかに、そんなこともあった。というかあれ小麦粉だったのか。


「それじゃあお給金から天引きさせていただきますので、これからお仕事もよろしくお願いしますね、補佐官さん」


 なんて、彼女は悪戯っぽく笑ったのであった。

次回の更新は2月中を目指しています。

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