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悪い予感は当たるもの

 店がある細い道を抜け、大通りの人混みを無理矢理突っ切り裏路地の細い道を通る。


 この辺りは入り組んでいる上に左右を囲む建物も高く、あたりは薄暗い。


「なんもなければいいんだけどなぁ」


 なんてことを思っていたのがいけなかった。一つ道を間違えたようだ。反転して元来た道に戻る。と、道の角から人影が飛び出してきた。俺は足を踏ん張って減速。横へ跳んで避けた。思いっきり背中を壁に打ち付けつつも、影の主に謝った。


「すまない!」


「ああいや、こちらこそすまないね」


 人影の正体は、綺麗な濃い緑の長い髪をした女性だった。少し驚いていたが、すぐに優しげな表情をみせた。うーん、凜々しい女性だ。


 俺は再び歩き出そうと思ったが、女性の方を振り返った。


 柔らかな物腰からは品位があふれ、身につけている衣服を見れば、すぐにいいところの出だと分かる。男装しているのは気になるところだが、こういうところを歩き慣れていなさそうな彼女をこの物騒な裏路地に残していくのも気が引けた。


「……あーなんだ、その、ここはあまりガラがよくない」


「ん、ああ。そのようだね」


 半歩距離を取られた。警戒されてるなぁ。


「せめて明るい通りに出るまで送ろう」


 それを聞いた女性はキョトンとした表情を見せた。まあ、いきなり何をいっているんだ、という感じだろう。


 クソッ、下手くそなナンパみたいになってしまった。しかし、治安が悪い場所で女性を一人歩かせるのは危ない。……彼女にとって危ない人間筆頭は俺かもしれないが。


 彼女はしばしあごに手を当て、目線を左上にやった。少しだけ間があってから彼女は口を開いた。


「うん、そうだね。確かにそうだ。一人で歩くのには危ない場所だ」


 納得したようにうんうんと頷いた。


「じゃあ、お言葉に甘えて裏路地を出るまで案内してもらえるかな」


 堂々と、ゆったりした佇まいを見ると、別にいらない気するな……。


「どっちに行くつもりだったんだ?」


「……中心街の方へ」


「なら好都合だ」


 そう言って俺は彼女を先導する。


 黙って歩くというのも気まずい。後ろを歩く彼女にチラリと見て、話題を振った。


「どうしてこんな裏路地を?」


「ん? あ、あー、近道かなと思ったのだけど、とんだ遠回りになってしまったよ」


 ヤレヤレ、と両手を広げる女性。迷子になったのは彼女だというのに、なぜだか俺があきれられているかのようだ。


「……このあたりは貧民街も近い。王都と言っても治安は良くないからさっさと離れよう」


「いやいや、ここで出会ったのが親切な人で良かったよ」


 屈託のない笑顔を浮かべてくる。


 などと話していると、路地を抜けた。ここまで来れば大丈夫だろう。さっさと分かれてしまおう。ナンパ男だとは思われたくない。


「それじゃ、俺はこの辺で」


「おや、これから茶屋にでも誘われるのかと思ったんだが」


「ナンパじゃないって……」


「そういう経験もしてみたいと思っていたのだがね」


 え、ほんとに? 誘っちゃうよ? 


「ハッハッハ、冗談だよ冗談」


「……」


「まあまあ、そんな目で見ないでくれよ。それじゃあまた」


 彼女はそう言って軽く手を振り、去って行った。歩き方も優雅だなぁ。


「さてと」


 先ほどの商人の少女のところへ行かないと。


 杞憂であればいいんだが……


 なんて考え込んでいると、前がなにやら騒がしい。顔を上げると、俺の横を二人男が駆け抜けていった。先ほど少女に言いがかりをつけていた少年達だ。振り返ると、先ほど俺が出てきた裏路地に入っていくところだった。


「まてー! ドロボー!」


 甲高い声が遠くから聞こえる。大きなリュックを背負った商人の少女が土埃を上げながら走ってきた。


「まちなさーい!」


 全力でこちらへ走ってくる少女と目が合った。急ブレーキで俺の目の前で止まる。


「お兄さん! 今、さっきの二人組が通りませんでしたか!?」


 ワタワタと手を振りながら、目をまん丸にして少女が言った。


「今その路地を入っていったぞ。なにがあった?」


「ドロボーですよドロボー! 聖剣! ……のレプリカを盗まれました!


「何! やっぱりか!」


 不安が当たってしまった。


「やっぱりって何ですか!」


「さっき道具屋で聖剣の売値を調べてたんだよ、あいつら。よし、行くぞ」


 俺は少女を脇に抱えた。


「え、ちょ、なにするんですか!?」


「しっかり掴まってろよ」


 俺は小脇に少女を抱えたまま、路地横の建物に向かって走り出す。


「風よ!」


 壁に向かって跳躍。魔法で作り出した風に後押しされて壁面を駆け上がる。バサバサと音を立てて洗濯物が吹き飛んでいるのは見ないことにする。


「いやあああああああぁぁぁぁ」


 小脇に抱えた少女が絶叫しているがしばし我慢してもらおう。


 屋根へと着地。手をひさしにして辺りを見渡して……いた。ずいぶんと遠くまで逃げている。逃げ足の速い奴らだ。


 少女を抱えたまま屋根の上を飛び移る。


「ちょ、降ろし、降ろしてください!」


 小脇に抱えた少女が吠えた。


「ああ悪い。この方が運びやすくてな」


「運ばないでください!」


 などと会話するが、少女は降ろさない。なぜなら――


「舌噛むなよ!」


 俺は少女を抱えたまま屋根から飛び降りた。


「うええええぇぇぇぇ!!」


 少女が叫んでいるが、今は泥棒を捕まえるのが先だ。


「命の源、清らかなる水よ、我を守りたまえ!」


 着地点に人間大の水球を発生させ、少女を胸に抱いて背中から着水。辺りに派手に水が飛び散った。


 水を滴らせながら起き上がる。前を見ると、俺の姿を見て驚く少年達がいた。


 俺はすかさず魔法で木の蔦を発生させ身動きをとれなくする。


「そこまでだ!」


「そこまでなのはあなたです……」


 その声の方を見ると、ずぶ濡れの少女が頭をうなだれて立っていた。


「いきなりレディの体に触れるわ、魔法で屋根に上るわ、あげくに飛び降りてこんなびしょびしょにするわ……」


「ああいや悪かったって」


 先ほどまでの快活な声とは打って変わって、ドスの聞いた声だ。


「何が悪かったですか! 私のリュックには、いろぉんな商品が入っているんですよ。濡れたり衝撃加えたりしたらだめになってしまうでしょうが! 売り物にならなくなってたら買い取ってもらいますからね!」


 すごい剣幕でググイと俺に顔を近づける。


「い、いやほら、聖剣のレプリカ、大事な物なんだろう? 急いで追いかけないと」


 ペトラはそれを聞いても俺をジトっとにらんだままだ。


 しばしの沈黙。と、目の端に、今まさに俺に向かって魔法を放とうとしている少年が映った。俺は少女に飛びついて覆い被さった。


「危ない!」


 地面に倒れ込んだ瞬間に小さな爆発が起こり、衝撃、次いで爆風が俺を襲う。


 追撃に備えてすぐさま立ち上がり、魔法で煙を散らす。反撃準備。


 煙が晴れると、少年達が全身にツタを巻き付けたまま走り去るのが見えた。


「煙幕だったか……大丈夫か?」


 庇っていた彼女の顔をのぞき込む。


「ぬ……」


「ぬ?」


「盗人は!!」


 バチッという音がして、俺の視界が真っ白になった。急に起き上がった彼女と頭が当たったからだ。


「あいだあああぁぁぁ!」


「痛ってぇ!」


 うずくまって額をおさえる。なんつー石頭。少女も額を押さえてごろごろと地面を転がっている。


「ううう、聖剣がああぁぁ」


 額をさすりさすりしながら嘆く彼女。


「うーん、こうなったら衛兵に頼るか……」


「ハイィ!?」


 そう叫んで飛び上がった。


「え、衛兵はダメです!」


 手をワタワタと振って必死に訴えかけてくる。


「……え、お前衛兵にばれたらまずいもんだったのアレ」


「ち、ちちち違いますよ!」


 怪しい。


「お、追いかけましょう。今ならまだ間に合うかも」


 そう言って俺の手を両手で祈るように掴んだ。


 うーん。実際、衛兵に任せてもどうにもならなさそうではある。


 少女の顔をよく見る。彼女は顔を真っ青にして額から冷や汗をながしている。小さな声で「怒られる……」だの「逃げるしかない」だの言っているのが聞こえた。


 このまま放っておくことはできないか。


「よし、それじゃあちょっとあいつらを待ち伏せしよう」


「あいつらがどこに行ったか分かるんですか?」


「多分……間違いないと思う」


「えー、多分ですかぁ?」


「手がかりが何もないよりはマシだろ」


「むぅーん。ま、確かにそれもそうですね。早速行きましょう」


 先ほどまでの狼狽えようはどこへ行ったのやら、パッと笑顔になった。


 二人であの少年達を待ち伏せすることは決まった。とりあえずいつまでも薄暗い裏路地にいると危ない。さっさとここを離れよう。


「あー……キミ、まずはこの路地を出よう」


 服に付いたほこりを叩いて落としつつ、少女に声をかけた。


「ちょこっとだけまってください」


 少女はそう言うと大きなカバンを背負い直す。小さな身体には不釣り合いな大きなカバンだ。彼女の身長の半分ほどの高さで、幅に至っては三倍近い。小さな体でよく持ち上げるな、と感心してしまう。


「……それ重いだろ。もってやろうか?」


 と、言って手を差し出す。流石にこんな大荷物を持っている子を連れ回すのもな。


 少女は俺の手をじっと見つめ、


「……や、です」


 手から逃げるように身をよじった。


「とったりなんてしないから貸してみろ」


 彼女からリュックを受け取ろうとするが、断固拒否の構えだ。一歩近づき、一歩下がる。また一歩近づくと一歩下がられた。


「ワタシの商売道具は自分で運びます! いくら善意からとはいえ渡せません!」


 どうやら彼女なりのコダワリがあるらしい。


「はぁ、分かったよ。ああそうだ、君の名前を教えてくれ」


 それを聞いた少女は、自分の体を抱きしめ、俺から一、二、三歩ほど離れた。


「だ、だめですよ! いくらワタシが美人だからって、懸想されては困ります」


 懸想ってお前、難しい言葉知ってるな……。


「誰がお前みたいなお子様を口説くんだよ」


「誰がお子様ですか! こんな立派なレディに向かって! マッたく、お兄さんはデリカシーに欠けるヒトですね!」


 目をつり上げて怒る少女。実際どこに出しても恥ずかしくないお子様だろうよ。


「これから一緒に行動するんだ、名前ぐらい知っておいた方がいいって話だ。俺はハインツだ」


「……仕方が無いですね。ワタシはペトラ。ペトラと言います。しっかり覚えてくださいね」


 腕を組んで大股で立つのはレディからかけ離れていると思うぞ。


「なんかさっきまでと違くない?」


「そりゃあ、お客様を相手にするときとは違いますよ……あ、羽根ペン買ってくれるならさっきみたいなお客様対応に戻しますですよ」


「現金なヤツだな。とにかく、ここはあまり治安も良くない。通りに出よう」


「さあ行きましょう。盗人どもをぶちのめしてやりますよ!


「物騒だね、君……」


 なんて言いながら歩き出す。ペトラも、テテテ……と音をつけたくなるような足取りで後を着いてきた。

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