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新米商人ペトラさん

 目を覚ますと、見知らぬ場所だった。起き上がろうとするのだが、どうにも身体が上手く動かない。頭もぼーっとしている。


 首をなんとか動かして当たりを見回す。装飾が少ないながら、しっかりとした作りの部屋だ。近くでなにやら書き物をしている女性がいるのを見つけて声をかける。すると、幽霊でも見たかのように声を上げて驚き、手に持っていた紙の束を落とした。彼女はそれを拾うことも無く、足をばたつかせて部屋から出て行ってしまった。


「あなたは3年も寝ていたのですよ」


 彼女が連れてきた、医者らしき人物がそう言ったのを、俺はぼんやりと聞いていた。


 なんでも何年も前に戦争が起こり、俺は大きな怪我をしてこの病院に入院していたのだという。


 ……正直、何も覚えていない。さらに悪いことに俺の出身だという国は戦争で滅亡、今は別の国の統治下に置かれているそうだ。俺が何者なのかという手がかりもない。やせた体に少し高めの身丈。黒に近い茶色の髪に、特ににらんでいる分けでもないのに鋭い目つき。鏡を前にしても、自分だという感じがしない。


 ではなぜそんな人間が3年も病院にいられたのかというと、どうやら怪我をする前に俺が助けた人物がずっと治療費を出してくれていたのだという。ずいぶんな金持ちを助けたみたいだ。昔の俺、よくやった。


 それから一年の間、俺は身体の回復に努めた。最初は起きあがるのにも一苦労で、一人で歩けるようになるまで一ヶ月ほどかかった。身体をある程度自由に動かせるようになってからは院内を散歩してみたり、同じように入院していた元兵士と組み手をしたり、魔法の練習をしたりした。


 自分のことが分からないなりに分かったことは、どうやら魔法はそれなりにつかえる、ということだ。同じく病院にいた、それなりに有名だというひげもじゃ魔法使いにも「なかなかの腕前だ」と褒められた。


 また、病院にいる間に読み書きを覚えた。なんと教師を付けてもらい、毎日必死になって勉強した。もともと日常使う分には不自由しないくらいだったが、お堅い仕事でもいけるかもしれない、と太鼓判を押された。


 身体も大分回復し戦線復帰も間近、という時だった。


 戦争は終わった。そう告げられた。退院の手はずを済ませたというのに。


 俺は国王軍へ入隊しようとしたが、すげなく断られてしまった。考えてみれば当然だ。戦争も終わったというのに、三年も病院で寝ていた人間を雇う余裕などありはしない。


 さて、そんなこんなで至れり尽くせりな生活をさせてくれている人物のことを紹介しておこう。勇者アルフレッド。大戦時に首都さえ陥落しようかというときに現れ、人類を勝利に導いた男だ。何故、どうやって俺がそんな英雄を助けたのかは分からない。本人に聞いても、いつも何故笑ってごまかされた。




* * *




 さて、そんな俺は今、城下町を歩いていた。くだんの男、アルフレッド氏に呼び出されてのことだ。


 普段寝泊まりしている、ほどよい料金の宿を出て少し歩くとこの街で一番大きい通りに出る。せわしなく人や馬車、田舎では滅多に見ることのない竜車までもが行き交っている。ここでぼーっと立っているとそのまま時代に取り残されてしまう気さえする。いや、実際に取り残されていたわけだが。


 城下町は活気に満ちあふれていて、つい最近までこの国が戦争をしていたことなんて忘れてしまいそうになる。終戦から幾ばくも経っていないというのに。この街には戦争の傷跡も見えない。


 特に俺は目覚めてからこの方、ずっと王都にいたため外の世界を知らない。つい最近のことだというのに、まるで童話の向こうの世界だ。


 アルフレッド氏との待ち合わせ場所はここから少し離れた場所だ。王城の外周を回って反対側に出てしばらく歩いて小川を渡ると、ある光景が目にとまった。


 若い男が二人……いや、少年二人が怒鳴り声を上げている。その反対には、まだまだ親に甘えていたいだろう年頃の少女が小さな椅子にちょこんとお行儀良く座っていた。少女はおびえるでもなくキッと力強くその二人をにらみ返している。


 彼女の前には布が敷かれていて、その上にいろいろな小物が並べられている。露天商なのだろう。一方の少年達は身なりが汚い。


「お……お前よぉ! だ、誰に許可とってここで店開いてんだ?」


 不慣れな様子で因縁をつける少年。


「ワタシはお役所と商人ギルドに許可をもらっていますけど!」


 露天商の少女は気丈に言い返す。


「ここは、そいつらより先にアイサツしなきゃいけない人が居るんだよ!」


「はぁー、どうせしょ~~~もないチンピラの縄張りだから金をよこせとかそういうことでしょう。ワタシはそんな脅しにはクッしませんよ!」


 少女は一歩も引くつもりはなさそうだ。……このまま見過ごすのも気分が悪いな。


「あ、あー」


 それとなく、こちらの存在を知らせる程度に声を出す。


 少年達が「なんだ?」と不機嫌そうな顔でこちらを見た。


「あー……お前ら、その辺にしとけ」


 ジロジロと俺を見る少年達。


「なんだオッサン。てめーには関係ねぇだろ」


 オッサンではない。


 ズカズカと大きい方の少年が近づいてきて、胸ぐらを掴もうとしてきた。反射的にその手を掴む。


「え、えーと。暴力は良くないな」


「は、はなせっ」


 少年が乱暴に腕を振り払い、俺をにらむ。


「チッ。いくぞトニー」


「分かったよ兄ちゃん」


 二人は舌打ちをしてその場を去って行った。兄弟か、あいつら。


「大丈夫だったか?」


 少女を見ると、ニコニコと笑顔を浮かべてこちらを見つめていた。


「いやー助かりました、お兄さん。毅然とした見事な態度!」


 全く怖がっていないようでなにより。ずいぶんと肝の据わった子だ。


「どうですお兄さん。お礼と言っては何ですがワタシの商品を見ていきませんか? お安くしておきますですよ」


 目をキラキラと輝かせながらそう言ってきた。礼と言いつつ普通に品物を売るつもりだなこの子。なんて商魂たくましい。


「悪いが待ち合わせをしてるんだ。また後でな」


 その場を去ろうとすると、ガシッと腕を捕まれた。俺の胸ほどの上背しかないというのにずいぶんな力だ。


「ちょっと待って! 昼の鐘が鳴るまでにはまだ時間がありますよ! 時間つぶしにワタシの商品を見ていってください」


「時間があるっても、もうそろそろだろ」


 捕まれた腕をやんわりほどこうとするが、全くはずれない。


「今日は一つも売れてないんですよー。見るだけでもいですからー!」


「わ、わかったわかった。見るだけな!」


 すると少女はパッと手を離して俺を見た。そしてごそごそと懐から一つの細長い木箱を取り出した。


 少女はスゥッと静かに息を吸うと、


「さぁさぁここにありまするは何の変哲も無い羽根ペン。しかぁし! 手にとってみれば、世に出回るペンとは違うことがすぐに分かりますですよ!このペン、なんと前の戦争時に国王軍をさんざん苦しめた死神鷲から取られた物なのです!」


 ペンをバッバッと振ってアピールしている。


 それが事実ならすごい品だが、悲しいことに俺にはそれを使う機会はなさそうだ。


 俺があまり興味を示さないと見ると、少女はスッ立ち上がって近づいてきた。


「ささ、まずは手にとって一度この書き心地を味わってください。きっと気に入りますですよ。まずは書き慣れた、自分の名前を書いてみるといいのです」


 少女はヌルッと滑るように隣に来ると、俺の手にペンを握らせ一枚の薄い紙を差し出した。押しが強い。


「それじゃあ少しだけ」


 とペンを握り、少女からサッと差し出されたインク壺につける。紙を見ると、下の方に線が引いてある。ここに書けということか。


 ……なんかいろいろ書いてあるな。


 ペンの購入に同意します。


 インク瓶の購入に同意します。


 インクの購入に同意します。


 羊皮紙の購入に同意します。


「お前、これ……」


 そう言うと、少女はピクッと身体を震わせ目を丸く見開いた。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 沈黙に継ぐ沈黙……お、口を開いた。


「ほ、他にもおすすめの品物がありますですよー」


 俺から紙とペンをさっと取り返すと、下手な口笛をピーピー吹き出した。ごまかせてないぞ……。少女の様子を見ていると、彼女は目を細めて俺のことを見つめてきた。足下から胴、顔、頭のてっぺんまでをしげしげと眺めてくる。俺もそれを見つめ返すと、彼女はハッとした顔をして笑顔を顔に貼り付けた。


「お客さん、こちらの小冊子なんていかがですか?」


 そう言って手元に置いてあった小冊子を渡してきた。盗難防止のひもがくくりつけられているのを見て感心してしまった。


「ん? えーとなになに……中級魔法の手引き」


 パラパラと中をめくって目を通す。中級で代表的な魔法のコツについて綴られているようだ。


「どうです? かの魔王を倒した勇者の一団の一人が書いた物ですよ!」


「よくそんなものが手に入ったな……」


 パラパラめくっているだけでも、深い知識を持った人間が書いたことが分かる。


「すごいでしょう。どうです、ここでしか買えないんですよ!」


 えっへんと鼻高々に胸を張った。ほんとかよ。


「うーん、いい本だけどなぁ……」


 いい本なのだが、俺にはあまり意味がなさそうだな。初級を使いこなしてさあ中級、という人間向けの内容だ。


「悪いけど、ちょっと俺が求める物とは違ったかな。それにしてもよく俺が魔法使いだとわかったな」


「商人のカンというやつです」


 腕を組み、ニヤリと自信ありげに笑った。


「それじゃあ見るだけ見て、聞くだけ聞いたからもう行くぞ」


 そう言って一歩踏み出そうとした瞬間、袖が引っ張られた。つまむような感じではなく、両手でがっしりと。


「まだおすすめはありますよ! 最後まで見ていかないのはもったいない!」


 そうは言っても特に欲しいものもないしそもそも金がない。などと思いながら敷物の上の商品を見やると、一つの布にくるまれた棒に目がとまった。


「お、お兄さん。いい物に目をつけましたね」


 めざとい少女が再び目を輝かせた。


「これは勇者パトリシアが使っていた聖剣……を忠実に再現したレプリカです!」


 なんて説明をしながら布を外していく。すると、細身の刀身を持ち、各所に精巧なレリーフが掘られたなんともご立派な剣が現れた。


「立派なもんだな」


「今お買い上げいただけたら、一ヶ月ほどでお渡しできますですよ」


「これを売ってるわけじゃないのか?」


「これは注文を取る時の見本です」


「ふーん」


 大して興味は無いが、一応剣を眺めてみる。レプリカという割りにはよくできている。……刃もついているように見えるな。観賞用ならいらないだろうに。ちなみに俺の腕はまだがっしりと掴まれたままだ。全然逃げられない。


「どうです、お家に飾れば風格が出ること間違いなし!」


 すまんな、そもそも家がないんだ……。流石にそろそろ行かないと待ち合わせに遅れてしまう。


「あー、悪いけどそろそろ待ち合わせの時間だ。もう行くよ」


「待って待って! まだとっておきがありますから!」


 グイグイと腕を引っ張られる。


「そう言われても、金がないんだよ。今は職探し中だしな」


 そういうと、ふっと袖を掴む手から力が抜けた。


 彼女の顔を見ると……うわ、なんかじと~~っとした目でこちらを見ている。


「はぁ~~~~……冷やかしならさっさと帰った帰った。遊びじゃないんですよこっちは」


 シッシッと俺を追い払う仕草をする。見てけって言ったのはお前だろ……。


「……今は金がなくてもそのうち金持ちになるかもしれないんだ。もうちょっとこう、あるんじゃないか」


「……そう言われても文無しには……いや、確かにそれもそうですね。お兄さん魔法が使えるみたいですからきっとお仕事もすぐ見つかるでしょう」


 すると彼女は手のひらで自分のほっぺたをムニムニとこねるようになでると、


「それじゃあお兄さん! またきてくださ~~い!」


 先ほどまでの笑顔を取り戻して元気に手を振った。


「それじゃ、金ができたらまた来るよ」


「期待しないでまってまーーす! 無職のお兄さーーん!」


 おいこらそれを大声で言うんじゃない。




* * *




 さて、俺は今ぶらぶらと、総菜屋が並ぶ通りを歩いていた。先ほど待ち合わせ場所に行ったものの、アルフレッド氏の姿はなかった。しばらく待っていると、アルフレッドの使いだという男から、一時ほど遅れると伝えられた。ヤツは忙しい男だからしょうがないな。


 何か時間をつぶせる物がないかと近くを見回す。人を待つ必要がなくなったからか、景色に目が行った。この辺りは中心街に比べて町並みが荒れているのが目に付いた。ガラの悪い連中もチラホラいる。王都もいろんなところがあるもんだ。


 なんてことを気にしつつ、道ばたの屋台へ向かう。アルフレッドとは食事をしながら話をする予定だったので、ちょうど腹が空いてくる頃だった。そんなときに香ばしい臭いがすれば欲望に負けてしまう。しょうがないのだ。


「はいよ、串焼き二本」


 イカツイ店主から串焼きを受け取り、熱々の肉をほおばり噛みしめる。ピリピリと舌が刺激を受けた。ただの屋台が胡椒を使っているとは。流石は王都だ、と一人うなづいた。


 ああそうだ。店主に金を渡すついでに話題を振ってみた。


「なあ店主、ちょっと前と比べてこの辺り、やけにすさんでないか」


「ん? ああ……まあ、いろいろあんだよ」


 店主は一瞬眉をしかめたもののすぐに元の表情に戻った。


「いろいろね。向こうの家の前にいるガラの悪い奴らとかか」


「おまえさん、あんまりジロジロ見ない方がいいぜ。ほとんどはたいしたことないが、ヤバイやつもいるからな」


「どんなやつがいるんだ?」


「…………」


 店主は俺の問いかけには答えず黙々と仕込みをしている。


 はいはい、わかりましたよ。


「串焼きをもう一本」


「今の時期は牛の肉を使ったヤツが食べ頃だよ」


「ああもうそれでいいよ」


「はい毎度あり。最近帰還兵のガストンってやつがやってきて貧民街を取り仕切るようになってから荒れに荒れてるのさ」


「衛兵は?」


「さぁね。戦争の後始末にでもかり出されてるんだろ。見て見ぬふりさ」


 くそう、高い金を払ってしまった。好奇心で首を突っ込むもんじゃないな。


 しかしこれであの少年達の正体も分かってきたな。まあ、分かったところでどうもしないのだが。


 俺は串焼きをさっさと食べて串を店主に返す。そういえばこの辺りに怪しい道具屋があったな。あそこで時間をつぶそう。


 道具屋は細まった路地の奥にひっそりと店を構えていて、いかにも怪しい感じがする。他に比べて値段が安いことで有名で、盗品を扱ってるともっぱらの噂だ。


 ほとんど日が差さず、外から見ると真っ暗な入口から中へ入ると、天井スレスレまで高さがある棚が辺りを埋め尽くしていた。棚には様々な魔法道具が乱雑に置かれている。


 俺は店主に一声かけ、店内を見て回る。


 気になる品物を見つけて手に取った。……先ほどの商人の少女だったら途端にどんないわく付きの品物かを声高らかに説明してくれるんだろうな。ここではそんなことは一切無いが、まあそれぞれの良さだな。


 なんてことを思っていたところ、店に新たに客がやってきた。棚の反対側にいるようで姿は分からない。


「じいさん! ちょっと聞きたいんだが、聖剣のレプリカって高値で買い取ってくるか?」


 息を切らしながら客は言った。


「ふぅむ、物にもよるのう。そうじゃな、勇者パトリシアが使ってる聖剣ならこれくらいだすぞ」


「――ほんとか!」


 そう言うやいなや、客は早足で去って行った。


 俺は棚の間から顔を覗かせる。


「店主、今のは?」


「ん? よくここにいろいろと売りに来るガキどもじゃよ」


「ふーん」


 今の声、会話の内容。先ほどの少年達と見て間違いないだろう。


 俺は店を出ると、先ほどの少女が居た場所へ早足で歩き出した。

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