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夏のホラー2018 応募作品群 和ホラー

見下ろす神輿 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 おお、もう夏の神輿の準備がされる時期になってきたか。お前はさあ、地元で神輿の担ぎ手を経験したことってあるか? 地域によって担ぎ方は色々あるらしいが、どんな担ぎ方をしているか、意識したことは?

 ――ほーん、あまり揺らさねえのか。なるほどなるほど。

 俺の地元だと、わっさわっさ揺らすタイプだな。あと道中でも、お店に向かって迫っていって寸止め。神様の祝福を授けるようなこともしていた。それだけじゃなく、神輿同士をぶつけ合うこともした。まるでカーチェイスの時に、相手のどてっぱらにぶち込むような感じでな。

 物を壊すっていうのは抵抗がある人も多いが、うちの地元じゃ毎年、神輿を壊すことで、新しく木を伐り出してくみ上げる。年ごとに新調することで、神気が「む」のを防ぐという意味合いがあったかな。

 神輿にはまだまだ重要な意味が眠っているのかも知れない。そんなことを考えさせられた思い出がある。用心のためにも聞いてみないか?


 俺は小さい頃に、何度か子供神輿を担がされたことがある。俺は周りと比べて背が低めでなあ、背伸びしてどうにか担ぎ棒に届くかどうかというところだった。巡行のルートは決まっていて、地域の色々なところをめぐるんだが、さっきも話したように、神輿を揺らして大騒ぎするところが、いくつかあるんだよ。俺はそのポイントが嫌いだった。

 だってよ、みんなが神輿を上下させるたび、勢いのついた担ぎ棒が、がつんがつん肩にぶつかるんだぜ。初めてやった時には痛くて痛くて……家帰ったら青あざになっていたくらいだぜ。周りの人も気の毒がるのは、祭りが終わった後だった。リアルタイムで心配なんざしてもらえなかったよ。

 後からいくら構ってもらったって、その時でなくては、もう遅いんだ。俺はそれがものすごく嫌いで、子供会だかで強制的に参加させられているうちは、ところどころの休憩地点に用意してあるお菓子だけを心の支えに、どうにか担ぎ手を続けていた。そして、中学生に上がる頃には、もう神輿なんぞに関わりたくないと、祭り当日を憂鬱な気持ちで過ごしていたよ。そんなある年の話だ。


 また祭りの時期がやってくる。俺の家は両親が担ぐことにご執心でな、それぞれ大人神輿と女神輿の方へ飛んで行っちまった。例年、徹底拒絶の姿勢を崩さない俺は、賽銭箱を持って巡ってくる子供たちのために、お賽銭を用意して家で待っていることだ。

 すでにご存じのことと思うが、神輿に関する決まりごとはいくつかある。有名なものとしては、「神輿を高いところから見下ろしてはいけない」というのが挙げられるだろう。神様に対し、あまりに失礼で不遜であるというのが、よく耳にする理由かな。

 俺は親にきつく言われて、家の一階に待機していた。俺の家の前は、ちょうど子供神輿の巡回ルートに入っている。だが、やってくるのは午後。まだ数時間の猶予がある。

 俺は賽銭を入れた封筒を玄関に置くと、居間のソファに横になった。何度も大あくびをしていた自分を覚えているよ。


「お賽銭、お願いしま〜す」という声が、外から聞こえてきて、俺ははっと目が覚めた。朝から聞こえてきていた祭囃子も、気持ち、音が大きく感じられた。

 俺は玄関まで歩いていき、封筒を手に入り口の引き戸を開ける。軒先にはちょうど、棒を渡して吊ってある賽銭箱を、両手で持っている子供たちが通り過ぎていこうとしているところだった。

 声をかけると、通り過ぎようとしていた二人が立ち止まる。もう久しく子供会とかからは離れていたせいもあって、どちらも顔を知らない子供たちだった。

 そして、とても小柄。小学校一年生の時の俺よりも、背丈が低い。中学校でぐんぐん背が伸びたこともあって、図らずも俺が見下ろしてしまうくらいだった。そんな俺が賽銭を入れた瞬間。

 彼らの背中の中ほどからにゅっと担ぎ棒がのぞいた。彼らの後ろで神輿が通っていると思ったんだが、あまりに小さい。そして担ぎ手たちもまた、賽銭に来ている彼らよりも背が低い者ばかり。ヘタをすると、俺の腰にすら及んでいなかったかもしれない。そんな彼らが担ぐ神輿が、しきりに上下に揺れながら俺の視界を横切っていく。

 信じがたい光景に思わず目をごしごしこする俺。すると、神殿をかたどった屋根が、一瞬だけ跳ね上がった。見間違いかと思ってしまうほどの、短い間。けれども、そこから握りこぶし大の何かが飛び出し、その胴体についた羽を激しくばたつかせているのが分かった。

 それがどんな姿なのか、俺が目を凝らそうとしたとたん、そいつはこちらへ向かってきて……消えちまった。

 気づくとあの神輿も担ぎ手も、賽銭箱を持っていた二人の姿も消えていた。


「お賽銭お願いしま〜す」


 さっきと同じセリフの違う声。賽銭箱を持った二人がやって来たが、今回は顔見知りだった。祭囃子も子供たちの掛け声も、どんどん大きくなってくる。ちらりと見えた神輿の姿は、少なくとも俺の背より高く、見下ろすなどとてもできない位置にあった。

 あれは見間違えだったのか。でも、俺の手には先ほどまで握っていた賽銭の入った袋は存在しなかったんだ。


 その日の晩。俺はこの奇妙な体験を、家に帰って来た両親に話すと、すぐに神社へ連れていかれた。

 神社ではすでに壊れた神輿のお焚き上げが始まっており、派手に壊れた木の部分は焚火の中へ。外れてしまった金具類に関しては、すでに決まった手順で神殿の中に納められているらしかった。

 俺が和尚さんに事情を説明すると、「また久しぶりに、出会う人がおったの」と、懐かしげにつぶやく。どうやら、何度か経験があるようだった。

 和尚さんに先導されるがままに、俺は神社から少し歩いたところにある、砂利を敷いた駐車場へ。その隅には、真新しい木材を切り出してくみ上げた小屋があった。

 中は人ひとりが横になるのが精いっぱいという狭さ。布団以外は、ペットボトルに入った水と乾パン。あとは小型のラジオが備え付けてあった。

 

「今日の真夜中、お前さんの元に彼らがやってくるでしょう。賽銭を入れてくれたお礼をしに、お神輿を担いで。夜の間は、そのラジオをつけっぱなしにしておきなさい。そこから漏れ出る音が乱れた時、彼らがそばに来ています。音が元に戻るまで、くれぐれも外に出ないこと。さもないと、『直接』彼らと接してしまいますから」


 今夜だけの辛抱ですよと、和尚さんは説明してくれたけど、俺はドキドキしっぱなしだった。怖いのもあったが、それ以上に怖いもの見たさには勝てなかったなあ。

 小屋に入った時点で、すでに時間は午後九時を回っていた。狭い小屋の中ではほとんどすることもなく、俺は言いつけ通りラジオをつけっぱなしにしていたんだ。

 やっていたのは英会話の番組。英語苦手な俺にとってはいい子守歌になってくれたよ。いつもよりだいぶ早いし昼寝もしたはずだっていうのに、うとうとまどろみ始めちまった。

 

 目が覚めたのは、ラジオの音が不意に大きくなったからだろう。

 風に巻かれた砂たちが、しきりにガラスを叩くような、耳障りな音。それに混じって聞こえるのは、昼間も聞いた祭囃子の音。

 どうしてラジオの中から……。俺が枕元に置いたラジオに手を伸ばそうとすると、どん、と大きな音を立てて、小屋全体が揺れた。飛び上がりそうになったけど、上げかけた頭はそのまま布団にへばりつけておかざるをえなくなったんだ。

 なぜかって? 寝ころんでいた自分の頭上に一本、担ぎ棒が差し込まれてきたんだぜ。今日の昼頃、軒先で見た神輿のものと同じ、黒塗りの木さ。そっと目で追うと、壁を突き抜けて中に入り込んできているのが見える。

 俺の感覚では数秒。担ぎ棒は動かずにじっとしていたが、やがてすっと奥に引っ込んだ。するとほどなく、別の方から音。突き抜ける担ぎ棒。

 立つことなど、考えられなかった。迷いなく四方から突き入れられる担ぎ棒。それは不意に「現れた」と形容できる速さだった。避けるなど、思いもよらない。

 あれをわき腹に受けて、うめいたり、えずいたりするだけならまだ幸運だ。ことによると、穴が開きかねない。この俺の身体に。そう感じさせる勢いに、俺は縮こまって震えるしかなかった。

 どうかこの寝転がっている身体に、突き刺さりませんようにと、祈りながら。

 担ぎ棒は一晩中、何度も何度も、小屋に新しい穴を作り続けていった。

 

 俺が小屋から出されたのは、まだ夜が明ける前。午前四時半ごろだったと思う。

 最後に担ぎ棒が突っ込まれて、どれほど時間が経ったか分からない。俺が布団を抱えて震えていると、小屋の戸が叩かれて和尚さんに声をかけられたんだ。

 改めて外から見る小屋は、やはりその四方の壁に、無数の穴が開けられていた。穴によって壊れ具合に大きな違いが見られ、あいつらが同じ穴に何度も棒を突っこんだことが、察せられた。

 和尚さんがいうには、人の神輿が店の軒先に突っ込むような動きをして祝福しようとするように、あの小さい神輿の担い手たちも、俺を祝福しようとしてくれたとのこと。ただ、遠慮がきかないから、つい壁を突き破ってしまうのだということだった。

 一度、突っこんだから大丈夫だと、和尚さんは太鼓判を押してくれたが、俺には疑問があった。それは小屋の準備も含めて、和尚さんがあまりにも手慣れていることだ。

 俺以外にどんな人が同じような体験をしたのか、尋ねてみたけれど和尚さんが口を開くことはなかった。

 俺と同じ体験をしたと思しき人は、今どこで何をしているのか。時々、不安に思うことがある。



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