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第九話

「それでは、会議を始めようか。」

『………………………………』


首相の言葉で、会議は開幕した。直後、中央のスクリーンに映像資料が投影される。


画面に大きく映る文字は、『東海地方奪還作戦概要』。どうやら発案者は官房長官のようで、その自負があってか、役人ではなく彼自ら作戦の概要説明を始めた。かつて防衛省で事務次官を、そしてその後防衛副大臣を努めたいた経歴を持つ彼は、自らの立てた作戦にすこぶる自信があったようで、流暢に説明を行なっていた。終始、「質問はありませんか?」と繰り返し、それが正希たちには非常に鼻につくものであった。


作戦の概要はいたってシンプルだ。まず特別防衛庁の隊員が結界外に出て奇襲攻撃。それを補助する形で後方に中距離離射撃部隊、さらに後ろに五属性の粒子を圧縮したミサイルを放つ遠距離射撃部隊を配置。そしてその後ろに特化班の一般兵、最後に六席が構えることで、現状領土を保持しつつ、かつ確実に作戦を成功へと導く。かつて、最高戦力を前面に出したがために失敗した反省を踏まえている。さらには獲得領土に即座に結界を張ることで、安全マージンを増やす。

再び、官房長官は「何か質問は?」と繰り返す。


しかし、その言葉に返す六席は誰一人としていなかった。無論、正希も例外ではなく、配布資料に目は通しているものの、無言を貫いていた。


「……………君達はどう思うのだ?特に第一席、君の意見を聞きたい」


参加者の、それも実際に実力行使を行う隊長達が無言では、この会議は意味をなさない。流石に見かねた首相が、正希へと発言を求めた。正希はデジタル資料から顔を上げると、徐に口を開いた。


「………………現状維持が、僕の基本的なスタンスです。基本的に、防衛以外の軍事行動には僕は反対です。しかし、『急進派』がいる以上、この作戦が完全中止になることは難しいでしょうね」

「………………そうだな。すまんな、綾本君。国民も、内閣も、『急進派』がマジョリティであることは間違いない。これは避けられない道なのだよ」


正希や首相が語った『急進派』、そして正希の基本理念の『現状維持派』は、現在国をニ分する軍事理念だ。

アンノーンに宣戦し、日本領土を奪還する意見の『急進派』。


現状支配域で留まり、防衛に専念する『現状維持派』

首相の言葉通り、国民の約六割は、かつての故郷を取り戻すことを願い、軍事行動を起こすことを求めている。しかし、実際にアンノーンとの戦闘を請け負う特化班と特別防衛庁だけの情勢は真逆である。『現状維持派』が大半を占め、『急進派』は圧倒的マイノリティだ。第六席までの高官達の中でも、『急進派』は橋代路一人である。


「…………と言うことは、特別防衛庁の上層部には、既に手は回してあるんですか?」

『…………っっ!!!!!!!』


今まで無言を貫いていた四人の目線が、正希へと集中する。皆各々、覚悟を決めたように顔を険しくさせる。次に続く首相の言葉で、この作戦の実行の可否が決まる。


____________特別防衛庁は、内閣からもほぼ独立した権限を持っている。あらゆる軍事作戦は、正希たち六席と首相が開く『六席会議』と、さらにその上層部の、特別防衛庁会幹部と首相が開く、『国家軍事保障会議』を通過して初めて実行に移される。六席会議においては、実行部隊と文官との軋轢をなくすために、六席と首相には平等に一票が与えられている。


つまり、現状維持派が大半を占める今の六席会議で、防衛を除く軍事行動が可決されることはない。だからこそ、二年間も防衛専守が実現し、特化班の隊員の死者数は一桁で済んでいるのだ。


だが、最終決定権は、『国家軍事保障会議』が持っている。国家軍事保障会議は、首相を含む十名で組織され、六席会議で否決されても、国家軍事保障会議で逆転するということは可能性としてはゼロではない。とはいえ、それが起こらなかったのは、国家軍事保障会議の組織メンバーの六名が現状維持派だったためだ。


しかし、官房長官が作戦を引っさげ、首相は六席会議を開いた。当然の成り行きとして、最終的に可決される見込みがあるから会議を開いたと考えられる。即ち、国家軍事保障会議の多数派が、入れ替わった可能性が浮上するというわけだ。


首相はバツが悪そうな顔をしながらも、しっかりとした口調で言った。


「……………約二名、説得に応じてくれたよ。まあ、採決当日には棄権するとのことだがな」

「「「…………………っっ!!!」」」


千歳と本子、そしてハルカの顔が一瞬にして青ざめる。鍋城は溜息をつき、腕を組んで俯いた。一方、正希は冷静に続けた。


「……………そうですか。仕方が有りませんね。分かりました。なら、僕は可決に回りましょう。政府としても、その方が顔が立つでしょう?」

『…………………………えっ?』


突然の正希の転向発言に、会議のメンバー全員が目を大きく開き、口をぽかんとあけ、驚きを露わにした。思わず千歳が正希に詰め寄り、「バンッ」と机を思いっきり叩いた。それに続くように、本子とハルカも正希へと近寄る。


「ちょっと正希!!どういうことよ!!!あなた正気!?」

「そうよ正くん!!!急にどうしちゃったの!?」

「綾本先輩、せめて反対の意を示すくらいのことはしないとっ!!!」


しかし、それを全く意に介さないように、表情を崩さずに正希は首相に向き直して続けた。


「……………ただ、条件が有ります。僕からの要求は一つ。もし、この作戦が満場一致で可決されたら、作戦の一部の改変をお願いしたい。具体的には敵陣に攻め込むのは、六席までの六人、その後ろを一、三部隊員が守備。防衛庁職員や、中長距離射撃部隊はそこを補助。さらに後方、第二部隊隊員は首都防衛。かつ東海地方を取り戻したら、即作戦は終了。これなら僕は、いえ、僕たちは賛同します」


「…………ちょっと!!勝手に話を進めないで!!!」

「そうです!!反対の意を示さなければ!!」

「正くんってば!!」


三人に体をゆらされながら、正希は突然に立ち上がった。


「「「……………っっ!!!!」」」


三人は思わず怯み、追求の手を一瞬止めた。次に正希が何をするのか、それに身構えるように、三人は無言で彼を見る。その一瞬の静寂を利用して、正希が口を開いた。


「どうせ可決されるなら、譲歩を引き出す方が利口だよ。このままここで否決しても、国家軍事保障会議で『この案』が可決される。それでいいの?」


冷静沈着な言葉であるが、その一語一語が重い。そして、その言葉は、現状維持派に思考を強制させ、草木官房長官の琴線に触れた。


「『この案』とはなんと失礼な言い方だ!!!この作戦に何か文句があるなら言え!!徹底的に潰してやる!!」


草木は激昂し、顔を真っ赤に染めていた。あからさまに歯ぎしりをし、怒りを露わにする。対し、正希は冷たい目線を彼へと向ける。


「決定権を持たない貴方は黙っておいてください。目障りです。……………貴方に話すことは有りません」

「んなにをぉ!!!!お前ぇぇぇ!!」


草木が机を蹴り上げる。しかし、床に固定されている机は動くことはなく、ダメージを受けるのは彼の足のみだ。足を抑えて痛みにもがく官房長官など気には止めず、正希は六席の一人一人に視線を向ける。


「この作戦は、『総合戦力』減少のリスクを最小限に抑える代わりに、数の概念は組み込まれていない。中止が無理なら、できるだけ取れる手段を取る。二年前の悲劇を二度と起こさせないために、僕らにできることを考えて欲しい」

『………………………………………』


皆一様に、思考する。急進派の橋代路までもが、『二年前の悲劇』という言葉に過敏に反応し、口を紡ぐ。首相は微笑すると、重い口を開いた。


「………………いいだろう。満場一致ならば、その条件を呑もう。では、採決に移ろうか」

『…………………………』


____________この日、六席会議創設以来初めて、軍事作戦が満場一致で可決された。


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