第八話
______________二千四十七年、五月十日。綾本正希を始めとする第一部隊から第三部隊までの正副隊長が、東京スカイツリーの特別防衛庁本部へと集められた。
普通ならば、最前線や各支部に駐在する彼らが、この場所に集められる理由は二つだ。
一つに緊急事態であること。五日前に正希たちが召集されたのもその理由だ。結界が破られたり、アンノーンの侵入を許したりした時など、的確かつ正確な情報を上層部で共有するために集められる。
二つ目は、なんらかの作戦会議が開く必要があること。統一的な目的や意思、詳細事項を共有する必要がある大規模な作戦実行の数日前には、必ずと言っていいほどに召集がかかる。過去の例は三つ。小笠原諸島と佐渡島、そして東海地方の奪還作戦の直前会議がこれにあたる。前者二つは無事成功。
しかし、後者の東海地方奪還作戦は、正希の前任の第一席と彼女の直轄部隊の約半数の命という、多大なる犠牲を払っただけに終わった。
故に、それから約二年の間、特別防衛庁及び特化班は、奪還作戦を実行どころか計画すらせずに、現状維持の専守防衛に専念しているのだ。これは政府の当面の方針でもある。
会議場に入り、正希は首相席の正面の席に座った。既に他の隊長格五名は着席していたので、後は首相の到着を待つのみだった。会議開始時間は午後五時半。時刻は五時十五分を回ったところだ。
ARツールのアグリメントに、資料が送信される。本来ならばそれに目を通すところであろうが、橋代路五席を除く五名全員は、資料に手をつけることもせずに、イラつきと不安が混じった表情で静寂の中を過ごしていた。その理由は、実に明々白々だ。重い空気の中、正希が口を開いた。
「………………緊急事態ではない。なら、今から始まる会議は、多分また…………」
そこまで言って、正希は言葉を飲み込んだ。かつてあれだけの犠牲を払った、その作戦が再び実行される。そう考えるだけでも、悪寒が走りそうである。悪夢だった記憶が蘇る。目にした光景を思い出し、悔しさのあまり唇を噛んだ。鮮やかな赫の雫が、首を滴っていく。見かねて、本子と千歳が声をかける。
「……………正くん。そんな顔しないで。まだそうと決まったわけじゃないでしょ?…………ね?」
「そ、そうよ。………………まだ決まったわけでは…………」
二人もかつての悪夢を思い出したのだろう。正希に首を傾げた本子も、きゅうっと重ねた手を胸に押し付けた千歳も、一粒の雫をこぼしていた。鍋城大造第四席は無言で腕を組んで俯き、益城ハルカ第三席は握り拳を震わせる正希をじっと見つめていた。対照的に、橋代路第五席は黙々と資料に目を通していた。再び室内に静寂がのしかかる。
__________数分後、官房長官と首相が入室するまで、会議室の音は消えた。
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