第七話
「……………………ぐじゅり」
「………………今、ぐじゅりって言った?」
「言ってない」
「言ったよね!?」
テーブルの上に並べられた料理の数々から、千歳はヨダレを堪えながらに視線を外していた。
「その…………さっきはごめん。デリカシーが無さすぎました………価値観は、人それぞれ………だよね」
「なにそれ、知らない。なんのことを言ってるの?分からない。もしかして誰かに謝ってるつもりなら、言葉の選択を間違ってるわよ。別に価値観とかじゃないし。まあ、私は女の子らしくないかもしれないけどねっ!!!」
「うっ…………」
ぐうの音も出ない。しかし、適正な言葉も見当たらなかった正希は、ただただ目の前の少女に首を垂らすしか術がなかった。
「ね、ねえ、ほら……機嫌直してよ?ね?人間料理だけが全てじゃないからさ………」
「女の子が料理を機械に頼ったらダメなんじゃないの?」
「うっ…………」
どうにかこうにか機嫌を取ろうとフォローを入れる少年であったが、あえなく撃沈。目の前の料理に視線を合わせない少女にいたたまれなくなった正希は、お手洗いを借りようと立ち上がった。
「ねえ、西条さん。ちょっとト……………」
『ぐぅ〜〜〜〜〜』
「………………………………………………」
________イレを貸してください。その言葉を遮るよ
うに彼が向き合う少女から聞こえた音は、年頃の少女の顔を真っ赤に染めるのには充分なものであった。
「鳴ってない」
「まだ僕何も言ってないよ!?」
「ううううっっっ!!!!」
気恥ずかしさで、千歳は今にも蒸発しそうになる。「穴があったら入りたい」とはまさにこのことだと痛感した少女は、未だに完全には鳴り止まないお腹を抱くように隠した。
「その………さっきはごめん。そのお詫びと、お墓参りのお礼も兼ねて………その………どうぞ」
「…………………………くぅっ!!なによこの屈辱!!………………でもまあ、確かにこのまま冷めちゃうのは!?………もったいないし………」
悔しそうに口を歪ませて料理を見る金髪少女に、正希は思わず微笑を漏らす。掌を下向きに少女に向けると、おきまりのセリフを口にする。
「どうぞ!召し上がれ」
「………………………いただきます」
そう言ってもなお、数秒間はじっと料理を見つめるだけの千歳であったが、箸を持つと、目を輝かせて焼き魚を摘んだ。
食卓には、味噌汁、卵焼き、ひじきの佃煮、それに先程千歳が摘んだ焼き鯖等といった具合に、日本の伝統料理の数々が並んでいた。今現在、日本の人々の食文化は完全に欧米風に成り代わってしまっている。街中でも日本料理店を見つけることは難しく、故にその大半が超がつくほどの高価な値がつく所が多い。
なので、いくら機嫌を損ねていた千歳であろうと、物珍しい日本料理を前にしては、手を出さざるを得ない訳だ。
「………確かに欧米食は高カロリー高タンパクで、生きるための食事という点では優れてるんだよね。だから、殆どの調理機には欧米食のプログラムしか組み込まれてないんだ。でもね、実はすこぶる日本人の体質には合っていないんだよ?」
「ふぇー、ほうなんら。ひらなはっは」
口をもごもごと動かしながら喋る千歳に、「不躾だよ」と注意したくなる衝動に駆られた正希であったが、気持ちいいほどな彼女の食べっぷりに、ついつい毒気を抜かれてしまった。代わりに小さく苦笑して、話を続ける。
「それにね、材料や調味料によって微妙に加熱時間が変わってくるんだ。味覚がないAIプログラムには、それを再現するのは難しいみたい」
「ふぇー」
千歳は話半分に聞きながら、料理に舌鼓を打っていた。ほんわりと広がる卵の甘み、ちょうどいい味噌汁の塩味、柔らかで暖かな白米。そのどれもが、彼女に多福感を与えていた。
「確かに機械に頼るのもいいけどさ……………たまにはこういうのも悪くないでしょ?まあ、手間がかかり過ぎるのが難なんだけどね」
そう言うと正希は箸を持ち、「いただきます」と小さく合掌すると、自らも食事を始めた。二人の間に、ゆっくりとした時間が流れていく。拗ねていたことなどとうに忘れ、千歳はむしゃむしゃと料理を頬張っていく。コックリと小さく音を立て飲み込むと、笑顔で口を開いた。
「すっごく美味しい。………それに、とっても温かい………」
「そっか。それは良かった」
「…………機械には、この暖かさは再現できないよね」
「まあ、それはそうだけど…………」
先程千歳に拗ねられただけに、正希は言葉を慎重に選んでいた。そんな事など露知らず、千歳はぽりぽりと頬を掻きながら、恥ずかしそうに小声で言った。
「………………私も、料理頑張ってみようかな……」
正希は小さく、しかし、にっこりと微笑んで頷いた。
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