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第六話

墓参りを終えた二人は、第一部隊の寮が建つ、渋谷区の住宅街に来ていた。特化班には、緊急時に出動ができるように、都心の一等地に完全譲渡制のマンションが一室与えられている。第一部隊は渋谷区に、第二部隊は新宿区に、第三部隊は板橋区に、それぞれタワーマンション状の寮を所有している。顔認証システムで、特化班以外の人員以外は敷地内に立ち入ることすら許されない。


「ねぇ、私の部屋でって誘ったんだから、私がもてなそうって思ってるんだけど…………なんでさっきスーパーに寄って、食材を買い込んだの?」


「愚問だね、西条さん。君の部屋に上がれば分かることさ。それと『誘った』って言い方は間違ってるよね。『来ないとあなたが一昨日の夜にコンビニで買おうとしてたエッチな本の題名を渡さんに教えるから』って言ってたよね。本当にやめてね。『正くんも男の子になっちゃったんだね』って寂しそうな顔をするモトの顔が眼に浮かぶから本当にやめてね」


「んー?なんのこと?…………てか、質問に答えてないわよね。まあ、いいけど………」


腑に落ちなかったのか、千歳は首を傾げながらに、カードキーをタッチさせ、自動ロックを解除する。玄関戸は、ウィーンと音を立て、右へとスライドしていった。


彼女の部屋は、タワーマンションの最上階の左から二番目、千八十二号室である。因みに、その隣の千八十一号室が正希の部屋である。


「さ、入って。………その、あんまり色々見ないでよね?」

「う………改めて言われると、ちょっと気になる……」


そう言うと、正希は靴を脱いて玄関を上がり、千歳の後に続くようにして部屋に入っていった。

白を基調とした彼女の部屋には、最新のパソコンと、ふかふかのソファー、そしてテーブルと少数の家具が配置されていた。とても整理が行き届いており、居心地も悪くは無い。しかし、正希には一つだけ気にくわない点があった。


「テレビは無いの??」

「え?だってほら、配布されたアグリメントで見れるじゃない。これ、AR機能ついてるし……」

「確かにそうだけど…………」


テレビは実物のスクリーンで見るもの。その概念が未だに抜けきれない正希は、何か言いたげに「むぅ」と言葉を飲み込んだ。


「それじゃ、座ってて。いまご飯出すから」

「むむむむ……………」


正希は、千歳の向かった台所へと視線を送った。彼女の部屋の台所は、最新鋭の機械が設置されていた。屋根から伸びるアーム状の形状から察するに、恐らくは全自動調理機械。彼女が料理を「作る」ではなく、「出す」といったことから、この推測は間違いないと確信した正希は、とある衝動に駆られていた。


____________正希が自らの発言を後悔した理由。それは、彼女の家の機械____もとい、彼女の技術への絶対的な信頼と、その信頼から来る、「機械にやってもらえるものはやってもらおう」という、その姿勢をまじまじと見せられることにある。


部屋の脇のゴミ箱の中には明らかにレトルトの残骸と思われる銀パックが、丁寧にも折りたたまれて捨てられている始末である。

それが視界に入ってしまった正希は、衝動を抑えきれずに立ち上がって、スタスタと千歳の元へと歩いて行った。


「え?ちょっと…………座ってていいのに………」

「…………………………っっっああああー!!!!!」


突然叫んだ正希を、千歳はキョトンとした表情で見つめた。

急に発狂して、もしかしたらここで彼に襲われてしまうのではないか………。そんな妄想が彼女の頭をよぎったが、正希はただ機械のスイッチをポチリと切っただけであった。


「……………ねえ、西条さん。料理はできる?」

「え?……………だって、機械がやってくれるから…………でも、自分が出来るか出来ないかって言われたら、出来ない………」

「むむむむむむ…………………」


千歳は、急にプルプルと震え出した正希に驚き、思わず一歩後ずさりした。


「うううう………………ねぇ!!!西条さん!!女の子がそれでいいの!!??ゴミ箱にはレトルトの残骸ばっかりだし!!料理は機械に頼るしで!!!」

「…………………う〜!!!!」


今度は千歳が震え出す。ピクピクと頬を引きつらせながら、ぐすんと鼻をすする音が聞こえる。


「料理くらいは、せめて料理くらいは技術に頼らずに…………料理くらいは…………ああっっ!!もう!!!僕が作るから、西条さんは座って!!!」


衝動に駆られ、ついつい放ってしまった言葉であったが、正希は口に出してわずかに一秒後、それを即座に後悔した。理由は明白。眼前の少女の瞳が潤い出していたからだ。


「正希の馬鹿ぁぁぁ!!!!」

号泣の千歳のビンタが飛ぶ。歴戦のカンから、その軌道まで予測できた正希であったが、その攻撃を敢えて目を閉じて食らった。


______________これを避ける権利はない。

そう正希は咄嗟に判断した。


「もういい!!勝手にすれば!!バカ!!正希のバカ!!技術を利用しないなんて馬鹿のすることだもん!!そんな事言うなら、竪穴住居に住んでれば!?ベーーーーーーーっだっっっ!!!!」


思いっきり舌を出し、ズカズカと音を立て、千歳はリビングへと戻っていく。ズドンと音を立ててソファーに座ると、彼女は何やらフリックを繰り返していた。

恐らくは、耳にはめているアグリメントのAR機能を使って、テレビを見出したのだろう。そう察した正希は、自分の不甲斐なさにため息をつきながら、レジ袋から食材を取り出し、調理を始めた。


「やっぱり、人の家には上がるものじゃないなぁ…」


常に戦場に身を置く者にとって、仲間との信頼や連携は実力の次に重要な生存条件となる。この微妙な距離感を埋めるため、彼女は久方ぶりに自らの部屋に自分招いたと分かってはいるものの、それを踏みにじってしまった自分のデリカシーの無さには、正希とて我ながらに不甲斐なく感じてしまう。


「西条さん。包丁とまな板、それに鍋も借りるね…」

「しらない。勝手にやれば」


冷気のように放たれた彼女の言葉が、正希の心を深く抉っていった。思わず「うっ」と声を漏らす。その様子をみた千歳はわざとらしく、「ふんっ」と大げさに顔を逸らした。気まずい雰囲気の中、正希は包丁を動かし出した。


「『お姉ちゃんと登る大人の階段』!!!」


突如として放たれた弾道ミサイルに、正希は「ぐふっ」と腹を打たれた。


✳︎


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