第五話
アンノーンから攻め入られて数年後、東京スカイツリーでは大規模な改修工事が行われた。特別防衛庁の本部を移植するにあたり、部屋とエレベーターの数を大幅に増築したのだ。
第六席までの隊員には、特にその移動を円滑にするために、専用のエレベーターが与えられている。正希の専用のエレベーターのナンバーは二。そのエレベーターの前に立ち、下降ボタンを押そうとした時、彼の背中にトントンと軽く突かれたような感覚が走った。
「ねぇ、正希。この後何処か行く予定ある?」
振り向きざまに目に入った少女は、にっこりと笑って「どうなのよ?」とばかりに小さく首を傾げていた。
「西条さん、どうしたの?どこに行こうと僕の勝手じゃん」
「むう、その言い方、ちょっとトゲがない?」
「だっていっつも付いて来るじゃん……」
ムスっと晴れ腐れたようにそう言った正希に、千歳は「いいじゃない」と再び微笑んだ。
ここ数年、東京スカイツリーでの会議があった後には、毎回のように、こうして千歳は正希に話しかけている。目的はいたってシンプルだ。正希をデートに誘うため。とりわけデートと言ったデートである必要は無いのだが、例えば晩御飯を一緒に食べたりだとか、そう言った約束を取り付ければそれでいい。
正希が誘いに首を縦に振るのは、今のところ三割程度といったところか。勿論、彼の時間を潰してしまっていることに多少の罪悪感を感じたりはするのだが、彼と少しでも同じ時間を過ごしたいが為に、こうして日々チャレンジを繰り返しているのだ。
「んで、どうなの?今日は時間ある?」
「うーん……………。今から墓参りに行こうとは思ってたんだけど……まあ、付いて来るだけならいいけど……」
「うん、了解。じゃ、付いて行くねっ」
今日の挑戦は無事成功といった具合だ。上機嫌に鼻歌を歌いながら、千歳は正希と同じエレベーターに乗り込んだ。間も無く、エレベーターは秒速二十メートルの速さで急降下して行く。ビルディングがひしめく東京の風景が、ガラス越しに二人の視界に映し出される。
「………………ねぇ、線香とか花とか……今日は私が買っていいかな?」
「え?うん………別にいいけど………ありがとう」
「ううん、私が無理言って付いて来るんだから、このくらいはしないとね………」
「……………………………」
二人の間に、僅かな静寂が流れる。
約三十秒後、エレベーターは動きを止め、リフトから降りた二人は渋谷へと向けて歩き出して行った。
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渋谷109から徒歩五分。ポツリと存在する約一メートル四方の敷地内に、正希の両親の墓は存在する。墓といってもその中に遺骨はない。二年前、貯金をはたいて土地を買い、墓跡を建てた正希であるが、両親の記憶は泡沫だ。
今から約十六年前、正希の両親は熊本にてアンノーンの手によって殺された。自衛隊員によって瓦礫の中から正希が見つけ出された際、両親は彼を守るかのごとく覆いかぶさって死んでいた。その後、自衛隊員は、あまりの死者の多さから、正希の両親の遺体を回収することなく本州へと撤退して行った。
そんな両親を思い、墓前にて手を合わせる。本来ならば自らの給料で買った線香と花を上げてやるべきところであろうが、彼女の厚意を無駄するわけにもいかないし、両親とてそれを否とはしないだろう。自分の隣で墓前に手を合わせる彼女にバレないように小さく微笑むと、正希は徐に立ち上がった。
「ありがとう、西条院さん。多分、両親も喜んでくれたと思うよ。まあ、骨はここに無いんだけどね」
「ううん、いいの。………え?いま『西条院さん』って言った?」
「言ってない」
ふふっと嬉しそうに頬を緩める少女に、正希は思わず顔を背けた。時たま見せる彼女のこうした仕草には、正希もドキリとさせられてしまう。
「それじゃ、第一部隊のの寮に帰ろうか。もうそろそろ暗くなるし……」
「え?この後ご飯に行くんじゃ無いの?」
「誰がそんな事を…………僕は家に帰りたい」
今日の彼女に感謝こそしているものの、正希の帰りたい願望はそれを上回る。兎に角家でゆっくりしたい。二週間連勤の彼の切なる願いだ。このまま帰ると主張する彼をムッと不満げにジト目を向ける千歳であったが、何かを思いついたのか、ポンッと手を叩いた。
「そうだ!なら、ご飯一緒に食べようよ!!私の部屋で!!」
「うげっ……」
________この言葉を聞いた刹那、正希は自らの発言を強く後悔した。
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