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四十八話


暴力的なエネルギーに触れた銅が、一瞬にして昇華する。眩い光沢を放つ矢は、アンノーンの右足を消し去ると、その勢いを落とす事なく地平の彼方へと消えていった。


「くっそ!!!また外したっ!!!」


ギリギリと歯を軋らせる白髪の少年は、今にもふっ飛びそうな意識をどうにか保ちながらに、自らの唇を強く噛んだ。あれほど冷静さを失わないようにと心に留めてはいたものの、渾身の一撃を外した自分が、心から憎かった。


死んでいった仲間達の、柴崎楓の、渡本子の雪辱を晴らす機会がまた遠のいた。手にしかけたチャンスを、自らの手で逃してしまった。少年を襲うのは、ブロンズの脅威でも、死の恐怖でもなく、圧倒的な自責の念であり、絶望でもあった。


「………………クソ!!!!!」


悔しさのあまり、強く握りしめたその手からは、鮮やかな鮮血がポタポタと滴り落ちている。


「__________んぐっ!?んっ!!!んんんっ!!ゲホッ!!ゲホッ!!」


胸の苦しさを覚えた瞬間、正希は咳き込み、そして吐血した。過剰生成の表れだ。体が「もう限界だ」と訴えているのだ。粒子の生成に耐え切れなくなった体は、正希の意思を否定する。


『ふふ……外しては……いないだろう?しっかりと的を射ているではないか。私とて、此処まで追い込まれたのは初めてだ。お前の攻撃は、どうやら存在ごとこの世から消しさるらしいな。四肢の再生が全く出来ない……実に素晴らしい!!』


正希の十数メートル先。超高等アンノーンは同じ高さの目線を白髪の少年へと向けていた。その言葉には一切の濁りはなく、彼を見下ろさないその態度は、心からの敬意を表していた。痛みに踠き、咳き込む正希に、超高等アンノーンは言い放った。


『________ただ、射た場所が真ん中では無かった!!まさに紙一重だ!!ほんの僅かなタイミングの違いで、私はこの世から消滅していた!!私は嬉しぞ!!壁の内に、これほどの生命体がいたとはな!!此処で殺すのが本当に惜しいほどだ!!』


決して謙遜でも、自らを卑下しているわけではない。超高等アンノーンの状態もまた、満身創痍であった。左腕を残し、その四肢が欠損しているのだ。右腕と左右の足は、正希の陽属性の矢により完全に消失させられてしまったのだ。三本の矢は、確実にアンノーンの四肢を撃ち抜いている。しかし、それはつまり、正希が万策尽きたことの証明でもあった。


『腕が一本あるならば、お前を殺すにはじゅう______』


「させないっ!!!」


アンノーンの左腕が鋭利に変形した瞬間、爆炎がその銅体に襲いかかった。言わずもがな、千歳の攻撃である。しかし、黒煙を上げるのみでアンノーンにダメージと呼べるものは与えていない。


「千歳……」


爆炎の主の名前を、正希は力なく呟いた。その目から既に戦意は消えており、まるで死を受けいれ始めたかのごとく、体に力が入っていない。


「こんの馬鹿正希!!その顔は何よ!!仇撃ちはどう____________ッッ!!ゲホッ!!!ゲホッ!!」


千歳の口から鮮やかな鮮血が噴き出した。彼女にも、過剰生成の症状が現れたのだ。正希の陽属性の攻撃を炸裂させる為に、夥しい数の銃弾を放ち、陽動の役目を買って出たのだ。彼女とて、既に限界を超えていた。それでもなお諦めない彼女に、正希の心は揺さぶられた。


「逃げてくれ」


重々しい口調で、正希ははっきりとそう言った。


正希の瞳に、再び闘志が宿る。

しかし、それは今までのものとは明らかに異なる目的での闘志であった。


「は?正希……何言ってるの?」

「僕はまだ戦う。だから、君だけは逃げてくれ」

「……………何を言って______」


「時間を稼ぐ!!逃げてくれ!!」


正希は口元の鮮血を袖で拭うと、吐血をしながらにどうにか金の剣を作り上げて、アンノーンに飛びかかって行った。


「ばかっ!!接近戦に持ち込んだら、私が攻撃を打ち込め______」

「だから逃げてくれ!!」

「ちょっと!何を言ってるのか分からない!!どういうこと!?」

「_________________」


それ以上に、正希から言葉が返ってくることは無かった。正希は剣を振り回し、アンノーンとの攻防を繰り広げていた。袈裟斬りを繰り出して、一回転してフェイントをかけて、上段切りを仕掛けていく。目にも留まらぬ速さで攻撃を仕掛け、圧倒的手数で相手の意識を自らに集中させる算段だ。


しかし、金の豪雨で全くダメージを受けないほどの硬度を持つ相手に対し、どれだけ剣術を繰り広げたところで無意味である。


『勝てぬと分かって仲間の守りに出たか。いいだろう。最大の敬意を評して、今この場ではあの女に手を下すことはやめておこう』


斬撃が、アンノーンの銅の体と衝突し、金属音が鳴り響く。何度も何度も途切れることなく続く衝突音は、正希の必死さと、そして無意味に繰り返される攻撃の数を表していた。


「__________ッッ!!!アッ!!」


ただでさえ、過剰生成で限界を迎えた体には激痛が走っている。剣を振り上げるたびに、斬撃の衝撃が伝わるたびに、正希の体を襲う痛みは増していく。


「正希!!!」


千歳の声が青空に轟く。しかし、正希の耳には入っていない。


__________一旦引いて、体制を整えよう。


そう伝えたい千歳だったが、その思いは届かない。それができないことも分かっている。限界を迎えた二人の体では、アンノーンの魔の手からは逃れられない。こうして空中を浮遊しているだけでも辛いのだ。二人では逃げれないと分かっているから、正希は一人を逃す選択肢を選んだのだ。


『もう、いいだろう。お前は十分戦った。安心しろ、この場であの女は殺さない。お前はもう、楽になれ』


斬撃を受け続けていたアンノーンは、その手を鋭利な形に変える。


「ッッ!?」

『これで、最後だ______』


銅の剣が、正希の胸部に向けられる。満身創痍の彼の身は、もはや斬撃を繰り出すほどの力さえも残っていなかった。金剣を振り上げたところで、正希の体は静止し、次の瞬間、正希の手から金の剣はずり落ちていった。


もはや防ぐ手さえもない。死を覚悟した正希は、抗うこともせずに、全身の力を抜いた。


『さらばだ!!!』


刃が胸へと迫ってくる。一メートル、五十センチと迫ったところで、何かが正希の視界を覆った。


「______________ッッ!!!!!」

「千歳っ!!」


彼女の脇腹を、鋭利な銅剣が貫いていた。千歳が両者の間へと飛び込み、アンノーンの攻撃を受けたのだ。


咄嗟に正希は千歳を抱き、エアシューズの出力を爆発的に上昇させた。時速三百キロの速さで十数秒飛んだところで、ようやく正希は動きを止めた。

アンノーンは追ってこない。追う必要がないのだ。


正希が数秒にて動きを止めたように、今彼らが動ける範囲など、高が知れている。


「なんで逃げなかったんだ!!ッッ__________ごめん」


腹部の流血を見て、彼女を責める権利がないと正希は悟った。彼女に命を救われたのだから、自分には咎める権利はないと口を紡いだ。


千歳は脇腹を抑えながらに、正希の頬を弱々しいグーで殴ると、細々と今にも途切れそうな声で言った。


「あれほど言った!!!なのに!!なんで死のうとするの!!!」

「______________ッッ!!!」


言葉が無かった。恐らくは、彼女の選択は間違っている。正希が命をかけて作った時間を、彼女は無駄にしたに等しいのだから。しかし、千歳にとっては、そんな道理的な物事など全く関係はないのだ。彼女が望むことはただ一つ。


それは、日本を奪還することでも、超高等アンノーンに勝つことでもない。


「私は、あなたに死んでほしくない!!!!」


面と向かって彼女に言われたのは、二度目であった。彼女にとっては、愛する正希が生き続けること、隣で寄り添い続けること、ただそれだけが望みなのだ。正希が戦場に身を置くから、自らもその場に身を置く。だから、正希が死を選ぶのを許さない。否、その身を呈してでも、その選択を防ごうとする。


「______________ッッ!!!」


正希の目から涙が溢れた。目の前の千歳は、美しいその全身から血を流し、死が近くまで迫っていることは明々白々だった。特に、先ほど刻まれた腹部の傷が痛々しい。


もし自分が彼女を逃がせたとしても、再び彼女に超高等アンノーンの魔の手は襲いかかる。彼女の命を救うようで、二度目の死の恐怖を与えるだけである。

彼女を死の恐怖から救う手立てはただ一つ。この場で超高等アンノーンを倒すことである。


「……………千歳。ごめん。僕は行くよ。君はここで見ていてくれ」

「なんで………なんでそういうこと………」


と、そう言いかけた時、千歳は正希の表情の変化に気づいた。彼の顔から、諦めの色が消えていた。その瞳には、燃えたぎる闘志が映っていた。


「…………死なない?」

「うん。君がいるからね」

「なら、私も援護する」

「うん。でも、無理はしないで」


にっこりと微笑むと、正希は千歳に背を向けて、陽の粒子を生成し始めた。


「ゔゔゔゔゔゔゔゔ!!!!」


全身に痛みが走る。頭が締め付けられるような感触が走り、傷口からは血が噴き出していた。目から鼻から、血が噴き出す。体が陽の粒子の生成を拒否しているのだ。これ以上はやめてくれ、と。それでも正希は止まらない。


「ゔゔゔゔゔゔゔ!!!!」


徐々に陽の矢が形成され始める。数秒の後、形がぐらついてはいるものの、どうにか陽の矢は完成した。


「______________ッッ!!」

「正希!!」


一瞬正希の意識が飛ぶ。しかし、千歳の声により、意識は現実へと引き戻される。


正希はエアシューズの出力を上げ、アンノーンへと向かっていった。千歳もその後につづく。もはや二人に痛みや苦しみといった感情はない。「勝って生きる」。その思いだけだ。


『やはり自ずから来たか!!!まだ踊ってくれるのだな!?いいぞ!!いいぞ!!この星はいい!!お前と、いや、お前らとこうして出会えたのだからな!!!』


もはや、三者に負の感情は一切なかった。二者は『生きたい』という生存意志、一者は『戦いへの純粋な喜び』が感情の全てを占めていた。


アンノーンの左腕の一振りを、正希は体を反らせて躱した。アンノーンは、銅の槍を生成し、追撃する。正希に直撃するその直前、銅の槍は炎の銃弾により弾かれる。体を反転させて切り返した正希は、陽の矢を槍のように扱って、一閃付きを繰り出した。


アンノーンはそれをギリギリで躱すと、無防備になった正希へと上段切りを繰り出す。が、再び千歳の銃弾に阻まれて、さらにその衝撃で数メートルほど後退した。しかし、アンノーンは瞬時に銅の槍を生成すると、後退間際に正希へと放った。


「__________間に合わないッッ!!」


千歳がトリガーを引くも、わずかに遅い。槍は一直線に正希へと向かっていく。正希が死を覚悟したその刹那、銅槍は突如として現れた岩壁によって阻まれた。


「よかった!!間に合った!!」


アンノーンの攻撃を防いだ人物は、さらに追撃とばかりに四肢の欠損したアンノーンへと向かって岩のプレートを放った。


「ハルカ!!!」


プレートによる猛攻を受けたアンノーンを、更に風の刃が襲った。


「死にかけじゃないですか!!綾本先輩!!」

「危ないところだったね!!」


更に、橋代路と鍋城の声が響く。高等アンノーンを討伐した三人が、ようやく二人の元に到着したのだ。

岩と風の猛攻を受けていた超高等アンノーンは、急激に高度を上昇させた。岩のプレートを、風の刃をその強靭な肉体で打ち砕いて行く。


『雑魚が三人増えたところで同じだ!!!まとめて処理してやろう!!!』


アンノーンの咆哮が、五人の脳内に響きわたった。次の瞬間、夥しい数のブロンズの刃が、五人の視界を覆った。正希の得意技である金時雨。その数倍はあろうかという刃の雨が、五人に向かって今にも降り注ごうとしていた。


瞬間、正希は力を抜いた。そして目をカッと見開くと、意識をアンノーンへと集中させた。


「攻撃は私たちで防ぐ!!だから正希!!あいつを倒して!!!」


正希は無言で頷いた。焦点をアンノーンへと絞って行く。


「____________ッッ!!」


意識がぐらつく。ただでさえ過剰生成を迎えた体だ。陽の矢を維持することさえ、本来ならば不可能な所業なのだ。それを成していたのは、強靭過ぎる彼の意識と、千歳の自らを思う純粋な思いに応えようという思い、そして不思議な力による支えがあったからに他ならない。


『正くん。頑張って!!』


この場にいないはずの、もう一人の正希を想う女性の声は、正希へと不思議な力を注いで行く。

意識が徐々に持ち直す。再び高等アンノーンに焦点を絞ると、陽の矢をアンノーンへと向けた。


「____________ッッ!!」


今度は手元がぐらついた。彼の体には、陽の矢を支えることさえも出来ないほどにダメージが蓄積されている。そんな彼の手を、温かな何かが包み込んだ。


『正くん。私が支えてるよ。だから最後に、もう少しだけ頑張って!』


焦点を的に集中させている正希には、その温かさの正体を見ることは出来ない。しかし、確かに感じていた。


「(ありがとうっ……モト!!これで、最後だ!!全ての苦しみを、痛みを、悲しみを!僕が全部終わらせる!!)」


『これで最後だ!!!!実に楽しかったぞ!!人間よ!!!!』


超高等アンノーンは、全身に力を込めた。アンノーンが力んだ瞬間、無数の刃が、轟音を立てて、正希達へと降り注いだ。


「「「「うおおおおおおおおおおおおおおこお!!!!!!」」」」


四人の咆哮が重なった。銅の雨と、炎、風、岩の連弾が衝突する。衝突は衝撃波へと変わり、けたたましい爆音と、爆炎を生む。それでも四人は止まりはしない。過剰生成を超えてもなお、連打に連打に連打を重ねる。黒煙が戦場にいるものすべてを包み込む。それでもなお、四人は攻撃という名の防御をやめない。


「______________ここだっ!!!」


黒煙の中、焦点を定めた正希は、大きく腕をのばして、一瞬貯め、超高等アンノーンに向かって全力で陽の矢を投擲した。


______キュュャァアアアアアアアアアッッ!!!!!!


陽の矢は、触れる物質の全てをその暴力的なエネルギーで消失させていく。矢が黒煙を消し去り突き進んでいく。光り輝く陽の矢は、ブロンズの生命体へと迫っていく。黒煙の中の閃光に、アンノーンは対処するすべも無く____


『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!』


閃光は、アンノーンの頭部を、物の見事に撃ち抜いていった。断末魔が大阪の空へと響き渡る。陽の矢の勢いは、銅の肉体と黒煙を貫いてもなお、止まる気配がない。触れるものを消し去りながらに、正希が放った最後の攻撃は、宇宙の彼方へと消え去っていった。


✳︎


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