四十七話
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「はぁ……はぁ……はぁ……」
「なかなか……だね……さすが高等アンノーンだ。特化班第五席くんが死にかけだ!」
「いちいち俺をディスらないでくださいよ!!確かにやばいですけど、鍋城さんだって死にかけじゃ無いですか!!」
「生意気なぁ………君よりかはマシだよ?」
三百に及ぶ紙飛行機が青空を浮遊する。大きく弧を描き、ぐるぐると幾度となく周回する。鍋城の起こす風により、紙飛行機が地上に降り立つ事は無い。
銅の粉塵が僅かに付着している程度の紙飛行機とは違い、六席二人は至る所から流血し、吐息を著しく乱していた。まさに満身創痍である。
『……………なかなかやるものだな。二年前に殺したやつらとは別格だ。奴らも風やら水やら炎やらで攻撃してきたものだが、ここまで私を追い詰めた奴はいなかった。否、その実力がある者は、約一名いたようだがな……』
神妙な口調で語る高等アンノーンの体には、数十カ所の空洞ができている。互いにダメージを与えては与えられの繰り返し。『一進一退』という言葉に尽きる状況だ。
「益城三席はカタをつけたようだね。内陸部に座標が動いてる。こっちもそろそろ………五席が死ぬ前にケリをつけないとね…」
「だからいちいちディスらないでください!!!」
「死ぬ前に、連携パターンCで!!」
「ああっ!!もう!!」
呆れながらに一応の返事をすると、橋代路はエアシューズの出力を上げ、高等アンノーンへと一直線に飛び立った。
後輩に続くように鍋城はアンノーンに接近する。約三十メートルの距離にまで迫り、動きを止める。
「ふんっ!!!!」
風が動く。紙飛行機を三カ所に集まると、鍋城は局所的な暴風を発生させた。
秒速二百メートルを超え、風の属性を帯びた紙飛行機は、鋭利で強靭な武器と化す。
『また同じ手か!!そう何度も引っかかりはしない!!』
たとえ目に見えないほど豪速だとしても、軌道が読めれば回避する事は実に容易い。初見でこそモロにくらいはしたものの、すでに三度と目にしたアンノーンにはその軌道は読めている。問題は先んじた橋代路の行動だ。何度も意表をつく場所から、暴風を吹かせているのだ。あるいは風の刃で衝撃を与え、鍋城の術中へと嵌めている。
一見有効にも思える手ではあるが、二人の攻めには非常に大きなリスクがあった。
『見切ったぞ!!』
アンノーンは大きく上体を反らし、橋代路の攻撃を躱した。その体制のまま、高度を急激に低下させる。一瞬前までアンノーンがいた場所を紙飛行機が通過する。
アンノーンは体を反転させると、腕をドリルのように回転させた。続いて、四十度の角度をつけて空を蹴る。攻撃の的は鍋城だ。
「____________ッッ!!!」
銅のドリルが鍋城の脇腹を掠めた。
『やはり防御に手が回ってないようだな!!』
三百を超える紙飛行機を、それも起こした風によって間接的に操るのだ。鍋城が攻撃に注ぐ集中力は、想像を絶するほどに膨大なものだった。故に防御が遅れてしまう。
『もう一撃!!!』
「ふんっ!!!!」
心の臓に向けられたドリルを、鍋城はギリギリのタイミングで掴み、軌道をずらす。心の臓は外れたものの、ドリルは肩を抉っていく。
「橋代路!!!」
相方の名前を叫ぶ。と同時に、鍋城は体をふわりと宙に浮かせた。
「分かってますよ!!!!」
刹那、暴風が吹き荒れた。アンノーンの胴体を紙飛行機が貫き、僅かに鍋城の体を掠めた。
『____________ぐっ!!!』
「あっぶねっ!!!てんめっ!!こら橋代路!!躱してなかったら今頃俺を貫いてたぞ!!!」
「早くケリをつけましょう。先輩が死ぬ前に!」
「主に死因はお前だかな!!」
そう怒号を飛ばしながらもニンマリと笑うと、鍋城は眼前の怯んだアンノーンに向けて暴風を繰り出した。吹き飛ばす間際に、肩の肉が抉られる。さらに、アンノーンが咄嗟に放った銅の矢により、橋代路の脇腹に風穴ができる。暴風に吹き飛ばされたアンノーンは、約百メートルほど後退する。
「__________ッッ!!!肉が抉られてますよ!先輩!!もうそろそろ血が足りなくなるんじゃないですか!?」
「おまっ!人の事が言えんのかよ!!」
肩から、腹から血が吹き出る。一見余裕にも見える口ぶりではあるものの、二人の意識は朦朧として、限界が近い事は疑いようのない事実だ。べっとりとした汗をかいており、激痛が全身を駆け巡っている。それをどうにか誤魔化すために、二人はいがみ合い、鼓舞しあっているのだ。
『がみがみとうるさい奴らだ。束にならないと勝てない貧弱者の分際で………お前らの限界などとうに見えている。次で最後だ』
「はっ!それはこちらのセリフだ。何十万と束になってもたったの六人を殺せないでおいて、どの口が言うんだい?橋代路じゃあるまいし、冗談は顔だけにしておいた方が賢明だぞ?」
「てんめっ!!先輩!!」
「割とマジだから」
『現状維持派』と『急進派』。第三部隊隊長、第二部隊副隊長と立場は大きく違うものの、その息はピッタリだ。お互いに幾千もの死線を越え、同じ悲しみを味わったからこそ通じ合うものがある。
鍋城は橋代路にアイコンタクトだけを送ると、高等アンノーンに向かって飛んで行った。
曰く、『次で終わらせる』。
鍋城の後を、橋代路と紙飛行機が追いかける。
『死んで行った仲間に合わせてやろう!!』
アンノーンは体のいたるところに鋭い突起を出現させると、右方向に高速回転し始める。その全身が、強靭なドリルと化す。『キュウィーン!!』と轟く金属音が、その威力を物語る。
鍋城は約二十メートルの距離まで急接近すると、一転静止して、上へ飛んだ。
『________!!』
アンノーンの視界を、三百もの束になった紙飛行機が覆った。
『吹き飛ばすのみだ!!!』
アンノーンはさらに回転速度を上げ、紙飛行機の束に向かって進行する。ブロンズのドリルと、紙飛行機が衝突しようとしたその瞬間________
再び暴風が吹き荒れて、紙飛行機は三百もの方向へと散り散りに舞っていった。
『__________!?』
突然の事態に動揺したのか、アンノーンの回転が止まった。
「喰らえ!!!!!」
アンノーンの頭上から、膨大な風のエネルギーを纏った鍋城の拳が炸裂する。風属性の無数の粒子が刃となり、ブロンズの体を蝕んでいく。
アンノーンの体は殴られた勢いままに高速に落下していった。
『____________!?』
鍋城の攻撃はここまででは終わらない。先ほどあらゆる方向へと飛散した紙飛行機が、アンノーンの頭上に集結していた。
「これで終わりだ!!!」
言葉とともに、強風が紙飛行機へと吹き荒れる。風の力を受け、紙飛行機が高速回転し始めた。
アンノーンの視界を、三百にも及ぶ紙のドリルが覆った。更に水直方向に暴風が吹き荒れた。紙飛行機がアンノーンへめがけて落下する。
『__________仕方ない!!!!こうなれば地中へ____ッッ!?』
アンノーンの背中に、衝撃が走った。
「地中に潜って回避しようとか、そう考えたんだろう?させるかよ」
高度を下げ、落下地点で待ち構えていた橋代路が、アンノーンの背中に向けて風の刃を炸裂させたのだ。風の刃はアンノーンの体を貫通こそしなかったものの、落下を上昇へと変えるには十分な威力だった。
ブロンズの生命体は、ドリルの雨へと吸い込まれていった。
『あああああああああああああああ!!!!!!!』
断末魔が響き渡る。しかし、それは十秒と続く事なく、アンノーンの絶命とともにプツリと止んだ。
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