四十六話
「うららららららららららら!!!!!!!!!!」
『__________________!!!!』
巨大で重厚な岩板が、次々にアンノーンへと炸裂する。その数一秒間に約百枚。ハルカによる連撃に次ぐ連撃にみまわれた高等アンノーンは、成す術なくただ彼女の攻撃を食い続けている。
「あぁ!?二万撃!?それは正確な値なんだろうなぁぁ!!!試してやるわよ!!二万撃に耐えれるかどうか!!!!!」
冷静さを失わせるためにアンノーンが放った言葉は、完全なる失策であった。
『あと二万撃か?それくらい打ち込めば私に勝つことができるぞ?』
______ハルカの脳内では、『二万回も怒りをぶちまけることができる』としか変換されていない。
今までの敵は喋る____否、テレパシーをすることが出来なかった。何を考えているのかもわからない生物だったからこそ、彼女は無心で敵を排除し続けることができたのだ。
しかし、会話ができるとなれば話は別だ。ただの害虫として見ることはできない。今まで仲間を殺してきた地球外生命体への、人類を圧してきたブロンズの生命体への怒りが止まらない。それをぶつける対象が目の前にいるのだ。彼女が止まる理由はない。二万撃で死ぬのなら、二万撃ぶつけるまでの話だ。
( __________綾本先輩がここにいなくて良かった!!絶対にドン引かれちゃいます!!)
そう思いながらに、ハルカは感情を爆発的させていく。攻撃の手もそれに応じて早まっていく。
全神経を攻撃に捧げる。次々に岩板を生み出してはぶつけ、生み出してはぶつけていく。高等アンノーンに当たって砕けた岩を再結集させて、巨大なプレートになったところで、新たに生み出したプレートと共にぶつけていく。土属性による岩のプレートの生成と再生を繰り返すことで、土属性の高速連打を可能としているというわけだ。
一方の乱撃を受ける側の高等アンノーンはというと、動くにも動けずに、徐々に蓄積されていくダメージに耐え続けるしか術はなかった。一撃ならば、高等アンノーンの硬度を持ってすれば大した威力ではない。しかし、それを何百何千何万と繰り広げられては、話は別だ。ハルカが攻撃を止めない限り、高等アンノーンがこの連続攻撃から逃れる術はない。
「うらうらうらうらうらうら!!!!!!!」
『ゔぅぅ________________』
既に攻撃回数は一万を超えている。アンノーンへは状況を打開するために銅を生成し、攻撃に転じようと試みた。しかし、攻撃をいくら仕掛けようとしたところで圧倒的な岩の猛攻に弾かれて、無数の針も矢も、挙句身を守ろうと生成した銅の盾でさえ弾かれて大阪湾の奥深くへと沈んでいく。
………………………が。
「うらうらうらうらうらうららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららら____________________う!?」
怒濤の攻撃が、ピタリと止まった。
「ゔ!?」
ハルカの胸を激しい痛みが襲った。咄嗟に胸を抑え込む。その胸の上からもはっきりとわかるほどに、心臓の鼓動が激しさを増す。
「んー!!!」
何かが喉へと突っかかる。今にも吐き出そうとするその何かを、ハルカは必死に抑え込む。口もとを手で塞いだ次の瞬間、ハルカは大きく咳き込んだ。
「ゲホッ!!ゲホッ!ゲホッ!!!」
手のひらに何かが付着する。そっと口元から離した手には、赤い液体が付着していた。
「血!?____________んゔっ!!!」
『隙ができたな!!!』
アンノーンの攻撃が炸裂した。狙われたのは首元だ。土属性の僅かな壁と、『×』に重ねた腕で首への直撃は避けられたものの、鋭利に変形したアンノーン腕は、ハルカの腕一本を貫通していた。
「んん!!!!」
ハルカはほぼ反射的に、背後から自らに向けて、垂平にプレートを飛ばしていた。自らの頭に炸裂する前に大きく体を仰け反らせる。
『__________!!!!』
完全な死角からの攻撃に、アンノーンは対処が遅れてしまう。岩のプレートはアンノーンの頭に炸裂する。銅体は勢いのままに、百メートルほど後方に飛ばされた。
自らの腕にこれ以上ダメージを与えないために、垂平に吹き飛ばして、刺さったアンノーンの鋭利な腕を抜く。ハルカの防衛本能が、咄嗟に最善の手を選択したのだ。アンノーンに炸裂したプレートは、ボロボロと崩れ始め、挙句小さな破片になって飛散していった。
「危なかった__________!!!!」
まさに間一髪。ハルカの幾千もの戦闘経験が成した技だった。
アンノーンに追撃を繰り出そうと、ハルカが激痛をも気に留めずに土属性の粒子を練り始めた______まさにその瞬間だった。
「ぐはっ!!!!???」
再びハルカの口から鮮血が吹き出した。粒子が生み出されるその直前、僅かなエネルギーだけが蒼空へと霧散した。
「これは____________過剰生成!?」
過剰生成。それは限界生成量を超えてもなお、さらに粒子を練りだそうとした時に起きる現象だ。粒子を生成する際には、体と精神にストレスがかかる。そのストレスが限界値を超え、体が悲鳴を上げているのだ。六席と言えど、人間だ。一万発を超える攻撃は、術者本人すらも蝕むのだ。
「__________ここまでか………」
ハルカは小さくため息をついた。体が限界を迎えた以上、新たに粒子を生成するのは不可能だ。つまりは先ほどの連撃を繰り出すことも、アンノーンへ怒りをぶつけることもできないのだ。
もはやここまで。そんな諦めの嘆息だ。
『…………どうやら、勝負あったようだな』
「………………………」
ハルカは言葉を返さない。返す言葉がない。
『________もはや言葉も発さないか!その余裕も無いのだろう?見てみろ!!お前が生み出したプレートが全て消えていくぞ!!形を留めておく余裕も無いのだろう?先ほどの威勢が嘘のようだな!!ハハッ!!一転絶望へと陥ったか!!愚かな奴め!!!楽には死ねんぞぉぉ?』
アンノーンの蔑むような笑いにも、ハルカは反応を返さない。口元の血を袖で拭うと、力を抜いて空中にて静止した。
『先ずは腕を貰おうか!?ジワリと殺してくれるわ!!!』
アンノーンが凄まじい速度で迫ってくる。五十、四十メートルと迫ってきたところでも、ハルカは体をピクリとも動かさない。
距離が二十メートルへと詰まったところで、ハルカは息を整えた。
アンノーン腕が鋭利な刀へと変形する。言葉通り、腕を切り落とすつもりなのだろう。アンノーンが眼前へと迫り、刃が肩の二メートル上に接近したところで、ハルカの唇はニンマリと弧を描いた。
『______________!?』
ブロンズの刃が、ハルカの数十センチ上方にて静止した。アンノーンの体はプルプルと小刻みに震えていた。ブロンズの生命体を、その頭と肘先を残し、土属性の粒子が覆い尽くしていた。可視化できるほどの高密度の粒子がアンノーンの動きを止めたのだ。
『______________どういう事だ!?何故だ!!もう粒子を練らないのではないのか!?』
「____ええ。もちろん。過剰生成を迎えた体は、粒子の生成を拒絶します。それこそ、綾本先輩くらいに屈強な精神力がない限りは、限界値を超えて新たに粒子を作り出すことは出来ません」
ハルカは口調を普段のそれへと戻し、完全に冷静さを取り戻していた。そして、にっこりと微笑むと、至って穏やかな口調で言った。
「だから、ここまでなんですよ。あなたに怒りをぶちまけられるのは。本当に残念です…………」
『どういうことだ!?説明になってない!!何故粒子を生成できる!!??』
未だプルプルと体を震わせているアンノーンに、ハルカは大きくため息を吐くと。
「一度生成して仕舞えば、その形状を変えるくらいは容易いことです。一度粒子化して、再結晶させるくらい、なんて事は無いんですよ。……おやぁ?あなたの周り、なにやら粒子が集まり始めたようですよ?」
『________________!!!!』
「岩の魔の手からようやく逃れたって、貴方はそう思ったんですよね?過剰生成を迎えた私が、プレートの形を保つことさえできなくなった、と。だからあんなに高らかと笑えたんですね?馬鹿ですね〜。フルボッコにされてたのに、勘違いもいいところです………でも、今いい顔してますね?その絶望に満ちた顔、たまらないですねぇ!!」
アンノーンの背後には、夥しい岩の破片が浮遊していた。破片はアンノーンへとゆっくり近づきながら、分厚いプレートを形成していった。その数三千と二十枚。
「貴方には、大阪湾に沈んでもらいます。数千ものプレートの圧力に潰されると良いですよ」
最後ににっこりと微笑むと、ハルカは三千枚ものプレートでアンノーンを包み込んでいった。最後のプレートがアンノーンに圧力を加えた時には、プレートの束は一つの山ほどに巨大なものになっていた。プレートの山は飛沫を上げて大阪湾へと落下すると、新たな埋立地を形成した。
✳︎