四十話
時刻は午前五時。東京スカイツリーの特別防衛庁の司令室に正希達六席と、総司令官である秋ノ丘首相が集まっていた。日本奪還作戦開始直前の、最後のミーティングだ。
アグリメントを使って通信のみでの会議も検討されたのだが、陣頭指揮をとる六席だけは最後に直接意思疎通を図らせたいとの六席全員の強い希望により、こうして直前ミーティングが実現した。
他の団員達は各々の待機場に向かいながら、彼らの会話を聞いている。
「では、作戦の最終確認を行います。一般隊員の皆さんも聞いておいてくださいね。まず概要から。九州に第一部隊と僕と千歳、四国に第二部隊と益城さん、そして東海の第三部隊と鍋城さんと橋代路、この三方向から畳み掛けるように敵の本拠地である大阪に攻め込みます。橋代路は第二部隊所属ですが、第三部隊の副隊長は僕が兼務していて事実上は空白なので東海に回ってもらいます。この作戦の狙いは、敵の戦力を分散させることによって戦場が混沌化するのを避けるのと、囲みこむことによって、逆に本土に攻められることを防ぐことです。
この作戦のミソは、有効性を高める為に大阪への到達時間を合わせること、つまり、待機場からの距離がある部隊ほど移動速度を上げるということです。それと、アグリメントにより各部隊の位置を確認し、侵攻度合いを変えることも重要です。そして、この作戦における最重要事項は______」
そう言いかけて、正希は言葉を飲み込んだ。恐らく彼にとっては苦渋の決断なのだろう。一瞬口を紡いだあと、一呼吸置いてようやく続けた。
「六席を、できるだけ戦わせない事です」
「……………今までにない戦法よね。抽象的だから言い換えるけど、要は高等と超高等アンノーンの取り巻きを一般隊員に任せるって事でしょう?多分何十万って数になるけど、中等以下と六席はできるだけ戦わないと、そういう事でしょ?」
千歳の言葉に、正希は小さく頷いた。
普段の戦法ならば、前戦で六席が戦い、その撃ち漏らしを一般隊員が始末するという流れだ。できるだけ隊員を死なせないように、戦力の低いものの戦う機会を減らす。
そんな普段の戦法と、今回の戦法はまさに正反対だ。死者を出さず、なおかつ作戦の成功確率を極限にまで高める為に、各々の戦力に見合った相手と戦う。戦う機会こそ増えるものの、全体としては安全マージンを増やすこととなる。
強敵に全快の六席をぶつける事で、六席が負けて一般隊員が高等以上のアンノーンと戦う可能性を減らすというわけだ。
「だいぶ踏み込みましたね。『現状維持派』の綾本さんがこういう戦法をとるなんて……あなたも大分変わりましたね」
「橋代路くん!余計なことは言わないの。綾本先輩にとって苦渋の決断なんだから。」
「まあまあ、益城さん。確かに彼のいう通りだよ」
啀み合う第二部隊の正副隊長に、正希は苦笑を送る。そして表情と口調を切り替えて、全部隊に向かって言った。
「皆さんには、命のやり取りをしてもらいます。その事は重々理解してください。多少無理はしてもらいます。でも、無謀な事はしないでください。僕からの命令は三つです。アンノーンを出来るだけ多く倒すこと、絶対に死なないこと、そして、仲間を死なせないこと」
「「「「了解!!」」」」
四人の声が重なる。「絶対に死ぬな」との命令に「了解」と断言した彼らの姿が、正希にはすこぶる頼もしく思えた。この作戦は成功する、そう確信さえも出来るほどだった。
「僕らが到着するまでの間、出来るだけ隊員同士でコミュニケーションを交わして信頼を深めてください。お互いを死なせないように、お互いを知って、お互いを助け合えるようになってください。今から僕たちも待機場へと向かいます。僕らの日本を、取り戻しましょう」
そう言って、正希は無線を切った。六席の五人の顔は晴れやかで、今から戦場へ向かう者たちとは思えない程に、良い顔つきだった。
「それじゃ、みんな行こうか。日本を、取り戻そう。誰ひとりとして犠牲者を残すことなくね」
「おうっ!」「了解です!」「行きましょう!」「了解!」と四人の声が続く。そして、鍋城がポロっと漏らしたように言った。
「…………ああ、益城と西条院があいつに惚れてる理由が分かったきがするわ」
「「………………んなっ!!」」
千歳とハルカの顔が一瞬にして朱色に染まる。しかし、二人は開き直ったようにニカッと笑うと、誇らしげに声を揃えた。
「「正希(綾本先輩)はカッコいいんだから(ですから)っ」」
________それを間近で聞いた正希は、二人以上に顔を赤く染めていた。
「……………良い雰囲気のところで水を指すようで悪いのだが……」
そんな中、首相は申し訳なさそうな様子で部下を呼び、新品の白いブーツを五つ持ち込ませた。靴底には小型原子炉が備え付けられており、側面には特化班のロゴがプリントされている。
五人はシューズを受け取った。
「これは……エアシューズですか?サイズもピッタリですね。リニューアルでもしたんですか?」
「ああ。昨日にようやく出来上がった。オーダーメイドの特注品だ。なんと今までの一・五倍の速度が出る。時速三百キロだ。君達の戦いにも、必ず役に立ってくれるはずだ」
「さ、三百!?あ、ありがとうございます……」
正希はそそくさと履き替えると、つま先でトントンと地面をたたいた。非常に履き心地もよく、フィットしていて、何より軽い。
「なかなか良いですね!かなり使えそうです」
「それは良かった。……すまんな、私に出来ることがこれくらいしかなくて」
「いえいえ……そう言わないください。あなたは、僕らを信じて待っていてください。必ず勝ってきますから」
にっこり笑い一礼すると、正希は司令室を後にした。その逞ましい背中を追うように、四人も司令室を後にしていった。
「……………成長したな。君は立派な第一席だよ」
独り言のようにそう漏らすと、首相は司令室の大モニターへと向き直し、総司令官席へとおもむろに腰掛けた。
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