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三十九話


____________西暦二千四十七年八月十七日。二年前、特化班をはじめとする日本政府が超高等アンノーンに惨敗したこの日。


まだ朝日が東の山から顔を出していない早朝。正希は渋谷区の墓地を訪れていた。二年の時を経てもなお、研磨された直後のようにツヤのある墓の前にて、腰を下ろす。蝋燭を二本立て、ライターで火をつける。闇の中をほんわりとした二つの灯火が照らしていく。正希はウエストバックの中から線香を取り出すと、蝋燭の炎を貰い火し、軽く振った。炎が消えたのを確認し、灰の上に丁寧に立てる。


灯火が墓石を照らしていく。墓石に刻まれた文字は、『柴崎楓』。二年前、超高等アンノーンとの戦いの末に殉職した、正希の前任の第一席の名前だ。


「………楓さん。あなたが死んで、今日で丁度二年です。今日、僕たち特化班はアンノーンに戦いを挑みます。あなたが成し遂げられなかった悲願を、僕たちが達成してみせます。二年前とは違い、今回は誰一人として死なせません。どうか、僕たちを見守っていてください」


墓地に降り立つのは、完全なる静寂だ。無論、彼の言葉に返す者などいない。数十秒間手を合わせて祈ると、正希は墓前に背を向けて、歩み出した。


墓の間の石道をゆっくりとゆっくりと歩いていく。

敷地の境にたどり着いたところで、人気を察した正希は歩みを止めた。


「………………なんだ、千歳か。こんなところでどうしたの?」


壁にもたれかかり正希を待っていたのは、正希と同じく特化班の戦闘服に身を纏った金髪少女だった。


「どうしたも何も、隣のインターホンを鳴らしてもあなたが出てこなかったから、多分ここにいるんだろうなって思って来ただけよ。………まあ、だからって別段用事があるわけじゃないんだけど、ちょっと落ち着かなくて……………」

「そっか。まあ、気持ちは分からなくもないよ。………そうだ、もうちょい時間あるし、少し寄り道に付き合ってくれない?」


ほんの少しの笑みを作り、正希は「ね?」と首をかしげた。千歳は数秒思考した後に、首を縦に動かした。


「いいわよ。………どうせ、あなたの両親と渡さんのところでしょ?それに夜道に女の子一人だと危ないしね。付いて行ってあげる」


「………それ、多分男側が言うセリフだよね。まあ、千歳の場合は暴漢も返り討ちにしちゃうんだろうけど……」

「う、うるさい!そんなこというからモテないのよ!」

「あはは、ごめんごめん……」


苦笑まじりにそう謝罪すると、正希は三人が眠る墓に向かって歩き出した。そんな彼に駆け寄ると、千歳はその距離をつめ、隣に並んで歩いて行った。

静寂の中に響く二人だけの足音が、千歳にはほんのり心地良く感じられた。


 渋谷区の商店街を少し過ぎた所の空き地の一角、僅か二平方メートルほどの土地に、その二つの墓はある。正希はその二つの墓に先程と同様に線香を立てると、徐にしゃがみ込み手を合わせた。

千歳も彼の隣に座り込み、手を合わせて目を閉じる。


「……………お父さん、お母さん。行ってきます。…………モトも見守っててね。敵討ちなんて君は望まないんだろうけど、絶対に僕は負けないから。君の部隊の隊員も、第一部隊も、特化班の誰一人として死なせはしないよ。だから、安心して待っててね」


そう、天に昇った二人に向けて言った正希の瞳からは、薄っすらと雫が滴り落ちていた。


「(あなたの想い人は私が死なせませんから。なにがあっても私が守ってみせるから、だから見守っててください、渡さん)」


心の中でそう祈ると、千歳はゆっくりと目を開いた。


『正くんのことをお願いします。千歳ちゃん』


 『渡本子』と刻まれた墓石から、そんな声が聞こえた気がした。千歳は小さく頷くと、おもむろに立ち上がった。


「さ、正希、家に戻りましょう!時間もあんまりないことだし、腹が減っては戦はできぬっ、てね!制服は着てるけど、流石にこのまま本部に行くには早過ぎるもの。ご飯、お家で一緒に食べましょ?」


正希は蝋燭の火を消すと、「よいしょ」と言いながらにゆっくりと立ち上がった。


「………………作るのは僕だよね?それ君がいうのってどうなの?」

「う、うるさい!!借しよ借し!借しを作らせてあげるの!!その分私が料理上手くなった時に作ってあげるから、黙って借しを作りなさい!!」

「それも君が言うのってどうなのさ…………」


と、そう言いながらも、正希は小さく微笑した。


「分かったよ。それじゃ、急いでもどろう?……て言っても、今うちにはご飯と味噌汁と魚くらいしかないけど大丈夫?」

「勿論よ。あなたが作るものならなんでも美味しいもの」


千歳は戦いの直前とは思えない穏やかに微笑んだ。二人の歩みも心なしかほんの少し軽やかになっていた。


「……………だから、そのセリフ逆…イタッ!!!」


ポカンと正希の頭を叩いた千歳は、プイッと顔を背けながらも、彼との距離を離すことはなかった。


✳︎


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