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三十八話


「………………すまないな。また、君達には苦労をかけることになってしまった」


首相官邸の内閣総理大臣室にて、開口一番に首相は言った。現在室内にいるのは、六席の五人と首相を合わせた六人のみだった。秘書や官僚も退室してしまった部屋で、首相は部下に頭を下げた。


「いやいや、頭を上げてくださいよ。首相から頭を下げられたら僕らだって困りますって!」


わしゃわしゃと前に出した手を振って、正希は首相に頭を上げるように促した。他の四人も、開口一番に頭を下げた首相に驚いたのか、目を見開いて各々に「え?」とした表情を作っている。


しかし、そんな彼らの様子にも関わらず、首相は頭を下げたままに続けた。


「いや、私の頭など軽いものだ。自らの失態を悔い、君達に助けられたにも関わらず、一度でならず二度までも君達に戦いを強いる結果を招いてしまったのだ。君たちの命を預かる者として、申し訳ない限りだ」


「そ、そんなことを言われましてもですね………その、頭を下げられる前に、私達に何があったのかを聞かせていただければと………」


恐る恐る千歳がそう言ったのを聞き、首相はようやくその頭を上げた。そして、「ちょっと待ってくれ」とひと間置くと、自身の耳にはめたアグリメントを起動させ、何やら指を動かし始めた。


「いま、データを送る。今日の本会議で採決される法案だ。まあ、内容は見てくれれば理解はできると思うのだが…………」


ピコーンと着信の音がなる。五人はすぐさまアグリメントを起動させると、新着メッセージのコマンドをタップする。メッセージ自体に本文はなく、添付ファイルが添えられているようだった。


正希はそのファイルを開くと、現れた複数枚の資料に目を通し始めた。


「これはっ!………………まあ、もうそろそろ来るかとは思っていましたけど…………」

「またタチの悪いことをやるものね。草木だっけ?どうせあの元官房長官が発起人なんでしょ?連名の一番上に名前があるし………」


訝しげに彼らが見つめていたのは、本日の衆議院本会議で採決されるという『ある法案』の法律案文章と、草木衆議院議員による法案賛成の演説とそれに対する政府答弁の原案ゲラだった。


「すまない………賛成するのが奴を始めた少数ならば、党議拘束をかけて与党としても反対するつもりだった。しかし、どの世論調査でも総力戦への賛成が圧倒的に多く、与野党ともこの議員立法に賛成するしか選択肢がなくなってしまった。………もとより、超党での議員立法だから、野党と草木は私が反対するコトを追求材料にするつもりなのだろうが………」


「…………でも、なぜこんなに急かすんですか?この法案が通ったら、僕らが総力戦を二週間以内にやらなければいけなくなりますよね?法的拘束力を持たせて、総力戦を急かす理由なんてありますか?」

「………………それはだな………」


首相は何やら言いにくそうに一瞬口を紡ぐと、心から悔しそうな表情で言った。


「…………私が防衛省を掌握できなかったのに一端の理由がある。防衛省の幹部が、ここ数週間のアンノーンの監視情報をリークしたのだ」

「アンノーンの動き……ですか?何か緊急性があるような異変があったということですか!?」


それはマズイ!とばかりに、正希は我を忘れたように首相へと詰め寄った。アンノーンの動きに異変があったのなら、それは正希たち特化班にとっても一大事だ。敵に何か不穏な動きが生じたならば、当然それに対処する必要がある。


しかし、彼の元にはそんな情報は入っていない。もしも緊急事態にも関わらず特化班に連絡が行っていないということがあれば、それは安全保障上も大きな問題である。


「いや、なんてことはない。ただ日本外にいた下等アンノーンが大阪に大量流入したというだけだ。毎日のように起こってはいることだ。当然大阪からも向こうへ流れ出てはいるのだが、防衛省幹部はその情報を抜きにして議員たちに伝えたのだ。奴らの不安を掻き立てるには十分な情報だったらしい」


「なるほど……。少々焦りましたが、大体の状況は掴めました。まあ、防衛省としても、国民の目がありますからね。奪還を繰り返し成功してるんだから、このまま総力戦を仕掛けたら勝ち目はある、とそう踏んだのでしょう。あとは僕らへの腹いせか…」


「恐らくは、そうだろうな……」

「はぁ……………」


思わず正希はため息をつく。実際には国防に貢献していない防衛省にハメられた気分であった。直接アンノーンと交戦する機会が多く無い彼ら防衛省にとっては、正希たち特別防衛庁の、特に特化班は目の上のたんこぶでしかない。さらに悪いことに、彼らには今までの領土奪還と、敵の本拠地である大阪を含めた日本奪還の難易度はほぼ同列にしか見えていないのだ。下等以上との交戦経験がない故に、高等・超高等アンノーンの脅威がまるで分かっていない。


無論、今までの戦いには超高等アンノーンはおろか高等アンノーンですらまともに戦場へ出てきたことがないという事実を彼らが加味していることは無い。


ましてや超高等アンノーンにかつての第一席が惨敗したことなど、防衛省の職員の頭には無いのだ。彼らの頭にあるのは、国民からの目線と、自らのメンツの保持のみだ。


しかも、あろうことか、そこに立法府まで賛同してしまっては、行政の長たる首相とて歯止めを効かせることはできない。この法案の採決が、国民の意思が、特化班に何を強いるのか。言葉にせずとも分かりきったことだった。


六人に重い沈黙が走る。皆一様の思いを抱いて、如何する事も出来ずにその場に佇んでいた。数十秒後、そんな沈黙を破ったのは、六席で唯一の急進派だった橋代路だった。


「…………やりましょうよ。どうせやらなきゃいけないんですから。それに、今でも夢に見ることがあるんです。実際には見たことがないはずなんですが、日本が統一されて、かつての故郷を取り戻した人々が、嬉しそうに日常を送って行く姿が。亡くなった伴侶や家族や友達の為に墓を立て、その墓前で『人類は勝ったよ』って、涙ながらに報告する姿が。…………俺は、俺の、いや、俺たちの日本を取り戻したい!!」


彼の目は本気だった。元々長く日本奪還を望んでいた彼のことだ。その言葉に疑いの余地はまったくなかった。彼の言葉に決心したのか、正希は肩を落としている首相に向き直ると、表情を凛々しくさせて言った。


「彼の……言う通りかもしれません。確かに犠牲が出るかもしれません。失敗するかもしれません。でも、やらなくちゃいけないなら、法的拘束力に仕方なしに従うよりも、自分たちの意思でやった方がいい。人が死ぬ場面なんて、僕はもう見たくない。でも、だからこそ、僕らの代で終わらせましょう。そして、誰も死ないように、その作戦の実行の日まで、ありとあらゆる準備をしましょう」


「だが、正希くん………それでは君達が……」


「何言ってるんですか…………僕らはもう失敗しませんよ。でも、その準備のために、あなたにお願いがあります。防衛大臣、いや、総理!出来るだけ時間を稼いでください。作戦実行までの間、できるだけ僕等に訓練の時間をください。そうですね、せめて、二年前のあの日までで構いません。一週間、法案が定める二週間の猶予も含めて三週間の時間を稼いでください。それだけあれば充分です」


正希は六席の全員に視線を送る。皆各々に覚悟決めた顔つきで首を縦に振っていた。


「……………解った。君たちがそれほどに覚悟を決めたのなら、私も腹をくくらないといけないな。衆院の解散や私自身の辞職も含め、ありとあらゆる手を使って譲歩を引き出そう。否、絶対に時間を稼いでみせる。防衛の任も、できるだけ君たちに負担が掛からないように手を回そう。出来る限りのことはするつもりだ。本当に、君たちには迷惑をかけることになるな………」


「いえ。お互い様ですから。…………それと、僕らの指揮を高める目的も含めて、総力戦の決行日は、二年前のあの日にしましょう。今日からちょうど三週間です。その日に、全てを終わらせます」


そう言うと、正希はくるりと首相に背を向けて、入り口ドアに向かって歩みだした。


「どこに行くのだ?綾本君?」

「そうと決まっちゃ、ここでベラベラと喋ってなんかいられません!三週間しかないんですから、一秒たりとも時間を無駄には出来ませんよ」


にっこりと微笑んでそう言うと、正希はドアを開き、そそくさと総理大臣室を退出してしまった。


「ちょっ!!正希!!待ちなさいよ!!もう……勝手なんだからっ!」


彼の後に続くように、千歳や他の六席も内閣総理大臣室を後にした。


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