三十六話
「うりゃぁぁぁーーー!!!!」
バンバンバン!!と発泡音が鳴り響く。千歳は連射を繰り返すことで、絶え間ない爆炎を発生させていた。それに続くように別の炎の爆音や風が空を切る音、岩がぶつかるような破壊音が鳴り響く。
千歳の銃から発射された火炎放射を、正希は金のシールドで防いだ。風の刃をそのままシールドで受け、続いて下方から飛んできた炎の玉には金の矢を炸裂させ、右から飛んできた岩のつぶてには金で纏った自らの拳を炸裂させる。
「うわっ!!溶けてきた!!………やっぱ西条さんは別格だな……」
さすが二席の攻撃だ。耐久性がすこぶる高い金のシールドを徐々にではあるが溶かし始めていた。正希は大きく後退飛行をすると、自らを追ってきた火炎放射に生成した弧状の金板をぶつける。火炎は板の形に沿って上下に分散されていく。
「ふう、危ない危ない………」
そう安堵を漏らした刹那、四方向からの隊員達の直接攻撃が飛んでくる。それをギリギリまで引き付けると、正希は一気にエアシューズの出力を上げ水平方向へと跳んだ。攻撃目標を失った四人は、そのままぶつかって、互いの攻撃を食い、地面へと落下していく。
「さぁーて、ちょっと本気を出そうかな!!」
嬉々とした表情で隊員達を見ろ下ろすと、正希は高度を上げながら数秒かけて金の粒子を生成し、千本時雨を作り上げる。右手を挙げて、高らかと言い放った。
「ちゃんとガードしてくださいよ!!じゃないと本当に怪我しますからね!!」
右手を振り下ろす。すると宙を浮遊していた金の千本時雨が隊員達に向かって一直線に降り注いだ。
『殺す気か!!!!!』
二人を除き、全員声が重なった。と同時に皆が時雨に向かって各々に攻撃を放った。否、正確には防御である。
「そう来なくっちゃね!!!」
正希ではない方の一名は、ニカッと歯を見せ、最大速度でチャージを開始した。約一秒の後、彼女がトリガーを引くと、先程とは比べ物にならないほど広範囲に火炎放射が放たれていた。それに続くかのように、他の隊員達の攻撃が時雨へと炸裂する。
攻撃がぶつかり合い、激しい爆音とともに衝撃波が走っていく。その反動に耐え切れなかった隊員達は、次々に吹き飛ばされて結界壁へとぶつかっていった。
爆煙が徐々にはけていく。戦いに慣れた千歳は、その煙には気にとめず、その向こうにいるはずの正希の姿を探した。しかし、どこを見渡しても彼の姿は見当たらない。
「………………まさか!!」
そう勘付いた瞬間だった。後ろからの敵意に、遅ばさながらにようやく気づいた。慌てて後ろを振り返る。
「はーい。僕の勝ちです。今日の教訓その一。後ろは取られる事なかれ」
無論、視線の先にいたのは、ニコリ笑い教師のような口調で語る白髪の少年であった。彼の頭上には、先程とほぼ同数の金の時雨が浮遊していた。
「……………あんた、いつの間に………」
先程まで好戦的だった千歳は、うって変わって肩をガクリと落とすと、大きくため息をついた。それから悔しさが滲み出てきてのか、キリッと目を細くさせて正希にガンを飛ばした。
「……………教訓そのニ。敵の攻撃を真正面から防がないこと。防いだはずの攻撃が、実は二次攻撃の布石だってこともあります。それに攻撃の軌道だって一直線とは限りませんから」
「……………どうやってそんな早く時雨を生成できたの?」
悔しそうに歯ぎしりする千歳に、正希は勝者の余裕とばかりに穏やかな口調で言った。
「どうやって?愚問ですね。生成なんてしてませんよ。半分しか落としてないんですよ、実は!まあ、正確には二本の時雨を直線上に並べてて、そっちからは一本に見えるようにしてたのですが。………それに皆さん放たれた時雨にばっかり注意を払ってたようなので、見かけ上は時雨が減ってないなんて気付かなかったんでしょうね。教訓その三です。敵をよく見よ」
「なるほど…………それは完全に私たちの不注意ね。あとその口調ムカつくから辞めて」
「それともう一つ。いくら『やられた』と思ったからといって、動きを止めるのは良くありませんよ、西条さん。確かに僕は攻撃を止めましたが、だからと言って臨戦態勢は崩さないでください。肩をガクリとおろさ________」
「本当に止めて。むかつく」
「ご、ごめんなさい!!!」
鬼の剣幕で千歳が銃口を向ける。「ひいっ!」と声をあげたあと、流石にふざけすぎたと思ったのか、正希は「こほん」と咳払いをすると普段の口調に戻った。
「ま、とにかく。今日の実戦トレーニングはここまでとします。皆さんは各々能力の研磨に努めてください。各属性別に関連メニューなんかも用意してるので、それを参考にしていただいて構いません。対人戦も可です。………それと、西条さんはちょっとこっちに」
正希はパンと指を鳴らす。すると彼が生成した金の時雨はたちまち粒子へと分散し、霧散してしまった。
張り詰めた雰囲気が緩んだ瞬間だった。千歳も構えた銃を腰へとしまい、戦闘モードだった隊員たちも各自散り散りになり始めた。
訝しげな表情で、千歳は正希へと歩み寄る。
「…………私だけ呼んで、どうかしたの?さっきの説教なら聞きたくないわよ?自分でも分かったから。それと、またあんな口調になったら、しばらくあなたに話しかけないから」
「ほぇー、ちゃんとしばらくしたら話してくれるんだ。優しいね。そういうとこ結構好きだよ?」
「はぁ!?…………もう…………」
不快感を態度に全面的に出していた千歳であったが、ニコッと笑てそう言った正希に毒気を抜かれたようだった。ワザとらしくため息をつきながらも、普段の表情に戻っていた。
「………んで?なんで呼んだの?まさかこの間言ってたみたいに、火属性の扱い方について教えて欲しいとかじゃないわよね?嫌だからね?」
まさか、と思いながらも念を押すように千歳は尋ねる。しかし、正希は「なんで分かったの?」といった表情を浮かべると、両手を顔の前で合わせ、「このとーり!」と頭を下げた。
「そこをなんとかお願い出来ませんかね?」
「嫌よ」
間髪入れず拒否の回答が返ってくる。
「そこをなんとかっ…」
「絶対にいやよ。無駄だもの。そもそも人間は五属性のどれかにしか特化した力を持ってないの。粒子を練るときには相当な負担が掛かるから、一番適性のある属性を使用し続けて慣れていくの。個々のアドバンテージを伸ばすからこそ、アンノーンに対処できる能力を得られるの。そんな当たり前のことも知らないの?」
まさに正論だ。五属性の基礎的知識は、特化班ならば誰もが知っていることである。彼女のロジックはベーシックな五属性の理から来るものである。だからこそ、正希にも反論の余地はなかった。
「そりゃ、分かってるさ。でもね、実際に超高等アンノーンと対峙して思ったんだけど、ただ五属性の攻撃を仕掛けただけじゃ絶対に勝てないんだよ。それこそ二属性を混ぜたりだとか、それくらい膨大なエネルギーを用いないと奴には勝てない気がするんだよ……」
「まあ、確かに。あなたの前任でさえも、奴には勝てなかったんだものね。そう考えるのも分からなくはないわ。でもね、現実的にそんな事は無理よ。そもそも金属性でさえも扱えるのはあなたしかいないの。そんな高度な術に、さらに新たな属性を混ぜるなんて、試行する以前に結論は出てるわよ……」
「ぐぬぬ……………」
これまた正希には反論できなかった。二属性を扱う難しさ。それは二属性の使い手がいないこの現状が示している。反論ができないものの、正希はまだ食い下がろうとはしなかった。
「分かった!!なら、混ぜるのは諦めるにしても、せめてまともに火属性を使えるようにはしたい!!お願い、教えて!!!!」
子犬のように懇願する目で千歳を見る。そんな正希の表情に一瞬グラつきかけた千歳だったが、どうにか堪えたのか首を横に振った。
「今からやったところで、実践レベルには届かないわ。そもそもあなたは火属性に適応しているわけでもないし、やるだけ無駄なんだって!!だったら金属性を磨いた方がまだマシよ!!」
「ぐぬぬ………」
なかなかの手強さに、さすがの正希にも諦めの選択肢が頭をよぎった。どうにも彼女は首を縦に振ってはくれなさそうであったが、諦め半分で思いついた打開策を実行する。
「日本を奪還できたら、溜まりに溜まった有給使おうと思うんだよね…………」
「……………だから何よ?」
正希の発言の意図が分からず、千歳は少し首をかしげた。
「ねえ、知ってる?今度港区の空き地に遊園地ができるんだってー。もし火属性の扱い方を教えてくれるなら、その時一緒に行ってもいいけどなぁ……」
____________ピクリ。千歳と耳と肩が動いた。
案外効くのではないかと思った正希は、さらに彼女への揺さぶりを続ける。
「そう言えば、西条さんはサブカルが好きなんだよね?でも、国際展示場であるあのイベントには行ったことがないんでしょう?一人ではいく勇気が湧かないし、かと言って一緒に行ってくれる人もいないー、って言い訳してたよね……」
「………………だから何なの?」
「それ、一緒に行ってあげてもいいよ?」
____________ピクリ。今度は眉が動く。千歳は魔の誘いを必死に拒むように、噛みながらに言う。
「……………だ、だきゃらにゃんなの?そそそ、そ、そそ、そのくらいじゃ火属性の使い方おしえてあげたりし…………し……………しないわよ?」
大分彼女には堪えたようだった。その証拠に肝心な否定の部分に多少の葛藤が見受けられる。
ええい!もうひと押し!とばかりに正希は続ける。
「勿論、いわゆるデートみたいな感じで、二人で、だよ?」
「…………………………………………」
反応が返ってこない。プルプルと震える様子を見るに、彼女のHPはレッドラインに突入しているようだった。
これでどうじゃぁ!!!!とばかりに、正希は最後のダメ押しをする。
「これからは、『西条さん』でも『西条院さん』でも無く、『千歳』って呼んであげてもいいよ?そう呼んでって、いつも言ってるよね?なんか恥ずかしけど、頑張ってみる」
「……………………………………」
千歳の震えが止まった。数秒の沈黙が流れる。すると千歳は突然に顔をパッと上げ、腕を組むと、喜びをどうにか堪えるように、そっぽを向いた。
「し、仕方ないわねっ!!べ、別にあなたと遊園地デートがしたいとか、ビックサイトに行きたいとか、千歳って呼ばれたいからじゃないから!!純粋に、あなたが超高等アンノーンを倒せる実力をつけるための、トレーニングのためなんだからねっ!!勘違いしないでよねっ!!」
「ほんとに!?ありがとう、千歳!!」
「べ、別にそう呼ばれたいわけじゃないんだからね!」
嬉しそうに笑顔で千歳の手を掴むと、正希は握った手をブンブンと振って喜びを露わにした。
「(西条さん、チョロい!!!)」
__________そんな言葉を飲み込みながらに。
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