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三十三話

「お、お邪魔しまーす……」


玄関の戸に手をかける。カラカラ………カラと時折詰まる音を立てながらも、戸はゆっくりと開いていった。どうやら鍵はかかっていないようである。


「うわぁ……………」


玄関は閉められていたとは言え、窓は割れ吹きさらしになっていた家の中は、ひどく荒れた状態だった。玄関でさえも砂でまみれており、いたるところにカビが繁殖している。そんな状態の空き家においても、正希は丁寧にエアシューズを向きを揃えて脱ぎ、居間へと上がって行く。


「…………ほんとに、あなたのそういう律儀なところ、尊敬するわ。お嫁さんにでもしたいわね。土足で入っても問題ない気がするけど……」

「あはは。冗談やめてよ。お婿さんにならなれるけどさ」


そう言って正希は千歳にはにかんで見せた。正希は軽口として返したつもりであったが、千歳は顔を真っ赤に紅潮させて、口をアワアワとさせて慌てだした。


「ちょ!そういうつもりで言ったんじゃないんだから!!からかわないでよ!!」

「ごめんごめん。まあ、別にからかっては無…………って!!痛い痛い!!」


正希の頬を強めに捻った千歳は、プンスカと分かりやすく怒ったそぶりを見せると、プイッと正希から顔を背けてしまった。


「………………もう、バカ。本気にしちゃうじゃない………」


顔を真っ赤にして背けると、正希にはギリギリ聞こえないほどの小さな声で、千歳はそう呟いた。


錆びれた家の間取りは3Kだった。台所には東京では今や絶滅危惧種のガスコンロと、古びた小さな冷蔵庫、炊飯器と電子レンジが所狭しと配置されている。廊下を挟むようなニつの部屋は両方和室で、い草でこしらえられた畳が敷かれていた。しかし、やはり吹きさらしであったためか、畳にはカビが繁殖し、い草自体の色も茶色く褪せていた。


「………なんか、すっごくジャパニーズレトロなかんじよね。東京にはもうこんな家ないものね……」

「ジャパニーズレトロって……………でも何処か懐かしい感じがするんだよね……何でだろう?」

「おっ………ここがあなたの家ってこともワンチャンあるわね!」


そんな会話を繰り広げながら、二人は屋内を物色していた。玄関から伸びる廊下を奥に進み、二人は最後の一部屋へ踏み入る。既に壊れかけていたドアを開けると、他の二部屋とは違い、フローリングの床が広がっていた。


十畳ほどの広さのその部屋は、恐らくはこの家の主人の書斎と思わしき部屋だった。天井まで届く高い木製の本棚には、ぎっしりと本が敷き詰められている。


その一つ一つに目を通す。評論家の本や、とある事件の手記、小説から昔話の話集に至るまで、その種類も多岐に渡っていた。ふと、ある本に目が止まった。

正希はそれを手にとって、表紙のホコリをはたいた。


「陰陽師……五行………」


平安時代に存在したという、陰陽師。それについて書かれた本だった。中身が多少気にはなったものの、やはりその本を持ち主の許可なしに触ることに多少の罪悪感を覚えたのか、正希はそっと本を棚にしまった。


「あっ!ねえねえ!見てよあれ!!多分ここの家の人の写真じゃない?家族写真かしら?」


チョンチョンと正希の肩を指でつついた千歳は、部屋の壁に掛けられていた額縁を指さした。


「……………親子三人の写真だね。ん、日付が書いてある。…………今から十七年前に撮った写真なのか………」


正希は食い入るように、千歳の指の先の額縁に近づき、まじまじと覗き込むように見つめていた。


額縁に納められていた写真に映るのは、凛々しく爽やかな若い男性と、お淑やかな雰囲気を纏う端正な顔立ちの女性、そして彼女に抱っこされた赤ん坊の三人がこの家を背後に佇んでいる様子だった。


恐らくはこの家に越してきたときにでも撮ったのだろう。二人とも新婚なのかどこがぎこちなく、抱かれた赤ん坊も泣き出しているようだった。


「正希………………」


千歳は顔をしおらしくさせて、正希を見つめていた。しかし、正希にはなぜ彼女がそんな顔をするのか不可解だった。正希は首を傾げ、頭上に『?』マークを浮かべる。


「西条さん、どうしたの?…………僕の顔に何かついてるの?」

「……………どうしたも何も、あなた泣いてるわよ?」

「えっ………」


千歳に言われ、正希は瞳を人差し指で拭った。指先には、ほんの僅かではあるが透明な雫が付着していた。彼女に言われるまで気づかないほどに、無意識に正希は涙を流していたのだ。


急に涙をこぼした正希に驚きの表情を見せた千歳だったが、写真に写る男性をまじまじと見つめると、「そういうことか」と意味ありげに頷いた。


「…………本当だ。何でだろ。おかしいね………ごめん」

「何で謝るのよ……………まあ、でも気持ちはわかる気がするわ………………」

「…………………………分かるって、何が?」


素で出た言葉だった。自分がなぜ泣いているのかも分からないのに、千歳はその理由を分かるらしい。正希は首を傾げて「どう言うこと?」と尋ねると、千歳は写真に写る男性を指差して、徐に口を開いた。


「だってこの男の人、あなたにそっくりじゃない……」

「…………………っっ!!」


写真に写る、ぎこちなくも視線を外している男性は、まるで正希が幾つか年を取ったような風貌を思わせる、正希に瓜二つな人物だった。この家の所有者が誰で、ここに誰が住んでいたのか。もはや言葉にするまでもなかった。


「この人たちが、僕の……………」


そう認識した途端、正希は堪えきれない感情が込み上げてくるものを感じた。自分を守ってくれたというその二人が、自分が毎日祈る墓に眠るその人たちが、どこがぎこちなくも暖かで、幸せそうにしている。それを見ただけで、自分の中で複雑に絡んだ糸が、スルリとほどけたような気がした。


「…………どうする?これ、持って帰る?」


千歳は正希に数歩寄ると、優しげに首をかしげた。正希はしばらく考え込んだが、首を横に振る。


「いや、いいよ。これが見れただけで充分だよ。それに、この額縁結構大きいし、任務中に実家らしきところに帰省してたなんて、他の人にバレたら示しがつかなくなるしね…………………ただ……」


正希は写真の横に掛けられていた、小さなペンダントに手をかけた。この家の持ち主であろう写真に写る男性が首に掛けているものと同じもののようだ。半径一センチ程の小さな太極図が印象的な、金属製のものだった。あまり保管状態は良くなかったのか、ペンダントを手に取った正希の手には青錆が付着していた。


「このくらいなら、持って帰っても大丈夫でしょ。ポケットに入れればバレないだろうし」


そう、小さく笑うと、正希は言葉通りに戦闘服のポケットへとペンダントをしまった。


「………そんなぞんざいに扱ったら、あなたのお父さんだって怒るんじゃないかしら?」

「まあ、そのくらいは許してくれるでしょ」


そう言って、正希は写真に写る二人に手を振り、古びた民家を後にした。


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