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三十話


官邸を後にした正希は、特別防衛庁舎の一室にて、千歳と向かい合って座っていた。始末書の提出や、六席への謝罪など、ひと通りの後処理が終わった後、監視役として同行していた千歳に「話がある」と言われたためだ。


二人が部屋に入って数分が経つ。ようやく千歳が重い口を開いた。


「何を話すかは、言わなくてもわかるわよね?」

「………………まあ、大方は」

「取り敢えず聞くわ。正希、あなたはどうして一人で九州なんかに行ったのよ。ううん、行くだけならまだしも、なんで制圧なんてしようとしたの?」

「…………それは、その……」


言葉に詰まる。千歳の顔は真剣そのものだった。答えざるを得ないとは分かっているものの、唇が鉛のように重い。


「………防衛大臣からのメッセージが届いたから。そこに、今後の軍事作戦を示唆する内容があったから………」


間髪入れず、千歳が言う。


「でしょうね。私にもそれは来たから、粗方想像がついたわ。でもそれはあくまでキッカケでしょう?なんで危険を冒してまでそんな事をしたのかって聞いてるのよ。私が来なかったら、あなた死んでたわよ、多分」

「うん…………それは、間違いなく」


徐々に目の前の少女の顔が強張って行くのが分かった。相当に怒っている。そう直感していた正希は、彼女から目線を一ミリたりともそらさなかった。


「んで、なんで?」


さらに追求が続く。流石にお茶を濁すわけにはいかない正希は、覚悟を決めて答えた。


「…………また、作戦が実行されたら、仲間が死ぬかもしれないと思ったから。もう誰も死ぬのは見たくなかった。だから、その可能性を少しでも排除しようと思って。戦うのは僕一人で良いと思った。………それに、多分、自暴自棄だったこともある」


「………なるほどね。つまりは、私たちを戦わせないためにやったんだ。ふーん。まあ、それも分かってたけど。私たちが死なないように、ねぇ?…………まあ、結局は私をその危険に晒したわけだけど。それにあなたが死んだら、私達はどうせ戦わなくちゃいけなくなるし、戦力が減って大迷惑なんだけど?」


かなり皮肉を込めた、辛辣な言い方だ。語気もかなり強く、千歳は睨みつけるように正希を見ていた。そんな彼女の怒りを、正希はその身に重く受け止める。反論する権利も無い。


「それは……ごめん。全くその通り……だと思う。かなり短絡的な考えだったと思うし、それに、結果的には君に迷惑をかけた。けど……………」

「けど、何よ?」

「どうして、西条さんは僕を助けに来たの?完全に僕の自業自得だし………」

「…………………」


千歳は目を見開き、驚愕の表情をみせた。


「……………二回目だけど、あんた本気で言ってるの?」


「……………少なくとも、冗談では言っていない。僕はもう、誰かが死ぬのは見たくない。特に、君には…………出来れば君には危険を冒してほしくなかった。結界を逐一張ってたから、結果的に奴らは追って来なくて良かったけど………二十万の大群があのまま深追いしてたら、さすがに君だって危なかっただろうし。それに、例え君が来なかったとしても、僕は君たちを戦わせないために死ねるのなら、本望だった」


「…………………………」


 絶句。彼が口にした言葉が信じられずに、頭の中で何度も復唱する。

 しかし、いくら復唱したところで、彼のした発言は変わりはしない。

それを真顔で言った正希に、千歳は今までに無い怒りを覚えた。激しく、怒りがマグマのように湧き出してくる。千歳は無意識のうちにテーブルを強く叩いていた。


__________バンッッ!!!!!


テーブルを叩く音が、二人だけの室内に轟いていく。怒りが頂点に達し、プツリと千歳の堪忍袋の尾が切れた。


「馬っ鹿じゃ無いの!?あんたそれを本気で言ってるの!?言ってるのよね!!!あんた本当になんなの!!!!頭おかしいんじゃ無いの!!??正気!?こんの大馬鹿者!!!私をなんだと思ってるのよ!!!!何が君たちを戦わせないために死ねたら本望よ!!!私達は特化班よ!!!戦うためにここにいるのよ!!!なんでそんなことも分からないのよ!!!」


千歳は怒りのあまりテーブルに乗り出して、正希の胸ぐらを掴んでいた。正希は成されるがまま、無抵抗に体の力を抜いていた。


「それは分かってる。けど、僕はもう誰かが死ぬのは見たく無い………多分、また、しばらく時間が経ったら同じことをするかもしれないし、これからは君たちを出来るだけ戦わせないために、僕は前戦に出続ける。だからお願い。君たちは、君はもう、戦わないで________」


________________ビシッ!!!!


強烈な音と共に、正希の頬には激しい痛みが走っていた。と同時に、息を乱し、顔を真っ赤にさせた千歳の手にも、ヒリヒリと痛みが走っている。

千歳は胸ぐらを掴んだ手をパッと離すと、一転、ヒクッ、ヒクッと小さく嗚咽し、力なくテーブルに倒れこんでしまった。


「…………う、ゔゔ……どうしてよ。どうしてあなたは分からないのよ!!!どうしてあなたは分かってくれないの!!」

「分かるって……………何を……………」


痛む頬を抑えながら、正希は泣き崩れる千歳を見下ろした。


「なにって………そりゃ、あなたが私達に死んでほしく無いって思っているように、私達もあなたに死んでほしく無いって思ってるってことよ!!!!!」

「______________ッッ!!!!」


千歳は嗚咽を繰り返し、声を震わせる。


「わた………しは………私はね………あなたに一番死んでほしく無いのよ!!!なんで助けに来たかって!?そりゃ、あなたに死んでほしく無いからな決まってるじゃない!!!大好きなあなたに、死んでほしくないのよ!!!私だって嫌なの。もう人が死ぬのは見たくないの!!……なのに、なんであなたは自分を犠牲にしようとするの………?どうして自分は死のうとするの?…………………どうして自分は死んでいいと思うの!!!」

「……………………………」


言葉が出ない。しかし、言葉の代わりに、正希の頬を、一滴の雫が滴り落ちていた。


「…………私だってあなたが死んだら嫌よ!!……なのに、なんであなたは……自分が誰かにとっての……死んでほしくない人だって気づかないの?………ねえ?どうして!!!………なんであなたは自分を犠牲にしようとしたの!!!死んで本望なんて言わないでよ………あなただって分かるでしょ?前任の第一席も、渡さんも死んで、あなたにだって残された人の気持ちくらいは分かるはずよ!!!……………なのに、なんで死ぬっていうのよ!!!!」


千歳の嗚咽が止まらない。何度も何度も息を詰まらせては、声を上げ、噎び、止めどない涙をこぼす。そんな彼女の様子を見て、正希はようやくにして、自分が行ったことの愚かさを悔いた。


自分が大切に思うように、自分を大切に思ってくれる人がいる。自分が死んでほしくないと思うように、自分に死んでほしくないと思う人がいる。そんな当たり前のことに、千歳に言われるまで気づけなかった自分の愚かさと、そして未熟さを呪った。


一滴、また一滴と涙をこぼしながら、正希は千歳の横で、彼女の背中を優しくさすり、そして「ごめん、本当にごめん」と何度も何度も謝罪の言葉を口にする。


「こんのばかぁああ!!!!」


千歳は叫び、正希の胸元へと抱きついた。勢いのあまり、二人は床に倒れてしまう。しかし、千歳はさらに抱きしめる力を強める。


「………ごめん。西条さん。当たり前のことに、僕は………」

「ばかぁああ!!!!ばかぁああ!!!!………遅いのよお!!!ばかぁああ!!!!…………………………………もう絶対に、あんなことはしないでよっ…………………………」

「うん…………………………………」


____________二人だけの一室には、千歳が嗚咽する声と、彼女を抱きしめる正希の吐息の音だけが鳴り響いていた。


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