二十七話
アグリメントにより視界に映し出された時刻を見ると、既に午後三時半を回っていた。
正希は上空約百メートル地点にて、久方ぶりの(といっても記憶はない)九州の大陸を見下ろしていた。
言うまでもなく、ここは現在アンノーンの支配領域である。そんな土地に、正希が足を踏みいれようとする理由はただ一つ。
「やっと来たか……………」
侵入者に気づいたブロンズの人型生命体が、空を飛んで近づいてくる。正希は瞬時に大量の金時雨を再生し、今にも侵入者を排除しようとするアンノーンへと向かって解き放った。
甲高い金属音が響き渡る。
金の時雨に串刺しにされ、絶命したアンノーンは、重力に引かれて地上へと落下していった。
「ざっと見ただけでこの場で二万。多分、九州全体で見たら四十万ってところかな……」
耳に木霊す金属音には気にも留めず、正希はただ時雨を次から次へと再生し、アンノーンに向けて放っていった。
____________彼が忌引きにも関わらず、六席の目を忍んでまでスカイツリーへと赴いた理由はこれだ。
一言で言うならば、九州地方の奪還、ないしアンノーンの殲滅だ。それを任務でもなく、個人的に正希は行なっているのだ。
本子からの遺書を受け取った次の日、正希に一通のメッセージが届いた。内容は、今後の領土奪還作戦に関するものであった。『国民のうねりを止められなく、申し訳なく思う』。差出人たる首相は、真っ先にそう、何度目かもわからない謝罪の言葉を述べていた。
特化班第六席が殉死した前回の作戦の概要と結果は、既に国民に公表されている。当然のことながら、六席の犠牲者が出た限り、今後は軍事作戦に慎重になる世論が高まると、そう首相は踏んでいた。
しかし、実際の世論は彼の予想をまたしても裏切るものだった。各メディアの世論調査によると、『今回の犠牲者を出した奪還作戦について』という問いに、実に九十五パーセントもの国民が、『大変良かった』と回答したとのことだ。
さらには、とあるコメンテイターが『六席一人の死で四国を奪還できたならば、むしろ代償は軽い方だ』と発言したことをきっかけに、再び軍事作戦の請願の署名活動が盛り上がりを見せているようで、それに応じてか、首相はメッセージ内で、次の軍事作戦の計画の存在を示唆していた。そして、何度も何度も自らの頭を下げ、謝罪を繰り返していた。
『……………もう君みたいな犠牲者は出さない。僕の大切なものは、必ず守り抜く』
そう愛する人の墓前で誓った正希が、首相からのメッセージを見て考えた事は、至ってシンプルなものだった。
「………………どうせ作戦が実行させるなら、せめて犠牲者が出ないように、戦うのは僕だけでいい」
誰が聞いているわけでもない。独り言のように呟いた正希は、自分に向かって進んでくるアンノーンに向かって冷徹な視線を送る。
「………………お前らさえいなければ、楓さんもモトも死ぬ事は無かったんだっ………!!!!」
串刺しにされたアンノーン達は、悲鳴をあげ、もがき苦しみ、そして息絶えていく。
余りにも一方的で、暴力的な虐殺行為。もはや、正希にはアンノーンは害虫にしか見えていない。取り払うべき、殺すべき、抹消すべき、邪魔な存在。否、ただの害虫以上に疎ましく、不快な存在。
例えるならば、親を殺した仇のような、そんな生きているだけで自分を苦しめ、不快にさせ、正に『邪魔』でしかない存在。
目の前で生き絶えていく生命体を余所に、正希はアンノーンの群れへと向かって金時雨と共に飛び込んでいった。
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____________やがて日が暮れる。
時刻は夜七時前を回ったところだ。正希は今、旧北九州の上空を飛行している。彼の軌跡には、アンノーンの死体の山が形成されている。数時間と戦いに明け暮れた正希の体は、とうに限界を迎えていた。
一度の攻撃で数百数千とアンノーンを抹殺する金時雨。それによる金の過剰生成からくる神経の衰弱と体力消耗、肉体自壊。そして時雨の脅威から逃れたアンノーンによる直接攻撃が彼の体を痛みつけていた。
「……………まあ、流石にここまでやれば、奪還作戦はなくなるでしょう……」
正希の体にはニ十を超える切り傷が刻まれており、骨折箇所も複数にわたっていた。
__________戦闘もここまでだ。
そう区切りをつけた正希は、新たに結界を生成しようと、結界の媒体となる杭を地面へと打ち付け、金の粒子を生成した。
占領地の証となる結界を形成し、再び飛行して、東の方角を見つめた。
直線距離にして、東京まで約千キロ。
幸いなことに、簡易食料は携帯しており、エアシューズの動力源もスペアが効く状況だ。正直独りで四十万もの大群を殺せるとは思っていなかったものの、九州地方をほぼ制圧出来たことに、正希はほっと胸を撫で下ろしていた。
「………多分、始末書くらいは書かないといけないかなぁ。明確な規則違反だし………流石に戦力的にクビは無いけど、減給か降格くらいは覚悟しとかないと……」
息を切らしながらに、憂鬱な未来にため息を漏らした。しかし、少なくともこれで彼の彼なりの『守る』ことは実現したし、新たな死者を生む必要性が無くなったと言っても過言では無い。
当然のことながら、後悔の感情は正希の中には全く無い。かと言って満足したわけでも無いが、取り敢えずひと仕事を終えた正希は、帰路につくためにエアシューズの移動モードを起動した。
__________その瞬間だった。
「…………………!!!!!」
視界に映る、一定範囲内のアンノーンの総数を表す表示が、『0』から一気に跳ね上がり始めた。
一転、絶望が正希を包み込む。
____________その刹那、正希は北北東の方角に圧倒的大多数の存在感を感じた。
自分に向けられる数万の、否、数十万の殺気に、正希は思わず身震いする。『0』からどんどん増え続けた数字は、『19.5万』に達した地点でようやく止まった。
「…………………………………」
言葉が出ない。しかし、戦闘慣れした体は無意識のうちに動いていた。直ちに金の粒子を練り始める。金の粒子は形を変え、千本の金時雨を形成する。
「…………………グハッ!!ゲホッ!!」
酷く、全身に痛みが走る。体が、これ以上の粒子の生成を拒否しているのだ。咳を抑えるために口を塞いだ手にはべっとりと鮮血が付着していた。体が、限界を越えていることを訴えている。しかし、正希は北北東に前進する。
「何処までもつかな………」
二十万という大群に目星を付けられた限界状態の正希に、もはや逃げるという選択肢はない。
今まで何百万という仲間を葬ってきた敵の頭が、ほぼ戦闘不能な様子で目の前に佇んでいる。
例え意思疎通ができない低等なアンノーン達のことでも、彼らが考えていることを、正希ははっきりと理解していた。自分がアンノーンの立場なら、確実に自分を殺しに来る、と。
「………………モト。君のところに行くのも、案外早くなりそうだね」
天に向かってそう言葉を漏らして、正希はエアシューズのギアを限界にまで引き上げた。満身創痍の少年の後ろを、千本の金時雨は追従していった。
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