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二十五話

____________家に帰った正希は、夕食を軽く済ませると、ソファーに座り便箋を前に考え事をしていた。


「……………これは読むべきだろうか?……絶対また泣いちゃうよなぁ………でもなぁ……」


せっかく本子が書いてくれたのだから、自分には読む義務はある。内容が気になってはいるものの、正希は便箋の封を切る勇気が出ずにいた。


「いや、でもまあ………最後にモトが書いてくれたんだよな……」


そう思うと、開けざるを得ない。正希は慎重に便箋の封を切ると、中身を取り出した。三枚の手紙だった。丁寧で女の子らしい丸文字で、文章が綴られている。一枚目の頭に目を通す。


『大好きな正くんへ』


手紙はその言葉から始まっていた。


『大好きな正くんへ。えっと、正くんのお姉ちゃんこと、渡本子です。……って、自己紹介するのもなんか変だね。』


「……手紙で自己紹介するなんて、履歴書じゃあるまいし……」


正希は小さく微笑んだ。少し天然な、彼女らしい始まり方だった。


『えっと、それじゃあまず、お姉ちゃんとして弟の正くんに言わないといけないことがあります。正くん、せっかく千歳ちゃんが正くんの為にご飯振舞ってあげようとしたのに、嫌味言って結局自分で作ったんだってね?まあ、確かに機械でご飯作るのはダメだけど、そんなんじゃ女の子に嫌われちゃうよ?』


「……………なんでそんなことまで知ってるのさ………まあ、西条さんが言ったのか………」


手紙は続く。


『さて、それはそうと………なんでこんな手紙を書いたのかをまず言わないとだね。えっと、署名の話は知ってるよね?不拡大方針に反対する請願の。うーんとね、上手くは言えないんだけど、なんかこの先自分の命は長く無い気がしたから、今のうちに遺書を書いておこうと思いまして………ってことなんで、多分、これを読んでるってことは、私は死んじゃったんだってことだから、それ前提で話を進めるね。ちょっと長いけど、私の遺書にお付き合いください!』


「…………そっか。だから孤児院の院長に渡したのか……僕が挨拶に行くってわかってて………」


「敵わないなぁ」。そんな表情で、正希は手紙に目を戻す。


『んーと。なにから話そうかなぁ。そうだなぁ、私死んでるからなぁ。思い切って言っちゃおうかなぁ。うん!決めた。言うね!!私、ぶっちゃけ正くんのこと大好きなの!!勿論家族的な意味でもだけど、結婚したいの方の意味で……』

「………………………………」


もし、これが彼女が生きていた時に目を通していたのならば、正希は顔を真っ赤に染めていただろう。しかし、彼女がいない今、正反対にも正希の瞳からは悲しみの涙が溢れていた。


『って、まあ。最近正くん千歳ちゃんと仲良いから、私じゃ無理かなぁ……。嫉妬しちゃうなぁ。義理の姉って、なんか萌えない?私にも可能性があるんじゃない?うん!あるかも。ねぇ正くん!!お姉ちゃんと付き合って!!』


手紙を持つ手が震える。涙で手紙が濡れ、文字が滲み出していた。


「………………………遅いよ、モト。僕、返事も言えないじゃん……」


手紙は続く。


『とまあ、私の正くんへの思いを伝えたところで。次は正くんのいいところを言っていこうコーナーに移りたいと思います!』


「……………なんだそれ……変なの」


涙ながらに微笑が漏れる。


『えーっと。優しいところ。強いところ。かっこいいところ。うーん。もう面倒くさいから全部!!私はね、正くん。その全部が大好きだよ!!』


「……………………面倒くさくなっただけなくせに」


部屋の中に誰がいるわけでもない。しかし、手紙を読んでいる正希を見ているであろう向こうの世界の本子に向けて拗ねてみせる。


『でもまあ、繰り返すようだけど、これを読んでるってことは私は死んでるのか。なら、もっと有益な言葉でも残さないとなぁ。なにがあるかなぁ。うーんと……健康には気をつけて。それと、一日ちゃんと三食食べないとダメだよ?夜抜く癖があるでしょ?エネルギーはちゃんと取らないとダメだからね!そうそう、それと、お風呂は絶対に五分以上は浸かること。じゃないと疲れは取れないんだから。えーっとね、それとたまには美味しいものを食べに行くこと。自分へのご褒美もちゃんとあげなきゃダメだよ?あ、ちゃんとその時は私も誘ってね?………って、死んでるのか、私(笑)。うーんと、そうだ!厚かましいくてめんどくさそうだけど、お願いがあるの!!私の命日だけでいいからさ!コスモスの花を供えてほしいな。アレ、正くんと初めてお外で遊んだ時、孤児院の庭に咲いてたんだよね。それから好きになったの!お願いできるかな?』


「…………………毎日でも、持って行くよ」


涙が一つ、また一つと便箋に滴り落ちて行く。


『さて、それじゃあお姉ちゃんの助言の続きを言おうかしらね。えっと、そうだね………ゴミはちゃんと分別しなきゃダメだからね?それと、お茶碗は溜めないようにしないとだよ?後から面倒になるのがオチなんだから。それから………』


それから、本子による『お姉ちゃんの助言』は十七個続いた。「流石に多いなぁ」と声を漏らしながら、正希はその一つ一つを確実に記憶に刻んでいく。


『………っと、お姉ちゃんの助言は以上。さて、もうそろそろ最後だね。って言っても、書くことがありすぎで困るので、一番言いたい言葉をまた言おうと思います。正くん。私は君のことが大好きです。弟としても、一人の男性としても。それはこれまでも、そして死んじゃったこれからも変わりません。あの世でも、変な男に引っかからずに、正くんのことを待っておこうと思います。』


涙が溢れ出す。溢れても溢れても、決して枯れることのない涙は、正希の頬を伝って手紙へと落ちて行く。涙の水分により湿った手紙は、まるで本子が正希の思いを受け取めているようだった。


『最後に。正くん。こんなお姉ちゃんと、一緒に育ってくれてありがとう。遊んでくれてありがとう。私が泣いていた時に、いつもそばにいてくれてありがとう。わたしが失敗した時に、励ましてくれてありがとう。そして、好きでいさせてくれてありがとう。愛してくれてありがとう。』


手紙は、こう締めくくられていた。


『正くんのことが世界で一番誰よりも大大大大大好きな、正くんのただ一人のお姉ちゃんこと、渡本子より』



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