二十四話
翌日、特別に、家族の死ということで七日間の忌引きをもらった正希は、自分と本子が育った孤児院に赴いていた。目的は、彼女の葬式に来てくれた孤児院の職員達へのお礼回りだ。
休日だったこともあり、対応してくれるのかいささか不安であった正希だったが、玄関にて出迎えてくれた院長の厚意もあって、施設内を見学させてもらう事になった。
彼と本子が育った孤児院には、二人が独り立ちして八年経った現在でも、昔と何一つ変わるところはなかった。一通り見学を終えた正希は、「このまま帰るのもなんだから」と、院長室に呼ばれていた。応対室のソファーに腰掛けた正希は、院長が用意してくれたお茶を一口すすった。
「………………まさか、こんなに早いなんてねぇ…」
「………………僕も、そう思います」
何が、とはあえて言う必要はない。正希は小さく頷く。
「あなたたちが独り立ちした後もね、本子ちゃんは逐一施設に報告に来てくれたのよ?『正くんはちゃんと仕事頑張ってますよ』だとか、『正くんに好きな人ができたみたいですよ』とか。まるで自分のことのように嬉しそうに話してたのよ?ほーんと、あなた達は仲の良い姉弟みたいだったものね……」
「へぇ………そんなことが。昔はよかったですもんね……」
「ええ、本当に………あなた達の笑顔を見るのが、私たちにとっては何よりの至福でしたから……」
他愛無い会話が続く。思い出話が、正希の喪失感をを誤魔化してくれるようだった。しかし、それも話が終われば泡沫と消えていく。目の前には、『モトはもういない』という現実が、残酷にも佇んでいた。再び涙が溢れそうになった正希は、徐に立ち上がった。
「……………それじゃ、僕はこの辺で。また、近いうちに来ますね」
「…………あらっ!……もうこんな時間。そうね……楽しみに待ってるわ」
時間は時計の二時を回ったところだ。『もうこんな時間』と言う言葉はいたって不自然だ。しかし、それは正希の瞳が潤んでいる事に気づいた、院長の計らいだった。
正希が院長室の扉に手をかけようとした時、院長は何かを思い出したようにポンと軽く手をたたいた。
「そうそう…………貴方に渡しておかないといけないものがあるのよ」
院長は自らの執務机の引き出しを開けて、一通の封筒を取り出した。正希はそれを両手で丁寧に受け取った。差出人の名前は記載されておらず、封もしっかりとなされている。しかし、感触で複数枚の封筒が入っていることが確認できた。
「不思議なこともあるものよねぇ………本子ちゃん、なくなる数日前にここに来たのよ。『これ、正くんが来た時に渡してほしい』ってね。直接渡せばいいじゃないって言ったんだけど、顔を真っ赤にして恥ずかしいからの一点張りだったわ……」
「そうですか…………ありがとうございます」
数日前。それは正希が本子と喫茶店にて会った時期と重なる。不思議なこともあるもんだと思った正希は、それを大切にバックへとしまった。
「それじゃ、院長。僕はこの辺りで。………ご自愛くださいね」
「ええ………正くんも大変な時期だとは思うけど、頑張ってちょうだいね」
院長に小さく手を振ると、正希は孤児院を後にした。
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