二十三話
____________六月十六日。
板橋区の斎場にて、特化班第六席、渡本子の葬式が執り行われた。孤児院で育った彼女には、血の繋がった家族はいない。よって、喪主は彼女と一番長い時間を過ごした正希が務めることとなった。参列者は、特化班の関係者と政府高官のみで、式は非常に厳かに慎ましく行われた。
正希にとって、葬式は約二年ぶりの経験であった。最後に参列したのは、正希の前任の第一席が殉死した時だ。
かつては作戦の度に人が死に、その度に正希は葬式に参列していた。すでに参列した式は六十を越えている。
____________場数を踏んでいるはずだ。もう慣れているだろう?
そう自分に言い聞かせるも、涙が枯れることはない。涙腺が言うことを聞いてくれなかったのは、これで二回目だ。しかも、二回続いて起き、そして前回以上に涙は止まる気配がない。
出棺の前に、最後の別れということで、棺の蓋が開けられた。腹を抉られたにも関わらず、彼女の死に顔はいたって穏やかで、微笑んでいるようにさえ思えた。彼女の周りには、次々に花が手向けられていった。
彩り豊かな花の香りが、彼女を包み込むようだった。最後に正希が一輪のコスモスの花を手向ける。冷たく固まってしまった本子の頬を撫で、嗚咽をこらえ、小さく声を漏らす。
「………………ありがとう。モト。ちょっと長くなりそうだけど、向こうで待っててね」
棺に蓋が被せられる。本子が眠る棺は火葬場へと運ばれて、次に正希が本子を見た時には、彼女は遺骨と化していた。彼女の灰を、その一粒まで綺麗に集め、骨壷へとそっと入れる。
その後の骨の扱いは、正希に一任される事になった。
数日後、 正希は渋谷の両親の墓の隣に、もう一つ、両親のそれと同じ広さの土地を買い、墓を建てた。石碑に刻むのは『渡本子』の文字だ。
彼女の遺骨を墓にしまい、彼女が好きだったコスモスの花を献花する。じっと手を合わせ、彼女の冥福を祈る。続いて両親の前で手を合わせる。
「………………お母さん、お父さん………僕、また守れなかった。本当に自分が不甲斐ないよ……」
墓から声が返って来ることはない。しかし、感情の起伏に耐えきれなくなった正希は、通行人の目を気にすることなく、大粒の涙を流した。自らの力不足を悔い、恨む。
それから数分経った後、おもむろに立ち上がり、再び本子の墓石の前に立った。墓石を優しく撫で、
「……………もう君みたいな犠牲者は出さない。僕の大切なものは、必ず守り抜くよ」
そう強く決意し、正希はその場を去っていった。
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