二十一話
________視線の先に、圧倒的な存在感を感じる。間違いなく、それは自分達を『殺しに』来ている。幾千の戦場を経験した彼女のカンが、そう告げていた。
「………………しかも、早いっ!!」
本子の視線の先は近畿方面だ。例え無線が遮断され、的確な情報が掴めなくとも、彼女は明確に『敵』の存在を認知していた。圧倒的殺意。圧倒的存在感。特化班が作り上げた四国においての『優勢』が、瞬く間に崩壊してしまうのを、本子は確信せざるを得なかった。
「……………一体じゃない。いや、ここに来てるのは一体………なのかしら?」
圧倒的存在感に見え隠れしているが、特化班に近づいて来ている存在は一つではない。残り二つの存在は、自分ではない六席の方向へと分かれて向かっている。最高戦力の二人もいないこの状況は非常にマズイ。分かってはいるものの、空を浮遊する本子の足は小刻みに震えていた。
まるで、死神が大鎌を自分の首に当てている感覚。それほどに、死が近づいている。
やっとの思いで硬直を解いた彼女は、すぐさま絶対安全圏へと向かう________わけではなく、その圧倒的脅威に自ら飛行して向かっていた。
再び、彼女の直感が告げる。
____________こいつを絶対安全圏に近づけてはならない。一分一秒でも長く食い止めなければ、特化班全員の命が危ない。
『自らの死』以上に最悪な結果への恐怖が、彼女を駆り立てていた。飛行すること一分と数十秒。本子はエアシューズよる高速移動を止めた。視界にその『圧倒的存在感』を捉えた。
『……………お前が六席の一員か?』
「驚いたわね…………あなた、喋れるのね」
本子の数メートル先。まるで好青年をブロンズでコーティングしたような『生命体』が、徐に口を開いた。
普段、彼ら特化班が討伐する下中等アンノーンは、見た目こそ人間に近いとはいえ、言語を話せる個体はいない。研究機関によると、特殊な波を発生させてテレパシーを送っているようなのだが、未だにその解析には至ってはいない。
しかし、本子の目の前の個体はその限りではなかった。彼女に伝わってくるテレパシーの言語は、日本語である。
『お前達の言語システムを理解してなければ、諸国と条約を結ぶことなどできはしないからな』
「………………………そう」
あくまで動揺を見せないように、冷静に振る舞う。しかし、アンノーンを目の前にした本子は、足がすくみ今にも気を失いそうなほどに、圧倒的な死の恐怖と戦っていた。その恐怖に抗うように、口調を強める。
「んで、貴方は何故出て来たの?」
『………お前達の侵略を止めるためだ』
「侵略って………よく言うわね。自分たちの事は棚に上げて……」
『侵略』。その言葉によって、本子の怒りは爆発寸前まで引き上げられた。十六年前、日本を占領したのは間違いなく彼らアンノーンである。両親を奪われ、故郷を奪われ、普通の人間としての生活を奪われた彼女が、それを取り戻そうとすることを超高等アンノーンは『侵略』と表現した。そのことが、何より本子には許せなかった。
死の恐怖よりも、怒りが上回った瞬間だった。本子は即座に粒子を練り始めた。瞬く間に、おびたしい数の炎の矢が生成されていく。彼女がアンノーンの前で見せる、初めての本気だ。数秒と経たないうちに、万を越える数の矢が超高等アンノーンを取り囲んだ。
「__________喰らいなさいっ!!!」
本子の言葉を合図に、炎矢がアンノーンに襲いかかる。目的に命中した炎矢は、次々に爆発を繰り返していった。爆発が爆発を生み、共鳴し、増幅していく。本子が今放てる最高の攻撃だ。爆炎と爆発は、約三十秒間途切れる事なく続いた。
「…………………はぁ、はぁ、はぁ」
息が荒くなる。心臓の鼓動が倍速にまで加速する。それもそのはずだ。本子は、普段の作戦全体で生成する数の数倍の矢を、一度にして、それも一瞬で作り上げたのだ。攻撃の反動で、飛行するのさえもままならないほどの疲労感が彼女を襲っていた。
炎が消え、煙がハケていく。しかし、本子が目にした光景は、まさに『目を疑う』ものだった。
『…………………ほお、特化班とやらの最高戦力の攻撃もこの程度か?』
「…………うそ…………でしょ………」
本子の眼前の生命体は、何事もなかったかのようにそう言い放った。あれだけの爆発にも関わらず、アンノーンの身体には『傷』と呼ぶべきものが一つとして存在していなかったのだ。恐怖心が怒りを上回った瞬間であった。
____________刹那、本子は自らの腹部に違和感を感じた。
自らの体を何か異物が貫ぬいた感覚。本子の視界からはアンノーンの姿は消えていた。
「……………………ぐふっ………ゔっ……」
違和感の元凶に視界を向ける。本子の腹部から、何やら血で染まったブロンズの腕らしきモノが突き出ていた。それを認識した瞬間、まるで遅れてやって来たように、本子に激しい痛みが襲いかかった。
『……………久々の感覚だ。人間は実に柔らかい』
「____________ッッ!!!!」
異物が抜けた。しかし、彼女違和感は消えはしない。もっと言うならば、それは別種の違和感であった。まるで、自分の体に空間ができたような、そんな感覚。本子は自分に何が起こったのか、ようやくにして理解した。
「…………………………………」
自分は腹部を貫かれたんだと、そう認識した瞬間から、本子の意識は徐々に遠のいていた。
怖い。怖い。全てが怖い。恐らくは自分の背後にいるであろう、圧倒的存在が怖い。血が怖い。痛みが怖い。死が怖い。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ………………………
『次で最後だ。今度は首を切り離す』
アンノーンの腕が、本子の首に迫ってくる。『死』が彼女を襲いかかる。
____________怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い………
朧げな意識の中、『死』を認識した中、『生』を諦めた中、本子は涙をこぼし、無意識に叫んでいた。
「………………正くんっ!!まさ……くんっっ……………………!!!!」
剣状に変形したアンノーンの腕が、本子の首数センチにまで迫った、その瞬間であった。
『…………………………ッッ!!!』
カーーン!!と甲高い金属音と衝撃が走った直後、本子の肩と背中と腿に、人肌の温かさが走った。