第二話
______________西暦二千四十七年五月五日。東京都墨田区、スカイツリーを庁舎とする、『特別防衛庁』本部では、耳を覆いたくなるほどの大きな警告音が鳴り響いていた。
『緊急事態発生。緊急事態発生。只今神奈川県境の結界が、アンノーンによって破られたもよう。被害状況は縦四方に五十メートル。敵対アンノーン数約五十万。各隊司令官及び防衛大臣は、すぐさま対策本部にご集合ください。繰り返します。緊急事態発生……』
何遍何遍も繰り返される警告音に辟易しながら、白髪碧眼の少年は、スカイツリー内部を駆けていた。
「ああっ!!もう……どうしてこう休暇日に攻めてくるのさ!!折角ゆっくりできるの思ったのに!!!」
そう愚痴を漏らしながらに走る少年は、通称『特化班』第一席にて第一部隊隊長の綾本正希である。決して小さいとは言い難いその身体で、あたふたと駆け回る職員たちを身軽にも躱しながら、対策本部へと向かって行く。
普段は口数も少なく、感情を表に出すタイプではない彼であるが、今日ばかりは歯ぎしりをするほどに気性が荒くなっていた。
それもそのはずである。ここのところ、毎日のように地球外生命体(地球に少なくとも十六年は住んでいるはずなので、もはやそうは言い難い)であるアンノーンが攻撃を仕掛けているのだ。
昨日も、僅かに出来た結界の亀裂から侵入したアンノーン数百体を葬るために、新潟へと向かう羽目になったのだ。こう連日戦闘に明け暮れていれば、多少の余裕が無くなる事も無理はない。しかも二日続けて休日出勤である。かつての日本ならば、若干十七歳の彼が二週間も休みなしで出勤しているこの状況は、労働基準法違反もいいところだ。しかし、緊急事態宣言が十六年と続く現日本では、国家公務員の勤務状況はすこぶる劣悪なものだ。
そんな政府の犬として体を酷使している自分を嘲笑うかごとく鼻を鳴らした正希は、即座に顔認証システムにより開いた自動ドアを通り抜け、目の前に現れたテーブルへと手をついた。
「はぁ……はぁ……綾本正希、只今到着しました………」
「遅いわよ正希!!あなた以外みんな席に着いてるわよ!!早く座りなさいよ!!あと、いかにも急いで来ました感を出さないの!!」
本部に着くなり彼を叱責した金髪少女は特化班第二席にて第一部隊副隊長、西条院千歳である。正希よりも一つ年下であるものの、男勝りな性格で、席次と年が一つ上である彼に対しても気劣りする気配は全くない。見事なまでの指摘を受けて、正希はケロッと平静に戻った。
「まあまあ、千歳ちゃん。正くんだって休日出勤で来たんだから、そこまで怒らなくてもいいじゃない」
「もう……渡さんはいつも正希に甘いんだから……」
プンスカと怒る少女をなだめるのは、第六席にて第三部隊副隊長の渡本子である。彼女はショートカットの黒髪を耳にかき分け、遅れて来た少年へと優しげな眼差しを送った。
「えー、コホン。みなさんお静かに。先ほど先発した第二部隊から連絡がありました。放送でもあったように、敵数三十万だそうです。さすがに一部隊では対応は難しいとのことなので、すぐさま第一、第三部隊の正副隊長は神奈川に出動せよと秋ノ丘首相兼防衛大臣から指示がありました。何か異論はありますか?」
第四席兼第三部隊隊長の鍋城大造は、行政命令書と書かれた証書三枚を、他の三人に渡す。ざっと証書に目を通した少年少女は、ほぼ同時に首を縦に振った。
「「「了解!!!」」」
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