十八話
___________六席会議から二日後の六月十四日。
正希は『四国奪還作戦』の参謀本部がある、スカイツリー内の一室にいた。隣には、共に待機命令が下されている千歳が佇んでいる。正希は眼前に映るモニターを眺めながら、落ち置かない様子で腕組みをしていた。
「______________はぁ、まあ、分かったけど。結局は実行に移されるんだね、コレ」
苛立ちを抑えるかのように、正希は足を小刻みに揺らしていた。
「まあ、気持ちはわかるけど……………正希、貧乏ゆすりうるさいわよ?それ癖だったっけ?」
「ん!いや…………自分でも今びっくりした」
千歳の言葉で自分の行動に気づいた正希は、驚いたように自分の足を見た。足が無意識のうちに小刻みに揺れている。さすがに印象が良くないと思い、正希は意識的に足をピンと伸ばした。
「………………まあ、今の所、善戦しているようだからいいんだけど…………四国にはアンノーンが五十万かぁ………」
「やっぱり、心配?」
「そりゃあ、まあ………」
モニターに映る限りは、六席の四人を始め、特化班は順調にアンノーンを倒しながら、領土を広げているようだった。高知から上陸して、現在特化班は高知の約半分を制圧している。誰が見ても順調そのものであったが、正希の中には未だモヤモヤとした不安がくすぶっていた。
「………………ねぇ、確か新しくできた東海の結界は、西条さんがメインの担当だよね?何か異常はある?例えば、大きな存在感が近づいている……とか」
「ううん、今のところは………」
「高等か、超高等アンノーンは感知できる?」
「少なくとも結界から百キロ圏内には、あったとしても微々たるモノだけ…………レーダーにも映ってないし…………………」
「なるほどね。今回も奴らが来なければいいけど………」
正希の中のモヤモヤとした不安。実は、根拠が全くないわけではない。その大きな要因は、高等、もしくは超高等アンノーンの存在だ。
というのも、この作戦のミソは、大阪に居る(とGPSで確認済みの)高等アンノーン二体と、超高等アンノーン一体が前線に来るまでに、結界を張れるかどうかなのだ。
前回の作戦は六席全員が前戦に出たために、例えその三体が出現したとしても、特化班を加えればなんとか撃退できる可能性があったのだが、今回は一席の正希と二席の千歳が抜けている。実質的戦力は、前回の作戦の二分の一と言っても過言ではない。
現状特化班側が押してはいるが、高等アンノーンが二体、もしくは超高等アンノーンが一体出てきた時点で、形勢は逆転する。もしそうなった場合は、二年前の二の舞になる事が想定される。現時点では、GPSで確認できた限り、三体が近畿圏外に出た形跡はない。この作戦は、奴らが前戦に出るか否かの大胆な賭けでもあるのだ。
「……………東海と北陸が奪われて、なお四国までみすみすと奪われる奴らでもないだろうけど、高等アンノーンが二体出て来るとは考え難い。でも………」
思考をすればするほど、正希の不安は増幅していく。(仮にも)東京待機命令が出ている彼がどれだけ思考したところで意味はないのだが、増幅する不安に対し、それを潰すほどの圧倒的根拠がない限りは、正希の思考は止まりはしない。
「……………これまで、地球に一体しかいない超高等アンノーンは動きは見せていないけど、動かない明白な根拠は存在しないし、いつ奴らが動いても何ら不思議ではないんだけど…………」
正希は再びモニターに目をやった。ハルカも鍋城も本子も橋代路も、アンノーンを順調に殲滅し続けている。こちらの犠牲者数はゼロ。しかし、そんな様子を再見してもなお、彼の虫の知らせはおさまらない。
おさまらないのならば、自らの直感に従わざるを得ない。待機せねばと理性では分かってはいるものの、体はその真逆の行動を起こそうともがいている。
正希はモニターに背を向けて、本部のドアへと歩き出した。
「ちょっと、どこ行くのよ?………まだ、任務は『解除』されてないわよ?」
「大丈夫、分かってるから………ちょっとお手洗いに行って来るだけだから……」
そう千歳に言い残してドアを閉めると、正希は『お手洗い』ではなく、その真逆の『戦闘準備室』の方角に向かって歩き出した。
「………………バレないようにやりなさいよ……」
指令室の壁にもたれかかった千歳は、誰にも聞こえない声でポツリとそう呟いた。
__________正希が指令本部を出ること三時間。奪還作戦の参謀たちは、『お手洗いに行ってくる』とだけ言い残して行方をくらました正希の捜索に追われていた。
首都防衛の要が、しかも小学生がつくような嘘を残していなくなったのだ。大の大人たちが顔面蒼白である。
作戦中に隊員がいなくなるなど言語道断。『責任の所在は誰だ』とか、『何故彼を外に出したのだ』だとか、大人たちが慌てふためいているのを、千歳は澄まし顔で眺めていた。無論、彼と長く職務を共にした千歳には、彼がこの本部の部屋から出るということが何を示しているのかなど分かりきったことである。
第一席の失踪理由と、その所在地を特定しきれていない高官たちは、こぞって千歳に詰め寄った。しかし、彼女は「知らないわよ」とだけ言い放ち、壁にもたれるのみである。
一方首相は、「作戦にのみ集中する」との理由で、正希の捜索を部下に任せ一切感知しない構えだった。しかし彼もまた、正希が失踪した理由にある程度の目星をつけていた。だからこそ、彼を信用し、こうして黙認を貫いていた。
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