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十四話

__________時刻は午後八時。


東京スカイツリーの大会議室に、六席をはじめとする特別防衛庁の幹部たちが集められた。目的は明白だ。今回の作戦の結果報告と反省。そして今後の対応についてである。会議は完全非公開であった。


「………………まず、会議を始める前に、我々政府から、君たち六席に謝意と謝罪を申し上げる。今回は完全に私達政府の、ひいては私の失策であった。東海奪還に力を入れるあまり、敵の動向にも気づかずに、首都の防衛を疎かにしてしまった。それを多大な戦果に翻してくれた六席をはじめとする特化班には、感謝してもしつくせない。特に綾本君、君の的確な指示と明瞭な推理、何よりその力が無ければ日本は陥落していただろう。心から感謝する」


そう述べて、机に頭がつくほどに深々と頭を下げたのは、日本国内閣総理大臣その人だった。もともと静寂に包まれていた部屋が、さらに静けさを帯びる。首相は官房長官が止めるように諭してもなお、頭を下げ続けた。続くこと数十秒、ようやく正希が沈黙を破った。


「頭を上げてください。一国の首相が部下に頭を下げてどうするんですか」


もっともな指摘だ。首相は自嘲するように「ふっ」と鼻を鳴らすと、徐に頭を上げた。


「……………それに、六席を前面に出すよう提案したのは僕ですし………」


ぽりぽりと頬を掻きながら、正希は罰が悪そうに言った。しかし、首相は頑として首を横に振った。


「いや、それは違う、綾本君。もし私たちの提案通り君たちが後方に構えていたのなら、君が異変に気づかなかった可能性が高い。それに、気づいたとしても、隊員の犠牲者が増えただけだ………今回は、私の全てが失策だった」

「それは………その……………………」


再び会議室に重い沈黙がのしかかる。次に沈黙を破ったのは、首相に詰め寄った官房長官だった。


「何を仰いますか、総理!!部下の手柄は上司のものです!!それに、わすれたのですか!?特別防衛庁の最高司令官は貴方ですよ!!上司の意に反して判断を催促するなど、絶対にあってはならないことです!!失礼千万です!!それに、これくらいやってくれないと、国費で給料払ってる価値がないじゃないですか!!そもそもこいつらはこんな日の為に作られたのです!!人間兵器ごときに首相が頭を下げてはなりません!!!」


官房長官は興奮気味に、しかし、一句たりとも噛まず、流暢に言った。官房長官は「言ってやったり」とばかりに、腕を組んで自慢げな表情で椅子に腰かけた。


______________ピクリ。正希の眉がピクリと動く。

彼の人差し指が徐々に官房長官へと向けられていく。何かの衝動に耐えるように、とてもゆっくりに。その瞬間、六席全員が、正希が何をしようとしているのかを察した。しかし、敢えてそれを止めようとはしなかった。むしろ、「彼にやらせるくらいなら自分がやる」とはがりに、明瞭な殺意を、傲り高ぶる男へと向け、粒子を生成し始めた。


正希の怒りが爆発しようとしたその直前、バンッ!!と激しく机を叩く音が静寂の会議室に鳴り響いた。音の発生源に、皆の注目が集まる。そして六席の全員が、その音でハッと我を取り戻す。


「…………………おい!!!草木!!!」

「………………………………………………な、何でしょう…………か……………」


静寂が、驚愕に変わる。普段、絶対に感情を表に出さない首相がとった行動もさる事ながら、傲る人物のことを、『官房長官』ではなく『草木』と呼んだからだ。それが意味することは明白だ。


「この部屋からの、否、この建物からの退出を命じる。そして取り急ぎ官邸に戻り、記者たちに明日の午前に首相会見を開く旨を伝えろ。行政命令だ」

「え、ええ…………わ、分かりました……」

「…………………それと、閣僚任命式の準備もしておけ。明日朝閣議も開く」

「え、ええ…………了解しました。………………新ポストの設立ですか?」

「違う」


場の全員が息を呑む。会議室には、草木の荒い呼吸音だけが響いていた。


「な、なら…………どうして、また…………」

「決まっているだろう?新たな官房長官の任命式だよ。指示は以上だ。退出しろ」

「へ?………………わ、私には裏金も不倫もありませんの??な、…………どうしてです?」

「…………………摘み出せ」


 首相の言葉を聞いた扉の衛兵二人が、草木の腕を掴んだ。ズルズルと引きずるように、暴れる草木を引っ張っていく。


「………………………………ちょっ!!お前ら!!何をする!!私は官房長官だぞ!!!!おま!!!何をする!!!!!お前らっ………………」


________________バタン。


会議室の扉が閉じた。その刹那、首相は口を開く。


「見苦しいところを見せてしまったな。本当に申し訳ない。奴に変わって謝罪する」

「ま、まあ………逆に僕が感謝しなければいけませんし…………このままだと、あいつを半殺しにするところでしたし……」

「いや…………そちらの方が君たちの気は晴れたかも知れないな……………すまんな、奴にはどうにかしてでも責任を負わせるつもりだ。名誉毀損でも何でも」

「そこまでしなくてもいいですけど……………っと、それで、会議は………」


正希は室内を見渡した。六席以外は基本文官揃いのため、初めて目にしたと言ってもいい圧倒的脅威に、怯んでいるようであった。


「…………いや、会議はもういい。どちらにしろアグリメントに情報は入っているからな。分析や反省は専門家に任せるさ。それに、これじゃあ会議にならないしな」


どうやら首相も、六席の殺気に怯える文官の様子に気づいたらしい。正希は「すいません」と小さく会釈して苦笑いした。


「…………それと、当分は奪還作戦は執行わないことにする。少なくとも私の政権下では、だ。続く私の失策の責任は大きい。明日の首相会見でも表明するつもりでいる。…………………これ以上、君たちの信頼を損ねることにも、ましてや君たちを失うわけにはいくまい。せっかく集まってくれたとこ悪いが、会議はこれにて終了とする。…………お礼とお詫びを兼ね、君たち六席と特化班には、特別報酬としばらくの休暇をやろう」


首相の言葉で、開けてもいない会議が終了した。


__________この後、例のごとく千歳と、こちらは珍しく本子が正希の後に着いてきたのだが、二人は言葉を発することなく、ただ正希と帰路を同じくするのみであった。


翌日、首相は宣言通りに記者会見を行った。その会見で、首相は草木官房長官の更迭と後任の人事を発表した。首相の最側近の更迭人事に各メディアは様々な憶測を立て、陰謀論まで持ち出して騒ぎ立てた。しかし、それ以上にメディアと世間を騒がせたのは、東海地方と北陸地方の領土奪還の宣言と、不拡大方針の表明であった。


不拡大方針による国民の衝撃はすこぶる大きかったらしく、この日、組閣以来80%を下回ったことのない内閣支持率が、初めて50%を下回った。そしてこの日以来、連日のように国会前では、保守派によるデモが行われるようになった。


✳︎


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