第十話
_________五月十三日。史上初の六席会議全会一致から約一日半。未だ太陽が地平線から顔を出していない早朝。
東海と関東の境目かつ結界境のある、県道七百三十号線に、現日本の最高戦力である『特化班』の六席を始めとする大規模軍隊が結集した。総員五万人、内、特化班は第二部隊を除く百六十二名である。
正希の提案通り、一陣に六席が、二陣に特化班、そして三陣に中長距離射撃部隊という隊列だ。全体指揮権は第一席の正希に、特化班の指揮権は二席の千歳に、そして中長距離射撃部隊の指揮権は第三席のハルカへと付与された。
作戦開始時刻は午前五時三十分。現在時刻は五時二十九分。既に隊列が組まれて十分が経過していた。無論、これだけの大規模部隊を組めば、アンノーン達が気づかないはずはない。レーダー感知部隊を通じて、正希達六席にも、既に五十万の大群が此方へと向かっているとの情報は伝えられていた。
「………………正希、もうそろそろ」
アグリメントにて現在時刻を確認した千歳が、隣を浮遊する総隊長の肩を軽く叩いた。小さく頷いた総隊長は、アグリメントを起動させると、五万の編成部隊に向けて右手を高らかと空に掲げた。
『三十秒後に作戦を開始します。合図と共に、僕達六席が結界外へ侵入します!結界班は六席に続き、支配域に結界起動装置を打ち込んでください!!敵を殲滅し次第、六席によって結界を張ります。残りの部隊はここで待機で!!結界内にアンノーンが侵入した場合にのみ、撃ち落とすようにしてください。絶対に結界外へは侵入しないでください!!それでは、カウントを開始します!!五、四…………』
静寂が、五万人を支配する。皆一様に固唾を飲み、総隊長の作戦開始の合図を待つ。六席全員はエアシューズにて浮遊し、総隊長の平行線上に並び、身構える。
『……………二、一、……作戦開始!!!!』
正希が右手をバッとおろした。その刹那、六人は結界外へと向けて、全速力で飛び立った。正希はそれとほぼ同刻に、アグリメントのマイクを口元へと寄せる。
「ミデン!!!敵を感知!!」
『はいっ!!ミデン、起動しました!!!了解です!!』
正希が叫んだその瞬間、彼の視界に青髪少女が現れる。少女も(見かけ上は)エアシューズを履いており、正希の隣を並走する。
『敵は三部隊に分かれています!北西十キロ地点に十五万、西へ五キロに二十万、南西八キロに十五万人です!!ただいま各正副隊長へと無線を繋いでいます!!!ご指示をどうぞ!!』
「西条さんは僕とこのまま西へ!!橋代路と益城さんは北西に!!鍋城さんとモトは南西に向かって!!!それぞれ遠距離攻撃を中心に、目標を殲滅すること!!!もし目標を殲滅したとしても、侵入域は今回の作戦範囲内で留めること!!ピンチの際は後退と後方部隊へ連絡!!それでは、散!!!!」
『了解!!!!』
総隊長の指示により、六人の飛行機動が三つに分かれる。各々の視界には、各目標への予想到達地点とその数が表示されている。正希と千歳の視界には、『西5K』と『20.5万』、『目標まで120秒』の文字が表示される。
「西条さん。君は今のうちに圧縮粒子砲をチャージしておいて。僕は粒子を練っておくから!!」
「了解!!もうやってるけど…………それと、千歳でいいよ!!呼びにくいでしょ?てか西条院だし!!」
「むぅ…………了解」
確かに今更ながらではあるが、音節数から見ても、『西条さん』よりも『千歳』の方が名前を呼び終わるまでのタイムロスが少ない。零コンマ一秒を争う、今回の大規模作戦においては、その僅かな隙でさえ命取りだ。半ば仕方なくではあるが、正希はその提案を採用する。
「それにしても、二人で二十万かぁ………今まで六人で四十万が最高だからなぁ…………ちょっと辛いかなぁ…」
粒子を銃弾にチャージしながら、千歳はそうため息を漏らした。
それも無理はない。今までのアンノーンの最高討伐数は第一から第三部隊の合計で四十万。その半数を、しかもたったの二人で請け負うのだ。いささかの不安があってもおかしくはない。
「まあ、でも今までは安全マージンを確保してたからね。敵にかなりの過大戦力で挑んでた節はあったし…………」
基本的に、六席メンバーの最低要件は『一騎当十万』と言われるほどの戦力を保持していることとされる。なので、戦力的には申し分は無いのであるが、なにぶん正希とて、これほどの大群に少人数で挑むのは久方ぶりだ。潔く首を縦に振ることはできない。
しかし、それに首を挟むようにナビゲーターのメデンが口を開いた。
『現在探知できている戦力的に言っても、第一陣の六人でも十分に対応可能です!!ですが……』
「油断は禁物…………」
『はい!!流石です!!綾本さん!!先を越されてしまいました……』
「いや、まさかARナビゲーターに忠告される日が来るとは思っていなかったよ……」
思わぬミデンのアドバイスに総隊長は苦笑する。
それを見て、「むっ」と一瞬表情を強張らせた千歳であったが、正希が正面を向き直したのを確認すると、それを咎めることはなく、そのまま彼に追従した。
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