タックル&もみじ。―望乃夏
………………あの後、雪乃はどうしたのかなぁ。
誰もいない理科準備室で、体操服を脱ぎながらふとそんなことを考える。
体育の授業が終わったあと、着替えるのがめんどくさくてこのままでいたけど、流石にずっとジャージだと寒い。だから、どうせ誰もいないし実験ついでに理科室で着替えちゃえーって考えて、暖房をつけて着替えてる。
すると、いきなり理科室の扉が雑に開けられる。
「はにゃっ!?」
慌てて服を抱きしめて身体を隠す。扉を開けて飛び込んできた存在は、そのまま私を目がけて飛び込んできて………………強烈なタックルを食らう。
「ごふっ………………」
「た、助けて望乃夏………………」
「……………………あれ、ゆ、ゆきの?」
なんとか受け止めて―――いや、吹っ飛ばされたから受け止めきれてないか―――よーく眺めてみると、すぐにそれが雪乃だと気がついた。
「………………もう、どうしたのさ雪乃………………」
「ののかぁ………………」
私の上で雪乃が顔を起こして………………みるみるうちに真っ赤になる。
「の、ののののののの」
「………………早く降りてくれると、助かるんだけど…………」
「な、なんて格好してるのよバカぁ!?」
左手のビンタが顔に飛んできて、私の意識が飛んでいく。
………………ボク、なんか悪いことしたかなぁ………………?
「………………はい、自販機ので悪いけど。」
「………………ありがと。」
下で買ってきたコーンスープを雪乃に渡して、私も蓋を開けて一口飲む。
「………………その、ごめん。………………まだ痛む?」
と、私の横っ面のモミジを恐る恐る眺める。
「………………正直泣きたいぐらい………………着替えてたらいきなり飛び込んで来られて吹っ飛ばされて、挙句の果てにモミジはっつけられて気絶させられるなんて………………ボクなんか悪いことしたかなぁ?」
雪乃が益々ちっちゃくなる。
「………………んで、どうしたの?」
「じ、実は……………………私、バレー部の部長をやってくれないかって、頼まれたの。」
「すごいじゃん。良かったね。」
「………………全然良くないのよ。」
コーンスープを飲む手が止まる。
「………………どういうこと?」
「………………バレー部の伝統でね、部長はその世代で一番強い人が務めるの。そして引き継ぐ時に、前の部長から背番号『1』のユニフォームとキャプテンの証を継ぐの…………。だけど…………私にその資格があるとは思えなくて………………。それにね、前の部長は元は『星花の鷹』と呼ばれた程の人なんだけど………………怪我のせいで半分引退みたいな形なの。その人から誇りも何もかも奪い取っちゃうみたいで………………私………………。」
雪乃は俯いて、コーンスープの缶をぎゅっと握りしめる。
「………………なるほどねぇ。その人に引導を渡しちゃうのが怖いんだ。」
空になった缶をテーブルに置く音が、空の教室に甲高く響く。
「………………雪乃は、その前…………いや、まだ現部長か。その人のことが、好きなの?」
「へ?」
雪乃が缶を取り落とす。そして、ほんのりと真っ赤になっていく。
「そ、それは……………………今でも私の憧れだし、一緒にコートに立てるなんて夢みたいって思ってたけど………………そうね、好きよ。………………望乃夏への好きとは、違うけど。」
「………………ねぇ雪乃。雪乃は、このままズルズルと引き伸ばして、その人がもっと腐り落ちていくのを、見ていたい?」
「そ、そんなの、嫌っ………………」
「ならさ。」
腰掛けていた机から立ち上がって、雪乃の胸を指で突く。
「答えは一個しかないんじゃない?」
その言葉に雪乃はハッとする。
「………………そうね、その通り。」
雪乃も立ち上がる。
「…………ありがと望乃夏。気持ちは決まったわ。」
その目には、さっきまでの迷いはなかった。
「…………ありがと。コーンスープ代よ。」
と、机に100円玉を置いて、雪乃は理科室を出ていく。
(………………やれやれ、こんな役はボクのガラじゃないんだけどなぁ。)
雪乃を見送ったあと、机に腰掛けて100円玉を取り上げる。
(………………しかもお代足りてないし。)
コーンスープの缶をまた口に運んで、そういえば空だったことを思い出して虚しくなる。
………………ま、いっか。




