お呼び出し。―雪乃
「『あの人』からの伝言だ」
その言葉を文化から聞かされた時、私は背筋に氷水をかけられたかのような冷たさと驚きを覚えた。………………そ、そんな………………なんで………………。
驚きと、ちょっぴりの怖さを胸に、その日の午後、私は久しぶりに体育館へと足を運んだ。体育館の鉄扉に手をかけると、一瞬だけ昨日のことがフラッシュバックする。……………………いや、もう、大丈夫。
大きく息を吸ってから扉に手をかけて開く。バレーコートの中から、視線が私に降り注ぐ。
「………………白峰ちゃん…………」
「…………白峰…………」
視線に混ざるものは、不安や軽蔑、そして訝しみ等色々。私はそれを気にすることなく、周囲を見渡す。
「………………安栗さんはどこ?」
「…………安栗なら、まだ来てないな。」
近くにいた先輩がそう教えてくれる。
「………………そう。…………嵌められたのかしら………………『あの人』がお呼びだなんて言うから来たのに。」
その言葉に、体育館の中の空気が一変する。
(………………マジかよ)
(………………面倒なことにならないといいけど)
(………………そうか、『あの人』が)
ヒソヒソと噂する声があちこちで飛び交う。………………ふむ、この様子だと全員で図った訳では無いみたいね。
その時、体育館の扉が重苦しく開く。思わず視線を向けると、まず入ってきたのは安栗さん。そして、経堂先輩の姿も見える。………………そして、その肩に手をかけてゆっくりと歩いてきたのは。
「………………鷹城、部長………………」
その姿を見ると、私の心がざわついていく。………………思わず目を背けたくなるけど、何故だか視線を外すことができない。
「………………どうも、みんな、ひさし、ぶり………………」
『前』よりも幾らか高くなった声で、『あの人』―――鷹城部長はみんなを見渡して挨拶をする。そしてその視線が、私の前で止まる。
「………………やぁ、エース。」
少し淀んだ視線を向けられて、私はその言葉に貫かれる。
「………………お久しぶりですね、鷹城部長。」
「………………もう『部長』は止めてよ。…………とっくにもう、『辞めた』んだから。」
「………………いえ、私の中では未だに鷹城先輩が部長だと思ってますから。」
「…………やめてよ。」
重苦しく告げられたその四文字に、私は射すくめられる。
「………………『星花の鷹』は羽根をもがれて、地べたに墜ちて死んだんだ。ここにいるのはただの残りっカスだよ。」
その言葉が、体育館の温度を急速に下げていく。先輩方の中には、その身体を見てすぐに視線を背ける人もいる。………………中には、すすり泣く人も。
「………………2年も相変わらずだねぇ…………私のことなんか忘れて経堂部長バンザーイってやってればいいのに。」
「………………翔。恨みつらみだけ言いに来たわけじゃないだろ?」
鷹城先輩を支えていた経堂先輩が、雰囲気に耐えきれず言う。
「………………ああ、そうね。………………エース、そんなとこに突っ立ってないでこっち来て。」
鷹城先輩の「エース」という言葉がグサグサと突き刺さっていく。それでもその言葉に逆らえるわけなく、歩みを進めて近づいていく。
「……………………ん。」
安栗さんに持たせていた包みを受け取って、私に押し付けてくる。
「………………これは?」
「………………開けばわかる。」
ビニール袋の封を切ると、そこに入っているものがわかった。………………わかって、しまった。わかりたく、なかった。
「………………これ、部長のユニフォーム………………それにっ、キャプテンの印の…………」
「………………エース、あんたに、あげる」
「はぁっ!?」
思わずそんな声を出していた。周りもみんな、驚いたように顔を見合わせている。………………そんな中で驚いてないのは、経堂先輩を初めとした3人のみ。
「………………そんなに驚かないでよ。」
「いや驚きますよさすがにっ………………って、文化…………まさか話って………………」
「………………ま、そういう事なんだよなぁ。」
安栗さんがポリポリと頭をかく。
「………………元から、いつかは任せたいって思ってた。けどね………………私はこんな身体になっても、まだバレーへの未練が棄てられなかった………………。口では呪いの言葉を吐きつつも、まだ一線に立てるって。…………でもね、さっきやっと諦めが付いたのよ。…………誰かさんのせいでね。」
鷹城先輩はチラリ、と私、安栗さん、そして何故か照れる経堂先輩を順に見た。
「………………と、言うわけで………………引き受けてくれる?」
「………………す、すいません………………いきなりの事すぎて………………もう少し、考えさせてください…………。」
それだけ言うと、私は慌てて体育館から逃げ出した。