あさのふとん。―雪乃
部屋に戻ると、望乃夏は早速布団へと走る。
「………………もう。しょうがないわね。」
「だってまだ6時前だよ?人が起きる時間じゃないよー。」
「………………毎日6時起きしてる私に謝りなさい………………。」
それでも、私も少し眠気に襲われて欠伸を一つする。
「ほら、雪乃だって眠いんじゃん。………………ね?こっちおいで。」
望乃夏が、布団の中から手招きする。………………ぐ、こ、断りにくい………………。
長い葛藤の末に、私が折れた。
「………………あと一時間だけよ?」
そう言って望乃夏の隣に潜り込むと、いきなり望乃夏が私を抱き寄せる。
「きゃっ!?………………ん、んむっ…………」
悲鳴を上げる余裕もなく、望乃夏に唇を塞がれる。………………望乃夏が、私の中に………………
「………………ふぅ、雪乃…………おはよ。」
しばらくして、望乃夏が唇を離す。私と望乃夏の間に、つつぅ…………と銀の橋が渡されてすぐに落ちていく。
「の、のの、かぁ………………」
とろんとした目で望乃夏を見る。…………次第に目の焦点が合ってきて、同時に望乃夏へのちょっとした怒りも湧いてくる。
「……………………い、いきなり、ちゅー、するなんて、の、望乃夏は、ナニ、考えてるのっ!!」
くらくらする頭を無理やり働かせて、途切れ途切れの言葉を紡ぐ。
「…………ごめんごめん。でも…………雪乃が悪いんだよ?…………さっき、すっぽかしたから。」
「あ、あれは……その………………」
内股になってモジモジする……………………そろそろ望乃夏に頼らないで、一人で行けるようにならないととは思ってるけど………………。
「……………………やっぱり、まだ怖いの?」
望乃夏が、心配そうに見つめてくる。
「………………そう、みたい。多分行こうと思えば一人でも大丈夫なんだろうけど…………ダメね、またスイッチ入っちゃうんじゃないかって。」
………………自分でも情けないって思ってる。………………昔のことでいつまでも悩んで、夜が怖いなんて。
「………………雪乃………………怖いことに無理して立ち向かわなくてもいいんじゃないかな。……………………ボクなら、どんだけぐっすり寝ててもたたき起こしていいから、無理しなくても………………」
「………………いいえ。これは、私の問題だから…………。」
………………望乃夏に、迷惑かける訳には行かない。
「………………そう?………………でも、無理しちゃダメだからね?………………いざとなったら」
「し、しないわよ!!…………どっちもっ…………」
望乃夏が、チラリと布団とバケツを見比べる。………………の、望乃夏は私を何だとっ………………
「ごめんごめん。……………………でも、雪乃の気持ちはわかるよ。………………一度失敗すると、全部が怖くなるよね。ボクだってそう。………………………………ボクも、家族に関しては、失敗しすぎて今では触れるのすら怖い。だから触れないようにしてるけど………………どうしても、触れなきゃいけない時は来るし。………………ほんとにさ、関わりたくないことだけ避けるのって難しいよね。」
「………………のの、か…………。」
「………………だからさ、雪乃も無理しすぎないで」
「一番無理してるのは、望乃夏の方じゃないの?」
望乃夏の言葉を遮って、私は言う。
「………………あと一月もすれば年末よ。そしたらほとんどの寮生は帰省するわ………………。もしかして、年末年始も寮で過ごすつもり?」
「………………ボクに、あの家に帰れと?」
望乃夏の声も自然とトーンダウンする。そして、その目もいつもの眠たげな視線から、重苦しくて突き刺すような目線になる。
「………………そうは言わないわよ。ただ、私は帰省するつもりよ。…………そうなったらこの部屋の掃除は誰がするの?洗濯物はどうするの?ごはんもよ。」
「そ、それは………………」
望乃夏が言葉に詰まる。
「………………実家から帰ってきたら、部屋がゴミ屋敷でした、なんてのは嫌よ?………………一人暮らし不適合者な望乃夏を置いてったら、何があるか分かったもんじゃないし。…………………う、うちに来なさい。」
「……………………ほへ?」
望乃夏がマヌケな声を上げる。………………その代わりに私はみるみる真っ赤になっていく…………。
「……………………私と一緒に、私の実家に来なさいよ。…………大丈夫よ、それなりに広いから望乃夏一人増えても構わないわ。それに………………『あの日』以来、私には友達なんていなかったもの。そんな私が連れてくるんだから、望乃夏は歓迎されるわよ、きっと。」
「い、いいの………………?」
望乃夏はオドオドとうろたえる。
「………………とりあえず今度電話してみるわ。実家も一応県内だから費用は心配しないで。」
「ゆ、雪乃………………ありがとっ。」
「わぷっ!?」
私は、望乃夏の胸に抱き寄せられる。や、やわらか…………くるしっ…………
「の、のの、か、くるしっ……」
「あ、ご、ごめん…………」
望乃夏の腕から逃れると、少しだけ距離をとる。
「………………まぁ、その前に私の誕生日や定期試験、ついでにクリスマスも待ち構えてるから、それを片付けてからになるわね。」
「………………そういえば、雪乃の誕生日聞いてなかったけど…………いつなの?」
「………………12/6よ。」
「うえっ!?もう3日もないじゃん!!なんでもっと早く言ってくれないのさぁ………………」
望乃夏がむくれる。
「…………ただ一つ歳をとるだけのことでしょ?なんでそこまで大騒ぎする必要があるのよ…………。」
「………………だって………………。」
「………………とにかく、ケーキとかお祝いなんて要らないわよ。………………あ、甘いものは、嫌いだから。」
「ふぅん………………?」
望乃夏が目ざとく何かを聞きつける。
……………………今年は、楽しい誕生日になりそうね。望乃夏に背中を向けて、自然と緩んでいく顔を整えるのに苦労した。