『雪乃』と『望乃夏』―望乃夏
白峰さんの髪を手で梳きながら、お風呂に向かう。うん、ツヤツヤ。
「………………確かにいじってもいいとは言ったけど…………人前ではやめて…………」
「うぁぁっ、ごめん。つい。」
慌てて手を離す。
「…………全く、人の目も少しは気にして。………………あなたも私も、別な意味で有名人、なんだから。」
「…………ボクの場合嬉しくない方でだけどね。」
小耳に挟んだ噂を思い出して苦笑する。曰く、同室の娘を媚薬の実験台にしてるとか、爆弾製造で公安にマークされてるとか、かなりぶっ飛んだ噂ばかり。
「……………ボク、そんなに怪しい?」
「………………やってることは怪しいわね、傍目から見ると。」
「ひどいなぁ………………」
そう言いながら湯船に浸かる。ん、ちょっと微温いかな。
「…………どうしたの、白峰さん。お湯全然熱くないよ。」
「…………タオル持っては入れないのよね、これ。」
…………まだ気にしてるんだ。それなら。
「あ、足元に石けんが」
「えっ」
白峰さんが足元に気を取られた隙にタオルを奪い取る。
「あっ、ちょっと。」
「返して欲しかったらこっち来な。」
「…………騙したわね。」
「だって白峰さんはボクの全部見てるのに、白峰さんは全然見せてくれないから不公平だよっ。」
「そういう話じゃないでしょ…………んもう。」
恐る恐る、腕をどけていく白峰さん。それと同時に顔もそっぽを向いて真っ赤になっていく。そんな白峰さんに、心がチクッとして、
「………………いや、ごめん。ボクが悪かった。」
私のタオルも一緒にして、白峰さんのことを覆い隠す。半ば奪い取るようにしてタオルをもぎ取った白峰さんは、そのまま後ろを向いて湯船に身を――それも顔まで半分――沈める。
少しの間、私達の間を沈黙が埋める。その沈黙に耐えきれなかったのは、私の方で。
「…………その、ごめん。」
言葉が見つからなくて、それしか出てこない。しばらくして、白峰さんから返事が帰ってくる。
「…………バカ。」
どこか拗ねていて、それでいて険のない彼女の言葉。
「………………あなたが初めてよ。………………『あの時』以来、私が自分の意思で、私の全部を人に見せたのは。それも、『中』も『外』も。」
「ボクが、白峰さんの、初めて…………」
「その言い方やめて。」
焦りながら否定する白峰さん。それでも身体はこっち向けない。器用だなぁ。
「あと…………その『白峰さん』っての、呼びづらいでしょ。…………………………『雪乃』でいいわ。その代わり、私にも……………………の、『望乃夏』って呼ばせて…………。」
「…………いいの?」
「…………二人の時、だけよ。」
………………ボクにも、名前で呼びあえる友達が、できた。思わず後ろから白み…………『雪乃』を抱きしめる。
「…………ありがと、雪乃。」
「ちょ、二人の時だけって」
「大丈夫、今は私達しかいないよ。」
「…………そうね、すみ…………『望乃夏』。」
思わず、胸がキュンとする。なんで、ただ名前を呼ばれただけなのに…………。
「わ、私先上がるっ」
気恥ずかしくなって慌てて立ち上がると、目の前が一瞬で白くなる。
え………………なん…………で…………。
雪乃の焦る声が聞こえたのを最後に、私は意識を手放した。
まめちしき
雪乃:今回は望乃夏があんなことになっちゃったから私が解説するわ…………
雪乃:お風呂に入ってる時になんだかいい気持ちになるのは、実は頭に血が行かなくて気絶しかかってるの…………。望乃夏、大丈夫かしら…………。