その身を盾として。
後書きにして深刻なお知らせがあります。
お風呂に顔まで浸かって、周りからの視線をやり過ごす。………………ったく、文化ったら。私達の仲直りを手助けしてくれたのはいいけど、やることが一つ余計なのよ………………。
「ゆ、雪乃ぉ………………」
隣では、望乃夏が情けない声で私に助けを求めてくる。…………その顔は真っ赤で、もうそろそろ危ないってのは一目瞭然。
「………………の、望乃夏………………逆上せる前に上がるわよっ。」
ザパリとお湯から身を起こして、望乃夏の手を引く。
「ま、待ってよ雪乃………………。」
望乃夏の手を取った途端、周りからは黄色い声。…………また湯船に戻りたくなってきたわ………………。
「………………雪乃、ボクの後ろに隠れて。………………ボクが盾になる。」
望乃夏が私の手を離して、私を守るように立ちふさがる。
「………………さ、行くよ。」
望乃夏が差し出した手をそっと受け取ると、視線の矢玉が飛び交う中をずんずんと進み始める。
「よっ、色男…………男?」
「2人でお幸せになっ。」
「墨森さーん、今度惚れ薬をごっ!?」
………………最後の人は周りの人にしこたま殴られてたけど大丈夫なのかしら…………
「自ら白峰さんの盾になるとは、墨森さんもなかなかヤルねぇ。」
「うんそうだね。見ての通り盾みたいな身体だもん!!」
飛んできた噂話に、望乃夏がヤケクソのように返す。…………お風呂場は半分以上がどっと笑いに包まれたけど、所々に致命傷を食らってる人がいて………………あ、望乃夏が一番ダメージ受けてる。………………それなら、言わなきゃいいのに。
そんなこんなで、私達は無事に(?)お風呂場を脱出できた。
「の、望乃夏…………もうちょっと肩上がる?」
「む、これが限界…………」
「あ、あともうちょっと…………」
「ぐぇっ…………ゆ、雪乃…………もうちょっと優しく…………」
「う、うるさいわね…………し、仕方ないでしょ!!」
………………目下、私達は望乃夏の着替えに手こずっていた。下は望乃夏が自分で履いたけど………………上は、望乃夏の肩が上がらないから、私が手伝わないと下着すら着れない。…………それで、さっきから望乃夏のキャミソールと格闘してる。
「…………なんでこれなのよ…………こないだのおしゃれなやつなら後ろで留めるだけなのに…………」
「だ、だって………………雪乃のことで頭が回らなくて…………」
「………………それはもう、聞き飽きたわよ。」
………………もちろん、それはただの愚痴なんかじゃなくて。それだけ望乃夏が私のことを思ってくれてるって証拠。それだけで内心ドキドキするのに、今は…………望乃夏と向かい合ってるから、もう心臓はフル稼働。
「………………ふう。なんとか、着られたわね。」
「あ、ありがと。雪乃っ。」
「………………じゃあ次。この上行くわよ。」
「………………そうだ、まだあったんだった………………」
望乃夏が、ガックリとうなだれる。
「…………まぁ、部屋に帰ったら湿布貼るからそっちは片袖だけ通せばいいわ。ボタンも止めてあげる。」
望乃夏は嬉々としてうなづく。………………バカね、湿布貼ったらまた着るのよ?
「…………それにしてもさ、お腹空かない?」
その望乃夏の問いかけに、私のお腹が返事をする。
「………………そうみたいね。」
真っ赤になって下を向いて答える。
「………………うーん、食堂ももうやってないし、門限もとっくに過ぎたからコンビニも行けそうにないし…………雪乃、も、ものは提案なんだけど…………。」
望乃夏が、なぜかモジモジする。
「…………何よ。」
「いや、実はこの前の鍋焼きうどんなんだけど………………材料が余ってるから作ろうと思えば作れるんだ。…………雪乃、食べたい?」
「食べるわ。」
反射的に答える。
「そ、そう………………なら、早く部屋に戻ろうか………………」
と、望乃夏が若干引き気味に応える。
「…………ねぇ望乃夏。」
「ん、なーに?」
「…………その、良ければ…………望乃夏が料理してるとこ、見せてくれない?」
「そ、それは構わないけど………………いやむしろ居てくれないと作れないか…………。」
望乃夏がブツブツと何かを呟く。
「…………わかった。まず部屋に戻って材料取って湿布、その後鍋焼きうどんにしよっか。」
「…………異論はないわ。」
………………フフッ、望乃夏の手料理がまた食べられるなんて。………………最悪な日だと思ってたけど、終わってみないと分からないものね。
部屋へと帰る足取りが、自然と軽くなっていた。
言葉を返すことを「こたえる」として、「答える」と表記してましたが、実は「応える」が正しい書き方でした“〇| ̄|_