鉢合わせ。―雪乃
「いやー、雪乃と風呂一緒になるのも
久しぶりだなー。」
「あら、そうかしら?」
「だってさー、最近は時間合わないし、それに…………」
「………………いいわよ、気を使わなくて。」
トン、トンと階段をテンポよく降りていく間、私の心は段々と落ち着いていた。………………望乃夏のことは気になるけど、今の私には合わせる顔がない。
「………………ん?」
不意に、前を歩く安栗さんが立ち止まる。
「………………なんだ、あの人。」
安栗さんの視線を追うと、そこにはタオルをかぶってフラフラと彷徨う不気味な人が見えた。その服装に、私の心が激しく揺れる。…………やだ、人違い…………よね?
「………………雪乃、もしかしてあれ。」
安栗さんも気がついたようで、その人から遠ざかろうとする。
「………………いいわ。お風呂入りましょ。」
きっと人違い。きっとそう。………………ここに、望乃夏がいるはずないもの。
脱衣場の扉に手をかけると、同時にその人も手をかけていて、手がぶつかる。
「あっ…………」
「おや、失礼…………」
心臓が、とくん、と跳ねる。
「のの、か………………」
相手もその言葉に、動きが止まる。
「………………ゆき、の?」
ハラリとタオルが落ちて、顔があらわになる。………………目が腫れて人相が変わってるけども、間違いない。望乃夏だっ。
その時、安栗さんが慌てて飛んできて私たちを引き裂く。
「………………やっぱ、安栗さんとこにいたんですね。」
望乃夏が、感情のない声で言って…………その言葉が、私にも突き刺さる。
「やっぱりってことは、電話口で気がついてたのね……………………あいにくだけど、今の墨森ちゃんに雪乃は渡せないよ?」
私をかばうように安栗さんが立ちふさがる。
「………………雪乃が話したんですね、さっきのこと。」
望乃夏は相変わらず、無理に固めたような敬語で安栗さんに返す。
しばらく、脱衣場の前で睨み合う。その均衡を破ったのは望乃夏の方で、深い息をつく。
「………………雪乃を、無理に返してくれとはいいません。」
私達はその言葉に耳を疑う。…………の、望乃夏…………?
「………………力ずくで無理に奪い取ろうとしたって、安栗さんが身を呈して守るでしょうし。………………それに、私もまた、自分を抑えられるかわからないので………………」
望乃夏は淡々と言葉を吐いて、そのまま脱衣場に入ろうとする。
「………………おい、待てよ。」
安栗さんが、普段のおちゃらけた空気を棄てる。
「………………雪乃を泣かせておいて、それだけか?」
昔誰かが言ってた。いつもニコニコしてる人程、怒らせてはいけないものだと。
「………………じゃあ、どうしろって言うんですか………………」
望乃夏が気だるげに返すと、安栗さんが一瞬で距離を詰めて、望乃夏の襟首を掴む。
「………………言ったよね?雪乃を泣かせたら、容赦しないって。」
「ふ、文化っ!?し、死んじゃう!!死んじゃうからっ!?」
慌てて安栗さんにすがり付くと、襟首を離して私に向き直る。
「……………………」
望乃夏が死んだ目で私達を見つめる。
「………………そりゃ、雪乃には帰ってきて欲しいけど…………こんなことしちゃった以上、もう同じ部屋には住めないし………………このままだと、私達はお互い壊れちゃうから…………こうやって無気力なまま、消えられたらなって思ったのに………………」
「の、望乃夏………………」
ハァ、と安栗さんがため息をつく。
「………………どっちもどっち、だな。………………ま、とりあえず3人でお風呂入るか。」
………………こうして、私達の奇妙なお風呂が始まった。