ふらふらと。―雪乃
「のの、か………………」
望乃夏が私の身体を弄ぶ間、私はただそれを受け入れていた。…………もう、なんだっていい。望乃夏の、好きなようにして……………。
だけど、私のズボンの中に手が差し込まれた時………………私は、本能的な恐怖を覚える。
………………やだ、このままじゃ………………望乃夏に、穢されるっ………………
つつぅ………………と、目の端を涙が流れる。いつしか私は、声を立ててすすり泣いていた。
「やぁ………………のの、か、こわ、い………………」
その言葉に、望乃夏の手が止まる。そして、赤らめていた顔から色が消えて、逆に青ざめていく。
「ゆき、の………………」
草叢を這っていた指が、そろそろと引き抜かれる。
「わ、私………………なに、を………………」
望乃夏の目からも、つぅ…………と一筋の涙が流れる。そして、望乃夏はゆっくりと前のめりになってベッドに倒れ込む。
「………………ののか…………」
いつもなら駆け寄って抱き起こすところだけど、私の身体は望乃夏の手つきを思い出して、身体がすくむ。
(………………望乃夏…………)
心配だけど、身体は怯えてる。
「あ………………あぁ………………」
ガタガタと、私の身体に悪寒が走る。
……………………もし望乃夏が、私の言葉に止まらなかったら………………私と望乃夏は『体』の関係になってた。………………もちろん、いつかは望乃夏とそういうコトはしたいって思ってたけど………………いざ現実になると、私の身体は望乃夏を拒んだ。そして、望乃夏は私のことを………………壊そうとした。
止まらない震えを必死で押さえつけて立ち上がる。そのまま靴を履いて、ふらふらと部屋の外に出る。………………行く宛はないけど、ただ望乃夏から逃げたかった。少しでも遠くに、望乃夏から見つからないように………………
どこをどうやって歩いたのか、全く思い出せない。ふらふらと歩いているうちに、ふと目の端に移りこんだ部屋のネームプレートに既視感を覚えて立ち止まる。
『安栗 文化』
………………安栗さんの、部屋。
思わずドアをノックすると、中でパタパタと動く音。
「はーい…………こんな時間に誰だろ。」
ガチャリと開いたその扉の向こうには、よく見知った顔と声。
「ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆゆ雪乃っ!?」
玄関口で安栗さんが飛び退く。それをいいことに、私はだまって扉の向こうに入って、扉を閉める。
「………………ルームメイトさんは?」
「あ、あぁ………………今、風呂。…………それで、どうしたのさ。」
「…………お願い文化。」
安栗さんの袖口を掴んで、目線を向ける。
「………………暫く、匿って。」
「………………悪い、こんなもんしかないけど。」
と、安栗さんが部屋の奥からマグカップを持ってくる。
「………………いいわ、いただくわ。」
そっと口を付けると、ほんのりと広がるココアの甘味とほろ苦さ。それが、私の壊れかけた心を癒してくれる。
「………………それで、一体何があったの?」
あぐらをかいて私の前に座る安栗さんに、一瞬どこまで話そうか迷う。………………けど、すぐに話し始めた。
「………………望乃夏と、ケンカしちゃって。それで………………望乃夏に、…………襲われた。」
ぎゅっと、胸元を押さえる。ふと目線を上げると、安栗さんがペットボトルを取り落として固まってた。
「………………安栗さん?中身こぼれてるわよ?」
「え…………お、おっとっと…………」
「………………大丈夫?」
テーブルに置いてあった布巾を取って、床の飲み物を拭き取る。
「ってそんなことしてる場合じゃないよ!?………………す、墨森ちゃんに、お、おおおお襲われたっ!?それって………………お、おかさ」
「されてないからっ!!」
思わず耳元で叫ぶ。
「そ、そんな大声出すなよ………………それで、なんでそんなことに………………そもそも、ケンカの原因は何なの?」
「………………望乃夏が、私のせいで将来の夢を変えることになって………………私のことは気にしないでって言ったら………………そのまま押し問答になって………………」
そういった途端、安栗さんが脱力する。
「ち、痴話喧嘩じゃない………………でも、なんでそれで………………」
「………………わからない…………」
「………………そう。」
安栗さんはそのまま立ち上がって、クローゼットからタオルを取り出す。そしてベッドの上に吊るしてあったタオルを持って私に手渡した。
「………………とりあえず、お風呂行こう。………………ついでに、嫌な思い出もぜーんぶ洗い流しちゃおう。」
しゃがむ私に目線を合わせてくれる安栗さんの言葉に、私は一も二もなくうなづいた。