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もう少し早く。―雪乃

望乃夏の差し出した左手を握って、フリーになった左手に目を向ける。

………………私の左手は、何百回、何千回とスパイクを打ち込んできたせいで、望乃夏のそれよりも太くて硬い。そして、何万玉とバレーボールを叩いてきたけど………………その手は、今度は照れ隠しで望乃夏を叩くようになった。ボールとは違って、硬いけどところどころ柔らかい望乃夏の身体。………………私も、バレーより先に望乃夏を知ってたら………………こんな筋肉だらけの身体じゃなくて、望乃夏みたいに柔らかい身体になれたかもしれないのに。そしたら………………望乃夏と、もっと早く、お友達になれたのに。

「………………雪乃?どうしたの?」

「…………別に。何でもないわ。」

「………………眉間にシワが寄ってたけど………………。」

「………………そう。………………実はね、望乃夏ともっと早く出会って、友達になってたら、どうなってたのかな、ってことを考えてたの。」

「………………もっと、早く出会ってたら、か。」

その言葉に望乃夏も考え込む。

「…………もっと早く、そう、もしボクが中等部から星花に入ってたら…………多分桜花になってたから、もしかしたら雪乃と6年同じ部屋もあったかもね。」

「そう、だから」

「でも。」

望乃夏が、言葉を区切る。

「………………そうだったら、ボクは雪乃のことを好きになってないかもしれない。」

その言葉に私は耳を疑う。

「………………どういう、こと?」

「………………雪乃ともっと早く出会って、仲良くなってたとしたら…………多分、今でも友達で止まってたと思う。…………私たちのスタートは、あくまで『金曜日の夕方』だから。………………あの時、雪乃が泣きながら本音を話してくれたから、ボクは雪乃のことを好きになったの。最初っから仲良くて、ある程度色んなことも話せる仲だったんなら、…………こうはならなかったと思う。」

望乃夏が途切れ途切れに話した言葉が、私に染み込んでいく。

「…………そうね。最初は私も望乃夏のことを、3年間だけの他人だって思ってたわけだし………………。でも、一緒にいるうちに気になってきて………………最初は、女の子を好きになるのって『オカシイ』って思ってたけど………………そんなの、どうでも良くなってきたの。でも、どうやって話のきっかけを作ればいいのかわかんなくて………………望乃夏のアールグレイに手を出して、結果こうなったわけだけど………………。」

「ああ、あれは驚いたなぁ…………。けど、不思議と怒りは無かったんだよね。むしろ、同じ味を楽しめる人ができたって、ほっとする感じ、かな。………………もちろん、その後のことには正直驚いたけど。」

「あ、あんまり思い出したくないわね………………」

自然と顔が赤くなる。

「………………ボクははっきりと覚えてるし、どんなにおばあちゃんになっても忘れる気は無いよ。」

「の、望乃夏………………」

慌てて望乃夏のことを見るけど、望乃夏はそんな私を見て薄笑いを浮かべる。

「………………ある意味あれがプロポーズの言葉だよね。だったらしっかりと覚えとかないと。」

「わ、忘れなさいよ………………あんなのっ…………」

私はもう、つま先から頭のてっぺんまでゆでダコになる。…………望乃夏の、バカ。

「…………やーだ、忘れないよっ。…………だって、雪乃がボクに初めて見せた『本物の雪乃』だもん。」

「の、望乃夏ぁ………………」

………………うう、消えたい…………。

「…………ま、雪乃から踏み込んでくれたから、こうやって今があるんだけどね。………………ありがと、雪乃。」

「ふぇ?」

「………………ボクは意気地無しだから、雪乃に『友達になって』なんてとても言い出せなかったし。………………そこは、雪乃に感謝してるよ。」

「そ、そう………………。」

………………そんなとこだけ感謝されても………………。

「……………………望乃夏が意気地無しなわけないでしょ。先にお風呂に誘ったのも望乃夏だし、初めてのデート………………まぁあれをデートと呼んでいいのかわからないけど、それを提案したのも望乃夏。………………私のために親に頭を下げてくれたし、悪口に対して怒ってくれたし………………昨日は、バレー部の部員達を相手に一芝居打って私をまもってくれたし……………望乃夏、あなたは意気地無しなんかじゃなくて、立派な私の騎士ナイトよ。……………………時々えっちだけど。」

「うぐ………………最後のだけ余計だよ。それに雪乃の方が…………」

「…………そ、それはともかくっ」

旗色が悪くなりそうなので、会話を打ち切る。

「………………少しおなか空いたし、何か食べない?」

「あ、誤魔化した。………………うん、ボクもおなか空いた。…………そこにコンビニがあるし………………雪乃、肉まんとあんまんどっちが好き?」

「…………望乃夏は?」

「…………どっちも好きだけど、気分はあんまんかな。」

「…………なら私は肉まんにするわ。だから…………望乃夏…………」

「わかった。………………半分こ、ね。」

少しずつ傾いてくる日に急かされるようにして、私は望乃夏の手を引いて通りを渡った。

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