うわさ。―望乃夏
雪乃と別れて教室に入ると、待ち構えていた安栗さんに早速捕まる。
「やぁ、墨森ちゃん。…………で、『秋菜』の様子はどう?」
周りを気にしながら声を潜める安栗さん。
「………………うん、今は、落ち着いてる。…………部活の方は、もう少し考えるみたい。」
「…………そうか。………………無理強いはしないけど、うちには『秋菜』の力が必要なんだ。」
「………………でもそれって、バレー部の都合だよね?」
何度も聞いた『必要』という言葉にひっかかりを覚えて問い返す。
「………………まぁ、な。事実雪乃のことをよく思わない奴らもいるにはいるけど、それでも大多数は雪乃を必要としてるのは確かだ。」
「………………そうやって、雪乃をまた苦しめるの?………………雪乃は、『利用されるのは嫌』って言ってた。」
安栗さんはその言葉に少し驚いた様子だったけど、すぐに立ち直って、
「…………『利用』か。確かにそうかもな。雪乃の実力――特にあのスパイクは、はっきり言って高校生では右に出る奴はいない。だからこそエースに抜擢されたわけだけど………………ぶっちゃけ、私らは雪乃に頼りっきりだったのもあるよなぁ。だからこそ不満を持つ部員が出てきたわけだし。」
安栗さんの話を、私は静かに聞いていた。
「………………確かに、今の私らは雪乃を『利用』して勝ち進もうと考えてる節もあった。求められれば素直に動く雪乃を見ているうちに、何でも頼むようになってたし。………………いつの間にか、雪乃のことをチームメイトじゃなくて、キリングマシーンとして見てたのかもしれない。」
「そ、そんなの…………ひどいよっ。」
思わず椅子を蹴って立ち上がる。
「す、墨森ちゃん落ち着いてっ。」
慌てた安栗さんに押し留められて、また席につく。
「………………ふぅ。今は墨森ちゃんも雪乃と同じぐらい注目されてるってこと、忘れちゃダメだよ?」
「え、何それ初耳なんだけど。」
「………………あのさ、女子ネットワークなめてない?一昨日のお風呂でのことなんて、その日のうちに高等部のほとんどが知ってたんだからね?」
「そ、そうなの………………?」
かぁぁっと、顔が熱くなる。
「………………それにさ、土曜日の練習の時、雪乃がどこか嬉しそうにしてたんだよ。これは珍しいってみんなで噂してたら、その翌日にはあの事件。これはもしかして………………ってヒソヒソ話してたとこに、昨日の一件だもん。今のバレー部は雪乃と墨森ちゃんの話で持ちきりなんだよ〜」
…………え、そう、なの……?
「………………で、根掘り葉掘り聞いてこいってみんなに頼まれてるの。と、言うわけでその辺教えてもらえるかな?」
いつの間にか教室中の…………いや、教室の外からも…………視線が、私たちに集まる。ちょ、ちょっと………………
「だ、誰が教えるもんか…………雪乃との、ことなんて………………。」
「そこを何とか、ね?」
と、頭を下げて頼まれるけど、
「も、もう………………それに仲良くなったのなんてついこの間だし…………。」
「ほほう………………」
安栗さんの目がキラリと光って、周りからはヒソヒソ話とキャーという黄色い声。………………あ、しまった。
その時、ちょうど鐘が鳴る。
「………………あら残念。じゃあこの続きはまた後で。」
と、安栗さんは自分の席に戻っていく。それと同時に人混みも解けていくけど、時折「もうキスはしたのかしら」とか「最近はお風呂も一緒よ」とか、私達の噂が聞こえてくる。
………………うう、雪乃、助けて…………。
一時間目が終わってトイレに立つと、入口の所で雪乃とばったり会う。
「あ、望乃夏………………」
「雪乃………………」
し、視線を感じる………………
「………………望乃夏、お昼休み、屋上に来て。」
と、小声で雪乃がすれ違いざまに耳打ちしていく。私は、バレないように小さく頷いて返す。
………………屋上、か。バレずに逃げ出せるかな。