訪問者。―望乃夏
「ゆ、雪乃!?」
思わず試験管を振る手を止めると…………ボフン、と試験管から白煙が上がる。………………あ、やっちゃった………………。
「…………………び、びっくりした…………。」
「ああ、ごめん………………驚かせちゃって………………。って、驚いたのはこっちだよ!?なんでこんなとこに居るの!?」
思わず雪乃に詰め寄ると、
「そ、その………………部活行きづらくてその辺をふらついてたら、いつの間にか迷子になって………………。」
「…………迷子って………………ここ、本館の3Fだけど。しかもここ理科室…………」
「う、うるさいわね!!考え事してたから迷ったのよ!!」
雪乃が焼けた餅みたいに膨れて真っ赤になる。あ、怒った。
「ごめんごめん。ちょっと言いすぎた。」
とりあえず宥めると雪乃はすぐに落ち着いた。
「それにしても…………誰もいないのね、ここ。」
「あーまぁ、みんな都合があるんでしょ。けっこう集まり悪いからさ。それに入り浸ってるのも私ぐらいだしさ。」
「へぇ………………部屋に帰ってくるといつも望乃夏が先に帰ってきてるから知らなかったわ。」
「それは雪乃の帰りが遅いだけだって。」
「………………そうかしら?」
………………あ、これ無自覚なやつだ。
「………………一人だとやることも無いから、大体18時ぐらいには閉めて帰っちゃうんだけどね。」
「…………そうなのね。………………わ、私もたまにそのぐらいの時間で帰れる時あるけど………………。」
「へぇ、そうなんだ。」
と、軽く返すと雪乃がそっぽ向いて何かをブツブツ呟く。………………………変な雪乃。
試験管に試液を注ぐと、透明な液が透き通った真紅に変わる。………………はぁ、この瞬間はいつ見てもステキ。
そんな感動は、隣にいる雪乃の欠伸でかき消される。
「………………退屈?」
「そうね、やることも無いし………………あるとしたら、望乃夏が試験管見てニヤニヤしてるのを眺めるぐらいね。」
「そ、そんなの見なくていいから…………。」
ぽっと、ほっぺたが熱くなる。
………………そうだなぁ、雪乃が退屈しないようなもの………………うーん、あったかなぁ……………………?
その時、静かな空間に「きゅるる…………」という可愛い音が響く。私はその音に心当たりはない。と、なると………………。
「わ、悪い!?」
雪乃が、頬を赤く染めてお腹に手を当ててこっちを睨んでくる。
「………………確かに、ちょっとお腹空いたよね。」
白衣をまくって腕を出すと、腕時計の針は16時を少し過ぎたぐらいを指していた。なんか食べたい、なぁ………………あっ、そうだ。
「ねぇ雪乃………………おやつ食べる?」
「あら、何か持ってるの?」
「ううん………………今から、作るの。」
そう言い残して理科準備室に走る。………………確かここの棚に………………やった、残ってた。これとこれと………………あとは、これと…………これも持ってって………………。
「雪乃、おまたせっ。」
雪乃は、私が抱えてきたものを訝しげに眺める。
「………………望乃夏、もしかしてその砂糖がおやつって言うんじゃ無いでしょうね?」
「ご明察。」
「………………………………望乃夏、食べ物に無頓着なのは別に構わないけど、おやつに砂糖を舐めるってのはどうかと思うわよ?」
「…………雪乃、流石のボクも砂糖をそのまま舐めておやつにするなんてことはしないよ………………蟻んこじゃないんだから………………。」
ガス口にバーナーを繋ぎながら答える。…………雪乃の私に対するイメージって一体どうなってるんだろ………………。
「雪乃、ちょっと離れてて。」
と、ガスバーナーの前に立つと、マッチを擦って手早くバーナーに点火する。炎を青くしてっと…………。
「さて、雪乃。これからおやつ製作、兼実験を行うのでよーく見ててね。」
「………………どうでもいいけど、おやつ作るなら早くしてね?」
と、興味の薄い目で答える。………………もう、調子狂うなぁ。
銅のお玉にザラメを載せて、水を少し注ぐ。そしてお玉を火にかけて、ザラメが溶けるのを待つ。
「雪乃、ちょっとこのお玉持っててくれる?」
「………………わかったわ。」
と、渋々ながらも手伝ってくれる雪乃。………………あ、危ない。
「雪乃、ちょっとごめん。」
と、お玉を持つ雪乃の袖をまくり上げる。
「ちょ、何よ………………」
「ベストもカーディガンも燃えやすいから………………」
そう呟くと、雪乃は自分の袖を恐る恐る見る。
「の、望乃夏………………これ、怖いから早く返したいんだけど………………。」
「もうちょっとそのまま待っててね。」
と、私は割り箸に重曹を絡める。
「…………はい、雪乃。お玉貰うよ。」
雪乃から受け取ったお玉の中で、ザラメはみんな溶けてフチの方はボコボコ泡立ってる。よし、今だ。
お玉に割り箸を突っ込んでかき混ぜて、すぐに濡れ布巾の上に載せる。………………上手くいってよ…………。
割り箸を差し込んだ途端、ザラメの泡が激しくなって…………布巾で冷まされていくと同時に、その形のまま固まっていく。………………よかった、上手くいった。
振り返ると、雪乃が食い入るようにお玉を眺めてて。思わず、可愛い、なんて考えちゃって。
「…………おっとっと、バーナーバーナー。」
慌てて火を消すと、お玉もちょうどよく冷えたみたいで。中身を紙皿へと空ける。
「さ、できたよ。」
雪乃がゴクリと喉を鳴らす。そして、キラキラした目でこっちを見てくる。
「望乃夏、これなぁに?食べていいの?」
いつもの凛とした空気はどこへやら、雪乃からは食い意地と好奇心しか感じられない。
「雪乃、カルメ焼き知らないんだ………………。縁日とか行ったことないの?」
「こんなの初めて見たわ。ねぇ食べていい?」
「ど、どうぞ。」
食い意地に気圧されて答えると、雪乃は端っこを折りとって口に含む。そして、すぐに目を見開いて…………次の欠片を求める。その様子を微笑ましく見ていると、あっという間に紙皿は空になって。もうないの?と視線で訴えてくる。
結局、私はこの後雪乃のためのカルメ焼きマシーンにされるのだった。
作者メモ
望乃夏さんが爆発させた試験管の中身は作者も知りません………………。白煙が上がっただけなので怪我はしてないことをお伝えします。
真紅に変わった方の試験管はセスキソーダとフェノール試薬です。詳しくはwebで(おい)