あんぱんと雪乃。―望乃夏
私の携帯が、けたたましいアラームを奏でる。………………んもう、うるさいなぁ………………。
渋々身体を起こすと、隣はもう空で。………………あ、朝練行ったんだ………………。って、朝練!?
………………雪乃、あんなこと言われてたのに朝練行ったんだ………………。なぜか、胸騒ぎがする。枕元にきちんと畳まれた雪乃のパジャマが、悲しげな雰囲気を醸し出していて………………。もう、戻ってこないんじゃないかって一瞬思っちゃう。
………………そうだ、雪乃は制服に着替えるために一旦部屋に戻ってくるから、その時に………………。雪乃のパジャマを雪乃の代わりに抱っこして待つと、しばらくして部屋の扉が開く。
「………………おかえり。」
「………………望乃夏、何してるの?」
「………………いや、今起きて雪乃の帰りを待ってたとこ。」
「………………そう。」
と、壁の時計を雪乃がチラリと見る。
「………………そうね、早く着替えて何か食べないと遅刻するわ。ほら望乃夏、いつまでそうしてるの?」
と、雪乃はさっさとジャージのファスナーを下ろしてワイシャツに手をかけている。
「…………んー、もうちょっと寝てたい。」
こてん、とベッドにひっくり返る私からパジャマを奪還した雪乃に、
「………………望乃夏は二度寝したらお昼まで起きないでしょ。ほら起きて。」
と、布団を剥がされる。
「…………うぅ、寒い………………」
寝ぼけ眼のまま、壁にかけた制服を手に取る。もう半年以上やってることだから、染み付いた動きは寝ぼけてても狂いなくワイシャツのボタンを留めていく。
「望乃夏、遅いわよ。」
と、既に一式かっちりと着こなした雪乃がテーブルでメロンパンにかじりついていた。………………なんか、もっきゅもっきゅ、って擬音が聞こえる気がするんだけど………………。
「ほら急いで。置いてくわよ。」
と、二つ目のパンの封を切る雪乃。
「………………朝ごはん食べない派だからー。」
とりあえずひと揃い身につけてから雪乃にそう告げると、雪乃があんぱん片手に歩いてきて………………私の口に、あんぱんが押し込まれる。も、もがががが…………
「………………ダメよ、何か食べないと。」
と、大きめのあんぱんを丸々一個私の口に押し込んだ雪乃は、小さな牛乳パックにストローを刺して一気飲みする。そしてもう一本を私に差し出して、
「…………飲む?」
無言でコクコクうなづく。と言うか息できないんだけどっ。
牛乳で無理やりあんぱんを押し流す。………………ふぇー、死ぬかと思った。
「さ、行くわよ。」
と、雪乃が私のカバンも持ってドアに手をかけて待っている。
「い、今行くよー。」
髪型とか気にしてる余裕はないから、このままで行く。………………後で直そ。
途中で雪乃と別れて、自分の教室に入る。………………うん、予想はしてたけどみんなの情報ネットワーク凄すぎない!?まだ半日経ったぐらいだよ?
「あ、墨森ちゃん………………」
「…………安栗さん………………。そうだ、雪乃のこと」
「………………ちょっとその話は、また後で。」
と、露骨に話を逸らされる。…………やっぱり、何かあったんだ。
「………………昼休み、食堂で。隅っこ確保しとくから。」
それだけ言うと安栗さんは私から離れていく。………………昼休み、か。
午前中を睡眠とその他諸々に費やして、やっと昼休み。トレーを持って隅っこをうろうろすると、すぐに安栗さんに見つかる。
「ここ、ここ。」
正面に腰を下ろすと、神妙な顔つきで安栗さんが切り出す。
「………………確か同室だったよね。朝の雪乃―――部屋に帰ってきてから、何か変わったことなかった?」
「変わったこと…………特には何も。」
「そ、そうか………………。」
安堵したような、落胆したような、複雑な表情の安栗さん。思い切って、私からも聴く。
「………………朝練の時、雪乃に何があったんですか?」
「………………反雪乃派、とでも言うべきか。それが部内の半分を占めてるって、雪乃自身でバラした。そして悲しくも、それが図星だったわけさ。………………お陰で部内は疑心暗鬼さ。その上………………雪乃が、次の試合には出ないと言い切った。」
私は思わずフォークを取り落とす。
「ゆ、雪乃が…………試合に、出ない?………………そんな、…………『私の実力を思い知らせてやるわ』って意気込んでたのに…………。」
「………………こっちとしても青天の霹靂さ。それなら代わりに私を試合に出せ、って直訴も何人か出てるけど…………私の目から見たら、先輩方には悪いけど、直訴した奴らは雪乃に比べたらみんな小学生みたいなもんだ。…………メンタルと技術面、どっちもな。」
「………………私、雪乃をなんとか説得してみる…………。」
そう言っては見たものの、どうやって………………。安栗さんも、首を横に振る。
「………………いや、今はそっとしておいてやれ。ただ………………あいつの事だ、墨森ちゃんには弱みを見せようとはしないだろ。だからよ、………………無理して強がってるようだったら、慰めてやってくれ。あいつも、ホントはそこまで強くないんだ。………………頼む。」
安栗さんがテーブルに手のひらをついて頭を下げる。けど、真っ白になった私には、ただうなづくことしか出来なかった。
それからどうやって教室に帰って、授業を済ませたのか覚えてない。………………気がついたら、理科室で試験管を振っていた。
………………ダメだな、今日は集中できない。
その時、理科室のドアが遠慮がちに開く。振り返るとそこに居たのは、
「………………望乃夏、いる?」
ある意味、ここに一番似つかわしくない人………………雪乃が、そこに居た。